■韓国人に対する一考察と提言
今朝方のThreadにあった、『韓国人は一般に、自分の行動の責任は最終的に自分自身のものであるという発想がない。』(
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=thistory&nid=1630906)というtokoi氏の発言は、至極的確な言だと思う。昨今のレームダック反日論に対する反論に於いても(文書の真贋はさておき)悪いのは、そのような評価を下す日本であり、評価が下される元である自らの行動について反省される事はさほど無い様に見受けられる。よしんばあったとしても、精々、伝え方に対して問題があった、程度が関の山であろう。そして、もしその責を負わなくてはならなくなった段において行われるのは、非を認めるものではなく概して責任逃れか、逃亡するのみである。 この事は単に『現在の』韓国の問題ではなく、李朝時代から連綿と続く物で、ハーグ密使事件の際の高宗にせよ、1887年の渡米において、清との三端の約定を破ったために袁世凱に呼び出しをされた朴定陽の例にせよ、簡単に歴史からその例を紐解く事ができる。
その顕著な例:韓国保護条約締結に関する軍司令官の報告書送付の件
(アジア歴史センター レファレンスコード:C03020423900)
「由来当面ノ責任ヲ避クルヲ以テ保身ノ秘訣トスル各大臣等ハ辞職逃遁等ヲ企テ」
既に李朝時代から百数十年が経過しているにもかかわらず、自己の行動が他者にどのような影響を与えるかについての理解、言い換えれば自己と他者の相対化ができないのは、もはや民族的伝統にまで昇華した形質と言えよう。
そこで相対化の訓練のためにお勧めしたいのが、『自虐ギャグ』である。『自虐ギャグ』とは、自己を貶める事によって笑いを誘うギャグであり、高度な他者との相対化能力と、自己を貶めることすら許容する心の余裕を必要とする。妙なプライドにこだわっては、行う事ができないものである。
以前、このような投稿をしたことが有る。
日本語:http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=thistory&nid=1609404
韓国語:http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/popup/jview.php?board_id=thistory&nid=1609404
梅泉野録という、いわば野史に記録された内容であり、その信憑性には疑問があるが、自虐ギャグの感覚が全く存在しない訳ではない。
日本の場合、謙譲語、相対敬語が比較的発達してきたことから、他者との立ち位置、評価には比較的鋭敏で容易に『自虐ギャグ』を行う素地があると推察するが残念ながら歴史的には『自虐ギャグ』を行うにはいかんせん、ネタが少ない。それに引き換え、朝鮮ではどうであろうか。かねてより私は、その歴史において朝鮮民族ほど『自虐ギャグ』を行うにふさわしい歴史を持つ民族はいないと考えてきた。しかし、私の少ない経験によれば、『自虐ギャグ』を行えるほどの余裕を持った韓国人は少ない。これは自らを貶める事を良しとしない頑固さ、偏屈さの他に、他者との相対化ができないことに起因していると考える。
『自虐ギャグ』を行うためには、他者と比較した自らの欠点を認め、他者の評価を認め、かつ火_病を起こさず巧みなウィットで返す。まさに韓国人が苦手とし、その精神修養にふさわしいものではないか。
これがコンゴやギニアだと洒落にならないが、どこか牧歌的自爆さ加減を持つ、微笑ましい歴史の韓国なればこそ、今後真の心を余裕を身につけたときその歴史とあいまって、すばらしい『自虐ギャグ』をかませるのではないかと期待している。
本題:韓国人の批評に対する許容性についての確認
yonaki@実験中