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麻生首相はいったい、どうするつもりなのか。来年4月に予定されている基礎年金への国庫負担割合の引き上げをめぐって、首相の発言がコロコロと変わっている。
就任直後の記者会見では「約束事ですから」と4月実施を明言していたのに、今週になって「来年度中に対応できればいい。財源との関係もある」と年度途中へ遅らせる姿勢をみせた。ところが、翌日国会で追及されると「4月にやらないと言ったことはない」。またも前言をひっくり返した。
国庫負担は3分の1から2分の1へ増やすことが法律で決まっている。4月から実施するには2.3兆〜2.5兆円の財源が必要になる。
問題は財源だ。税収が落ちる中で景気対策を打たねばならないうえに、総選挙を意識して予算要求圧力が強い。引き上げを数カ月でも遅らせれば、それだけ負担を減らせる。先送り論の背景には、そんな事情がある。
しかし、基礎年金の国庫負担引き上げは、04年の年金制度改革で決めた根幹部分だ。年金財政は、遅くとも来年4月から国庫負担を2分の1にすることを前提に設計されている。
これを先送りして国庫からの負担金が計画より少なくなれば、年金財政にはそれだけ穴があく。それを放置するとやがては年金財源が足りなくなり、計画より保険料を引き上げたり、受け取る年金の額を引き下げたりせざるを得ない要因になる。しわ寄せを受けるのは国民である。
そもそも、国庫負担の引き上げは、「09年度までに」と決められている。本来は09年度より前にやるべきものだ。ぎりぎりまで先延ばししてきたことを、忘れてもらっては困る。
年金制度は、改正のたびに負担増や給付抑制が繰り返され、「逃げ水」にたとえられてきた。このため、若い世代を中心に「保険料を納めても、将来ちゃんともらえないのではないか」という不信感が根強くある。
加えて、年金記録の改ざんなど社会保険庁の不祥事により、信頼は地に落ちている。このうえ、国庫負担引き上げの約束も守らないとなった時に、国民はどう思うか。事態の深刻さが首相には分からないのだろうか。
将来への不安が高まれば、消費が冷え込む。首相が最優先とする景気面からも、先送りは逆効果ではないか。
2兆円の定額給付金にはばらまき批判が強く、世論調査で6割以上の人が「不要」としている。財源がないというなら、これをやめて基礎年金の国庫負担引き上げにあてたらどうか。
目先のばらまきのために、国民が最も求めている社会保障を犠牲にするのでは、本末転倒も甚だしい。
大事な年金制度をもてあそばないでもらいたい。
ともに核兵器保有国であるインドとパキスタンの対立が深まっている。
きっかけはインドの商都ムンバイでの同時多発テロ事件だ。インド側はパキスタンのイスラム過激派「ラシュカレトイバ」が実行したとの見方を強め、パキスタン軍情報機関の関与も疑う。インド軍は、領有をパキスタンと争っているカシミール地方に展開する部隊を警戒態勢に置いた。
だが、パキスタン側は「犯人がパキスタン人という証拠はない」と反論する。軍高官からは、アフガニスタンとの国境地帯で国際テロ組織アルカイダやイスラム原理主義勢力タリバーンの掃討を続ける部隊を、インド国境に移動させる強硬論すら出ている。
インド側でもパキスタン国境部隊の増強といった対抗策が浮上してきた。来年の総選挙を控え、政府や与党国民会議派が最大野党の人民党から「テロに弱腰」と批判をされているからだ。
米国はライス国務長官を派遣して、両国に自制を求めた。しかし、パキスタンのザルダリ大統領は同時テロについて、インドの捜査に協力する意向を示したものの「テロと無関係」との立場はいぜん崩さなかった。
02年にも、パキスタンのイスラム過激派とみられる勢力がカシミール地方で起こした大規模テロをきっかけに、両国が国境に大軍を集結させ、一部が砲撃を交わす緊張状態が起きた。
両国の衝突は、核戦争の危険に直結する。双方は対話を続けて事件の解明と再発防止に協力し、緊張を緩めることにまずは全力を尽くしてほしい。
今回のテロは、米国にオバマ政権が登場する直前に起きた。オバマ氏は対テロの主戦場をイラクからアフガンに移す方針を掲げている。タリバーンなどイスラム過激派勢力が、印パを激しい対立へと引き込み、拠点とするアフガン・パキスタン国境地帯への圧力をそらそうとする意図も見てとれる。
その挑発に乗って印パが戦火を交える事態になれば、この地域の国際テロネットワークの脅威は格段に強まるだろう。軍に足場を持たずに基盤が弱く、金融危機からも打撃を受けているパキスタンのザルダリ文民政権が不安定化するのも必至だ。そうなれば、保有する核兵器がテロリスト側に渡る危険性すら生じかねない。
ロシアのメドベージェフ大統領がインドを訪問中だ。米ロをはじめ英国、中国など関係の深い国々は、仲介外交をさらに急いでもらいたい。
とりわけ米国は、ブッシュ政権がインドとの原子力協力を解禁し、アフガンからの越境攻撃でパキスタン国民の反米感情が高まるなど、地域の不安定要因をつくってきた。オバマ政権は関係国と協調し、軍事力だけに頼らない総合的で神経の行き届いた政策を進める必要がある。