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【疑惑の濁流】「日本人工作員だと思った」 拉致? 別人? 男性はなぜ平壌に…亡命工作員証言(上) (3/4ページ)
金氏がこの男性を目撃したのは、サーカス劇場だけではなかった。
「その次に、南朝鮮革命史跡館に行ったときだったか…。とにかくその後にも2回くらい見た記憶があります」
「合わせて3回目撃したのですか」と確認する西岡氏に、金氏は「たぶん、3、4回見た気がします」と答えたという。
「南朝鮮革命史跡館」は平壌郊外の工作員養成機関の敷地内にあった。金氏は「私たちが革命史跡館に行くと、その人が金日成軍事政治大学(金氏は当時の工作員養成学校の名前をこのように記憶している)から出てきたのです。大学の入り口近くで車がすれちがった。そのとき見た記憶があります」と話したという。
すれ違った車は「ニッサン」で、男性はスーツにネクタイ姿だった。
《金氏がいう「金日成軍事政治大学」はおそらく、「金日成政治軍事大学」のことで、後に金正日政治軍事大学に改称された。“卒業生”には、金賢姫元死刑囚のほか、原敕晁(ただあき)さんを拉致した実行犯の辛光洙(シン・グアンス)容疑者らがいる。金正日政治軍事大学で拉致被害者や日本人を目撃したとする証言はこれまでにも多数あるが、北朝鮮側はその大学の存在すら認めていない》
金氏が男性を目撃しのは、萩本さんが失跡したわずか4カ月後。仮に、男性が萩本さんだったとすれば、多少の“違和感”もある。西岡氏はそこを詰める質問をした。
「失跡してから4カ月しかたっていない。そのとき、工作員だったのですかね…」
これに対して、金氏はこう解説を加えた。
「4カ月あれば、その人に対する調査作業が全部終わっています。その人をどこで使うかについてはまだ決定が下っていない段階かもしれませんが、心を安定させるために特別招待所のような所に入れて、よい待遇をしてやっている時期です」
「拉致された人を、その人の性質だとかIQ、臨機応変さ、大胆さ、沈着さ、決断力、特殊工作員として持たなければならない典型的な気質があるのかどうかを全部調査する過程で、この人は特殊工作員としての気質があるとされたときは、工作員として選抜するのです。そのときから、専門的な訓練に入ります」