(わかる!ニュース講座)教育委員会 中学生の自殺が照らし出した制度疲労
北海道では遺書の内容を市教委が隠し続け、
福岡では過去のいじめを学校が町教委に
報告しなかった。文科省の調査では、
いじめ自殺は7年間「0」だった。
教育委員会制度がほころんでいる。
次々に押しよせる国の教育担当者に、県教委、町教委の関係者たちは小刻みに震えてみえた。
中学2年生の男子生徒が自殺(注〈1〉)した福岡県筑前町の町役場。イチゴが名産のこの町に、文部科学省の小渕優子政務官と、首相の諮問機関「教育再生会議」(注)の山谷えり子事務局長(首相補佐官)、義家弘介担当室長らが相次いでやってきたのは、10月25日午後だった。
地元報道陣らを仕切る文科官僚の迫力に圧倒されたのか、町教委職員らは、自分たちの職場なのに、借りてきた猫のよう。普段は市町村教委に「強い」立場の県教委職員らも、小渕氏らの動向に右往左往し、メモ取りに走り回った。
○「縦のパイプが…」
県と町の教育委員会関係者にとって、この日の記者ブリーフィングは耳が痛い内容だったのではないだろうか。
「学校側が調査中ということで、なかなか町や県に情報があがらないという。そんなことを言わないで、現在進行形の問題を現時点で共有していくのが何よりも大事。遺族、学校、町、県が今話し合うべきだと言った」(山谷氏)
「私の感覚では、縦の系列(学校−町教委−県教委)のパイプが機能せず、連携ができていない」(義家氏)
文科省からの派遣で、慎重に言葉を選んだ小渕政務官とはちがい、省庁の縛りがない再生会議の2人からは容赦ない言葉がとんだ。
「国の責任の在り方、教育委員会の在り方、また、学校現場がなぜ、密室で隠蔽体質になってしまうのか。具体策を考えたい」
山谷氏がこう話すと、「市町村教委は機能していない」が持論の元私立高校教師・義家氏も、教育委員会制度への不満を発言の端々ににじませた。
教育委員会制度の改革−−。
北海道や福岡のいじめ自殺事件でこの制度に注目が集まったのは、自然な成り行きかもしれない。情報の隠匿や組織防衛意識、責任意識の欠如……。どれも、システムの欠陥を抜きには説明できないレベルに達していたからだ。
さっそく議論の柱の一つになりそうだが、再生会議や政府与党関係者の発言をひろう限り、方向性はまるで定まっていないようだ。
安倍首相自身は、福岡のいじめ自殺が起きる前、衆院予算委員会で、「教育委員会制度の活性化に資するように改革を進めたい」と答弁していた。ところが、首相側近の下村博文官房副長官は10月16日の講演で、教育委員会の廃止も視野に入れた見直し論を展開。
一方で、佐田玄一郎規制改革担当相は数日後、規制改革・民間開放推進会議議長に対し、教育委員会の権限強化にむけた検討に着手するよう、求めた。これまで、教委の権限を首長に移す主張をしてきたのが推進会議だったのだから、議論の錯綜ぶりが分かるだろう。
教育委員会制度は、どこが制度疲労をおこしているのだろう。
制度発足は1948年。教育行政における中立性、安定性を確保する目的から、首長から独立した合議制の機関としてスタートし、以後、地方分権の流れを受けて、自治体側の権限が拡大してきたが、《文部科学省−都道府県教委−市町村教委−学校》という義家氏の指摘した「縦の系列」は今も、基本的には変わっていない。
各委員会=下表参照=には、首長が任命(議会同意が必要)する教育委員(注〈3〉)が原則5人。1人が教育委員長になり、別の1人が事務方を統括する教育長に選ばれる。狭くは、委員の会合を指して教育委員会というが、世間一般では、学校教育課などの事務方を含めた全体を教育委員会と呼ぶことが多いようだ。
○教師は県教委から派遣
組織はトータルとして、公立学校の教育、社会教育、文化財保護、文化・体育施設の管理などをおこない、教育委員による委員会が意思決定する仕組みになっている。
このうち、改革の必要性が特に叫ばれているのは、市町村レベルの教育委員会と言っていいだろう。
多くの市町村教委では、月1回の委員会開催で、議事内容は、教育長からの報告とその承認がほとんど。会議は原則公開にもかかわらず、傍聴者はまれだといい、会議の形骸化が指摘されて久しい。
さらに、県費負担教職員制度(注〈4〉)とよばれる権限配分が、責任関係をややこしくしている。例えば、冒頭の筑前町の中学の場合、教職員の身分は町職員なのに、採用・転勤・懲罰といった任命権は福岡県教委がもつ。人件費は県(一部は国)の負担だ。
市単独で25人学級(注〈5〉)を実現した穂坂邦夫前埼玉県志木市長は、市教委改革に取り組んだ体験をもとにこう話す。
「市教委は学校を管理・指導することにはなっている。けれど、校長、教職員はすべて県教委からの派遣職員みたいなもの。市町村に任命権はないから、市の教育委員が自分のこととして、責任をもつ意識になりづらい構造なんです」
筑前町の場合、元担任のからかいが級友たちのいじめを誘発したのではないかと言われている。
穂坂氏は、町長ら町幹部の心中を察して、こう話す。
「もし事実なら、『県教委がよこした教師が、たまたま我が町で悪いことをした。運が悪かった』という気持ちじゃないでしょうか」
○教育を避ける首長心理
こんな穂坂氏が描くのは、今の教育委員にかえて、公募などによる10人から20人でつくる「新委員会」だ。幅広い層の声を集めて議論する。そうして、首長が直接の指揮はしないが、総括責任者を務め、教育行政にきちんと関与させる仕組みにしたいという。
ところが、穂坂氏のように、意欲的な首長ばかりとは限らない。『日本を滅ぼす教育論議』(講談社現代新書)などの著作がある岡本薫政策研究大学院大学教授は、文科省時代の経験からこう話す。
「これまで会った数十人の首長で、『教育行政を担当したい』と言った人は極めて少数。実際には、『常に批判にさらされる学校教育行政など担いたくない。文科省と教委のせいにしておくのが楽』と言う人がほとんどだった」
岡本氏の解説によると、親は常に子どもの将来が心配で、安心することはない。この心配は容易に学校(教育行政)への不満に転化する。選挙を考えると不利に働くから、学校教育にはかかわりたくないという政治家心理が働くのだという。
「教育委員会が独立機関であるがゆえ、首長は教育行政を担わずにすますことができた。これは、ある意味、首長を甘やかしてきたともいえるんですよ」
と岡本氏はいう。
結局、地方の教育行政の責任はだれがとるのか。責任をもつとはどういうことか。公教育の公平性と透明性を保ちながら、どこを変えるのか。議論はこれからだ。
(編集部 藤生明)
◇教育委員会とは
地方教育行政法にもとづき、全都道府県と市区町村に設置された合議制の行政委員会。アメリカの制度にならった。制度導入当初は委員の公選制がしかれていたが、党派的対立が持ち込まれる弊害を解消するため、後に首長による任命制となった。制度の改革論議は、80年代の臨時教育審議会で活発化し、90年代以降、地方分権推進委員会や中央教育審議会での議論をへて、市町村教委の権限拡大が次第に認められるようになった。
〈1〉福岡の中2自殺
福岡県筑前町の三輪中学に通う2年男子が10月11日、いじめを苦に自殺した。その後の調べで、1年時の担任がいじめを誘発するような言動を繰り返していたことが判明、教育行政を揺るがす大問題に発展した。同校ではここ数年、7、8件のいじめが起きていたのに、校長は町教委に「0件」と報告していた。
〈2〉教育再生会議
教育改革を掲げる安倍首相の諮問機関。10月18日にスタートした。有識者17人がメンバーで、座長はノーベル化学賞受賞者の野依良治氏。来年1月に中間報告を出す。「学校再生分科会」「規範意識・家族・地域教育再生分科会」「教育再生分科会」の3分科会がつくられ、教育委員会などの教育行政は、「学校再生分科会」のテーマになっている。
〈3〉教育委員・教育長
委員は年齢・性別・職業に著しい偏りが生じないよう配慮することが、地方教育行政法で定められている。実態として、教育長には、市町村教委は教職関係者、都道府県教委は行政職員出身者が就くことが多い。平均的な教育委員(教育長を除く)の月報酬は、町村教委で3万円。市教委で約7万円。都道府県教委で約22万円。
〈4〉県費負担教職員制度
市町村立小中学校の教職員は、市町村の職員だが、給与は財政力が安定している都道府県(国)が負担することで、一定水準の教職員確保と教育水準の維持向上が図られている。また、任命は都道府県が行うものとし、市町村をこえた交流で、教職員の適正配置を図るとしている。政令指定都市は、任命権が都道府県から移管されている。
〈5〉志木市の25人学級
「40人学級」の規制が緩められたことをうけて、02年春、埼玉県志木市が取り組んだ少人数学級。小学1、2年の学級を25人制とし、教員増員の負担は市単独で手当てした。保護者を対象にした「実感調査」では約8割が「良かった」と回答した。当時の穂坂市長は県議会議長を務めた県政の実力者で、渋る県教委などと渡りあった。
【写真説明】
いじめ自殺への対応で、不手際が目立った教育委員会。見直しが課題に/10月18日、福岡県(photo 写真センター・長澤幹城)
アエラ 11/06
北海道では遺書の内容を市教委が隠し続け、
福岡では過去のいじめを学校が町教委に
報告しなかった。文科省の調査では、
いじめ自殺は7年間「0」だった。
教育委員会制度がほころんでいる。
次々に押しよせる国の教育担当者に、県教委、町教委の関係者たちは小刻みに震えてみえた。
中学2年生の男子生徒が自殺(注〈1〉)した福岡県筑前町の町役場。イチゴが名産のこの町に、文部科学省の小渕優子政務官と、首相の諮問機関「教育再生会議」(注)の山谷えり子事務局長(首相補佐官)、義家弘介担当室長らが相次いでやってきたのは、10月25日午後だった。
地元報道陣らを仕切る文科官僚の迫力に圧倒されたのか、町教委職員らは、自分たちの職場なのに、借りてきた猫のよう。普段は市町村教委に「強い」立場の県教委職員らも、小渕氏らの動向に右往左往し、メモ取りに走り回った。
○「縦のパイプが…」
県と町の教育委員会関係者にとって、この日の記者ブリーフィングは耳が痛い内容だったのではないだろうか。
「学校側が調査中ということで、なかなか町や県に情報があがらないという。そんなことを言わないで、現在進行形の問題を現時点で共有していくのが何よりも大事。遺族、学校、町、県が今話し合うべきだと言った」(山谷氏)
「私の感覚では、縦の系列(学校−町教委−県教委)のパイプが機能せず、連携ができていない」(義家氏)
文科省からの派遣で、慎重に言葉を選んだ小渕政務官とはちがい、省庁の縛りがない再生会議の2人からは容赦ない言葉がとんだ。
「国の責任の在り方、教育委員会の在り方、また、学校現場がなぜ、密室で隠蔽体質になってしまうのか。具体策を考えたい」
山谷氏がこう話すと、「市町村教委は機能していない」が持論の元私立高校教師・義家氏も、教育委員会制度への不満を発言の端々ににじませた。
教育委員会制度の改革−−。
北海道や福岡のいじめ自殺事件でこの制度に注目が集まったのは、自然な成り行きかもしれない。情報の隠匿や組織防衛意識、責任意識の欠如……。どれも、システムの欠陥を抜きには説明できないレベルに達していたからだ。
さっそく議論の柱の一つになりそうだが、再生会議や政府与党関係者の発言をひろう限り、方向性はまるで定まっていないようだ。
安倍首相自身は、福岡のいじめ自殺が起きる前、衆院予算委員会で、「教育委員会制度の活性化に資するように改革を進めたい」と答弁していた。ところが、首相側近の下村博文官房副長官は10月16日の講演で、教育委員会の廃止も視野に入れた見直し論を展開。
一方で、佐田玄一郎規制改革担当相は数日後、規制改革・民間開放推進会議議長に対し、教育委員会の権限強化にむけた検討に着手するよう、求めた。これまで、教委の権限を首長に移す主張をしてきたのが推進会議だったのだから、議論の錯綜ぶりが分かるだろう。
教育委員会制度は、どこが制度疲労をおこしているのだろう。
制度発足は1948年。教育行政における中立性、安定性を確保する目的から、首長から独立した合議制の機関としてスタートし、以後、地方分権の流れを受けて、自治体側の権限が拡大してきたが、《文部科学省−都道府県教委−市町村教委−学校》という義家氏の指摘した「縦の系列」は今も、基本的には変わっていない。
各委員会=下表参照=には、首長が任命(議会同意が必要)する教育委員(注〈3〉)が原則5人。1人が教育委員長になり、別の1人が事務方を統括する教育長に選ばれる。狭くは、委員の会合を指して教育委員会というが、世間一般では、学校教育課などの事務方を含めた全体を教育委員会と呼ぶことが多いようだ。
○教師は県教委から派遣
組織はトータルとして、公立学校の教育、社会教育、文化財保護、文化・体育施設の管理などをおこない、教育委員による委員会が意思決定する仕組みになっている。
このうち、改革の必要性が特に叫ばれているのは、市町村レベルの教育委員会と言っていいだろう。
多くの市町村教委では、月1回の委員会開催で、議事内容は、教育長からの報告とその承認がほとんど。会議は原則公開にもかかわらず、傍聴者はまれだといい、会議の形骸化が指摘されて久しい。
さらに、県費負担教職員制度(注〈4〉)とよばれる権限配分が、責任関係をややこしくしている。例えば、冒頭の筑前町の中学の場合、教職員の身分は町職員なのに、採用・転勤・懲罰といった任命権は福岡県教委がもつ。人件費は県(一部は国)の負担だ。
市単独で25人学級(注〈5〉)を実現した穂坂邦夫前埼玉県志木市長は、市教委改革に取り組んだ体験をもとにこう話す。
「市教委は学校を管理・指導することにはなっている。けれど、校長、教職員はすべて県教委からの派遣職員みたいなもの。市町村に任命権はないから、市の教育委員が自分のこととして、責任をもつ意識になりづらい構造なんです」
筑前町の場合、元担任のからかいが級友たちのいじめを誘発したのではないかと言われている。
穂坂氏は、町長ら町幹部の心中を察して、こう話す。
「もし事実なら、『県教委がよこした教師が、たまたま我が町で悪いことをした。運が悪かった』という気持ちじゃないでしょうか」
○教育を避ける首長心理
こんな穂坂氏が描くのは、今の教育委員にかえて、公募などによる10人から20人でつくる「新委員会」だ。幅広い層の声を集めて議論する。そうして、首長が直接の指揮はしないが、総括責任者を務め、教育行政にきちんと関与させる仕組みにしたいという。
ところが、穂坂氏のように、意欲的な首長ばかりとは限らない。『日本を滅ぼす教育論議』(講談社現代新書)などの著作がある岡本薫政策研究大学院大学教授は、文科省時代の経験からこう話す。
「これまで会った数十人の首長で、『教育行政を担当したい』と言った人は極めて少数。実際には、『常に批判にさらされる学校教育行政など担いたくない。文科省と教委のせいにしておくのが楽』と言う人がほとんどだった」
岡本氏の解説によると、親は常に子どもの将来が心配で、安心することはない。この心配は容易に学校(教育行政)への不満に転化する。選挙を考えると不利に働くから、学校教育にはかかわりたくないという政治家心理が働くのだという。
「教育委員会が独立機関であるがゆえ、首長は教育行政を担わずにすますことができた。これは、ある意味、首長を甘やかしてきたともいえるんですよ」
と岡本氏はいう。
結局、地方の教育行政の責任はだれがとるのか。責任をもつとはどういうことか。公教育の公平性と透明性を保ちながら、どこを変えるのか。議論はこれからだ。
(編集部 藤生明)
◇教育委員会とは
地方教育行政法にもとづき、全都道府県と市区町村に設置された合議制の行政委員会。アメリカの制度にならった。制度導入当初は委員の公選制がしかれていたが、党派的対立が持ち込まれる弊害を解消するため、後に首長による任命制となった。制度の改革論議は、80年代の臨時教育審議会で活発化し、90年代以降、地方分権推進委員会や中央教育審議会での議論をへて、市町村教委の権限拡大が次第に認められるようになった。
〈1〉福岡の中2自殺
福岡県筑前町の三輪中学に通う2年男子が10月11日、いじめを苦に自殺した。その後の調べで、1年時の担任がいじめを誘発するような言動を繰り返していたことが判明、教育行政を揺るがす大問題に発展した。同校ではここ数年、7、8件のいじめが起きていたのに、校長は町教委に「0件」と報告していた。
〈2〉教育再生会議
教育改革を掲げる安倍首相の諮問機関。10月18日にスタートした。有識者17人がメンバーで、座長はノーベル化学賞受賞者の野依良治氏。来年1月に中間報告を出す。「学校再生分科会」「規範意識・家族・地域教育再生分科会」「教育再生分科会」の3分科会がつくられ、教育委員会などの教育行政は、「学校再生分科会」のテーマになっている。
〈3〉教育委員・教育長
委員は年齢・性別・職業に著しい偏りが生じないよう配慮することが、地方教育行政法で定められている。実態として、教育長には、市町村教委は教職関係者、都道府県教委は行政職員出身者が就くことが多い。平均的な教育委員(教育長を除く)の月報酬は、町村教委で3万円。市教委で約7万円。都道府県教委で約22万円。
〈4〉県費負担教職員制度
市町村立小中学校の教職員は、市町村の職員だが、給与は財政力が安定している都道府県(国)が負担することで、一定水準の教職員確保と教育水準の維持向上が図られている。また、任命は都道府県が行うものとし、市町村をこえた交流で、教職員の適正配置を図るとしている。政令指定都市は、任命権が都道府県から移管されている。
〈5〉志木市の25人学級
「40人学級」の規制が緩められたことをうけて、02年春、埼玉県志木市が取り組んだ少人数学級。小学1、2年の学級を25人制とし、教員増員の負担は市単独で手当てした。保護者を対象にした「実感調査」では約8割が「良かった」と回答した。当時の穂坂市長は県議会議長を務めた県政の実力者で、渋る県教委などと渡りあった。
【写真説明】
いじめ自殺への対応で、不手際が目立った教育委員会。見直しが課題に/10月18日、福岡県(photo 写真センター・長澤幹城)
アエラ 11/06
息子を失った両親が語る 「子供は謝罪に来たのに…」 福岡・中2男子自殺
北海道滝川市で発覚した「いじめ隠し」に続き、福岡県筑前町では、「教師のいじめ」が引き金になって貴重な命が失われた。「からかいやすかったから」と教諭(47)は語ったが、ひどい実態が次々と明らかになった。元担任教諭はどんな人物だったのか。本誌の取材に両親も改めて心境を語った。
「息子はほんとうに優しい子だったんです。たとえばお菓子が二つしかないと、『僕はいいよ』と言って弟ふたりに譲るんですよね、いつも。それと今回こうなって初めて知った話なんですが、小学校5年のころにいじめられている同級生の女の子がいて、息子は学校帰りに、自分の家を通り越して、その女の子を送っていっていたそうです」
10月20日夕方、本誌のインタビューに、父は自宅で訥々と語りだした。怒り、悲しみ、喪失感などが複雑に絡み合っているはずだが、口調はあくまで穏やかさを保っている。
10月11日にいじめを苦に自殺した福岡県筑前町立三輪中学2年のA君は、こんな遺書を残していた。
〈いじめが原因です。いたって本気です。さようなら〉
〈遺言 お金はすべて学校に寄付します。うざい奴等はとりつきます〉
〈お母さん お父さん こんなだめ息子でごめん 今までありがとう。いじめられてもういきていけない〉
〈生まれかわったら ディープインパクトの子供で最強になりたいと思います〉
A君は身長165センチ。ディープインパクトの騎手、武豊の色紙も添えられている祭壇の遺影を見ると、短く刈った髪の下で、心からの笑顔を浮かべている。
両親がバレーボールをしていた影響で、小学校1年から地元のスポーツ少年団でバレーをしていた。三輪中でもバレー部に所属。レギュラーでアタッカーだった。また釣りが好きで、小学校3年のころには、父の会社の同僚数人と佐賀県のダムでボートを浮かべた。楽しそうにしていた姿が父の印象に残っている。ここ1年ぐらいは競馬にも夢中で、競走馬を育てるゲームにはまっていた。「将来は調教師になりたい」と夢を持っていたという。
A君が自宅の倉庫で首を吊った日は、奇しくもディープインパクトが引退を発表した日だった――。
実は、本誌のインタビュー前日の深夜、A君宅では、ちょっとした“騒動”が起こっていた。
弔問に訪れた三輪中の合谷智校長や教育委員ら4人を迎えた父は、祭壇の前にテーブルを出してきて、自殺の原因などについて話し合おうとした。ところが、校長たちは文部科学省がまとめたA4判3枚の報告書をその机に置くとすぐに、
「それでは失礼します」
と腰を上げたのだ。
あまりの対応にA君の母が玄関の前に立ちはだかったが、しばらくして父が制した。良心があれば部屋に戻ってくれると思っての言葉だったが、校長たちは外へ出た。そして待ち受ける報道陣にはこの日も無言を貫いて、立ち去った。
「たったペラ3枚ですよ」
飛び出してきた母が、報告書を持って涙ながらに記者たちに訴えたのだった。
報告書は19日にまとめられたもので、とっくに報道されている事柄を並べただけといってもいい内容だ。父は目を通して、
「ああ、もうこれは、ちょっと話にならん」
と思ったという。
「教育委員会の報告を聞いただけです。文科省の役人は福岡県庁までしか来ませんでした。私は三輪中までは来てくれると思ってました。自分の目で見て、耳で生徒一人ひとりの話を聞いてほしかったという気持ちでいっぱいですね。それが第一歩じゃないですか」
今回のA君の自殺で、これまでに明らかになっている原因はいくつかある。
●中1の1学期、母が、A君が早退しインターネットのサイトを見ていることを相談したところ、担任のB教諭が相談内容を同級生に漏らし、あたかもアダルトサイトにのめり込んでいるようなあだ名を付けられた
●B教諭がA君のことを「偽善者」と呼んだり、中2の担任に「ウソをつく子」と申し送りしていた
●自殺した当日、A君は何度も「死にたい」と友人らに話していた。6時間目には遺書も書いていたが、授業後、トイレで、同級生7人に「ウソだろう」「本気なら下腹部を見せろ」と言われてズボンを途中まで下ろされた
○これでいいのか、学校や大人たち
父が怒りを抑えて言う。
「相談の中身は言っちゃいかんですよ。しかも内容がすれ違っている。ネットよりも、『早退回数が多いみたいやけ、注意してやってください』でした」
A君は一度だけ、「学校に行きたくない」と母に訴えたが、結局は休まなかった。その後も登校を嫌がるそぶりは見せなかったので、両親が何も気づかなかったのも不思議ではない。
家には、これまでに同級生たちが多数、弔問に訪れている。母が語る。
「中には、『僕が言ってしまったことでA君が死んでしまったんじゃないか……』と泣きながら謝る同級生の男の子たちもいます。(告白は)勇気がいると思うんです。『眠れない』と言っていました。でも、その中で子どもたちが一歩一歩前進しようとしている姿を見ていると、『学校や大人がこんなんでいいのか、もっと前を向いてぶつかっていってほしい』と思います。この子の命をね、無駄にしてほしくないんです」
父によると、謝った生徒たちは、
「先生が言っているから、自分たちも言っていいもんだと思っていた」
と話したという。
「B先生はからかっているつもりでも、息子の立場が悪くなった。生徒たちは追い込んでいるつもりはなく、先生がやっているから、面白いから、ということでやっていたのでしょうが、それがいじめじゃないですか」
一方の学校の対応はどうだったのか。合谷校長はB教諭によるいじめが発覚した15日、遺族には「教諭の言動が一番大きな引き金になった」と認めたものの、その夜の記者会見では「自殺の主因かどうかはわからない」と翻している。中2の担任は「気づきませんでした」と繰り返すばかり。
そればかりか、校長は16日の全校集会で早くも、「今日が三輪中の新たなスタートになる」などと、問題が終結したかのような発言をしているのである。
それでもA君の父は、
「校長先生は、『毎日来ます』という約束だけは守っています。報道陣に囲まれて大変だろうが、その点は評価しています」
と語る。この切実な思いは、学校側に届いているのだろうか。
さて、問題のB教諭は、国語を担当し学年主任だ。近所や知人の話を総合すると、市役所に勤めていたのを辞めて、大学に入り直して教師になったという。地元で、消防団、獅子舞の指導、ソフトボール愛好会の役職、小学校のPTA理事、子ども会の世話などをマメにこなしている。近所の評判は、
「今年の夏祭りの司会を、急きょBさん一人でやることになったが、2時間半ほどの間、出演者を一人ひとりほめて上手だった」
「おなかが出ていて『わしはメタボリックや〜』と笑いながら酒を飲む。お父さんはしつけに厳しかった」
「真っ黒に日焼けしていて、時計焼けしている。部活のサッカーと地域のソフトボールが同じ日に重なると掛け持って出ていた」
と悪くはない。地元中学から入るのは毎年数人、という進学校に進んだ。親しい友人は言う。
「酒の席でも教育について熱弁を振るうし、子どもたちに会うと必ず声をかける熱血先生です。とんちもきく。口が悪いところはあったかもしれないが……」
別の中学の元同僚も、
「子どもに応じた言い方ができ、心を開かせる。ツッパリ生徒も一目置く存在でした。生活指導や教師間の会話でも、核心をつくことを言ってました」
と話す。この元同僚によると、よく周りに女子生徒が集まっており、「Bりん」と呼ばれていたようで、
「全校集会で生徒を静かにさせるために、あらかじめ2、3人の生徒に『先生がこのポーズを取ったら拍手してね』と打ち合わせておき、実際にやってみせて生徒たちの気を引いていた」
という。一方、三輪中の生徒は「冗談が多い」という半面、「いつも授業開始のチャイムが鳴って2、3分後に教室に来る」と指摘した。
今回、有名になったのがイチゴに例えた格付け。成績のいい生徒を「あまおう」「とよのか」などとブランド名で、悪い生徒は「ジャム」「出荷できない」などと呼んでいた。B教諭に以前、この話について聞いたことがある知人が語る。
「あまおうは、毎日手間をかけて一生懸命世話をするからこそ大きくて立派になる。もし努力しなければ、規格外のジャム用のイチゴになってしまう。だからみんなも一生懸命努力して、立派なあまおうになるんだぞ、という意味で、生徒の格付けではないんです」
だが、こうした例えは、受け止め方によっては深く傷つく。今となってはトンデモ言い訳にも聞こえる。
B教諭はサッカー部の顧問。三輪中のOBには、今年のW杯で惜しくもメンバーから外れたものの日本代表で活躍したJリーグ「横浜F・マリノス」のFW久保竜彦選手がいる。地元の小学生を指導したことがあるというが、家族は話す。
「中学校には教えに行っていません。連絡があって、『(記事が)載ってるね』って話はしてましたが、B先生本人のことは知らないと思います」
B教諭は今は入院中だ。知人によると、教諭の母は「こんなばかな子に育てた覚えはない」と泣き崩れ、教諭自身もショックが大きく家族の面会も禁止だという。一方で遺族は学校から入院先も病名も知らされていない。父は、一度弔問に来ただけで連絡も取れないB教諭に対しこう言った。
「病状にもよりますけど、人間だったら来てよね、という気持ちです」
(本誌・白井裕子、中村智志)
◆ウソつき文科省の「霞がかった報告書」
これを「統計」と呼べるのか――。
公立の小学校〜高校に通う生徒の自殺者のうち、「いじめを主たる理由とする自殺件数」が、文部科学省の発表によれば、過去7年間でなんと0件になっている。
だが、子どものいじめ問題に取り組むNPO法人「ジェントルハートプロジェクト」によると、過去7年間の新聞記事などを見渡しただけで、「いじめによって自殺した」と報じられている事例が30件もあるという。
なぜ、こんな見え透いた「ウソの統計」を毎年、文科省は垂れ流しにしているのだろうか。
文科省が各都道府県の教育委員会にあてている通知を読むと、いじめとは(1)自分より弱いものに対して一方的に、(2)身体的・心理的な攻撃を継続的に加え、(3)相手が深刻な苦痛を感じているもの――と定義づけられるらしい。通知の中では、
「個々の行為がいじめに当たるか否かの判断は、表面的・形式的に行うことなく、いじめられた児童生徒の立場に立って行うことに留意する必要がある」
としているものの、実態は異なるようだ。
ジェントルハートプロジェクト理事の武田さち子さんは、こう指摘する。
「実際には、通知に記された(1)〜(3)までの3項目をすべて満たさないと、いじめとは認めていないのが教育現場の実情です。たとえば、『ハキハキした子だから“弱いもの”には当たらない』とか『多人数で少しずつ悪口を言えば“継続的”ではない』とか。これでは『いじめを認めないための定義』ですよ」
いじめを徹底して認めない背景には、学校や地方の教育委員会の置かれた立場もあるようだ。武田さんが続ける。
「いじめ自殺の統計はまず学校が報告書を作り、市町村の教育委員会に提出し、最後に文科省へと渡ります。いずれの過程でも、報告書にいじめ自殺が1件でもあれば、担当者は責任を問われたり処分を受けたりする。逆に、いじめ自殺がゼロだと言えることは、学校にとっても地方の教育委員会にとっても文科省にとっても、一番都合がいい。これでは誰もいじめ自殺があったと認めようとはしません」
こうした学校や教育委員会の姿勢は、いじめの実態から目をそむける結果を招く。たとえば、福岡県筑前町の三輪中学では当初、いじめの実態を調べる名目で生徒全員に記名式のアンケート調査をし、遺族に求められて4日後、渋々に無記名式のアンケート調査をした。前出の武田さんは、こう指摘する。
「記名式のアンケートは、学校が実態調査を名目によく使う手です。個人情報があるから、『生徒との信頼関係が壊れるから駄目だ』などと言って遺族や保護者に見せない理由ができる。さらに『不確かなことは書かないで』と先にわざわざ注意したり、ひどい学校では『いじめに関する記述』があるのに『ない』と言って処分してしまった事例もある。少なくともいじめの実態を知ろうとはしません」
さらに、文科省の「後ろ向き」な姿勢は、こんなところにも垣間見える。
「文科省が学校へ配布している調査票では、欠席理由を選ぶ項目に『いじめ』と『不登校』などがあり、ひとつしか選べない決まりになっている。いじめによる不登校の生徒がいても、学校側は(責任を問われない)不登校に○をつける。不登校件数は増えても、いじめの実態は正確には把握されないのです」(武田さん)
ジェントルハートプロジェクトの別の理事である小森美登里さんは98年、高校1年生だった長女の香澄さんを自殺で失った。吹奏楽部内のいじめを苦にしての自殺だったが、文科省はやはり「いじめによる自殺」とは数えていない。小森さんが、こう憤る。
「統計に数えられることもなく、自殺していった子どもの死はなんだったのかと、この8年間ずっと怒りの中で生きてきました。あと何人の子どもが死ねば、文科省はコトの重大さに気づくのでしょうか。すべての数字を正しい形で吸い上げるシステムを作り直さないかぎり、亡くなった子どもたちが浮かばれることはありません」
警察庁の調べによると、昨年の19歳以下の自殺者は608人だった。
(本誌・小宮山明希)
【写真説明】
文部科学省の職員に調査結果の公表を訴えるA君の両親(右の写真・後ろ姿)と、報道陣に囲まれる合谷校長
週刊朝日 11/03
北海道滝川市で発覚した「いじめ隠し」に続き、福岡県筑前町では、「教師のいじめ」が引き金になって貴重な命が失われた。「からかいやすかったから」と教諭(47)は語ったが、ひどい実態が次々と明らかになった。元担任教諭はどんな人物だったのか。本誌の取材に両親も改めて心境を語った。
「息子はほんとうに優しい子だったんです。たとえばお菓子が二つしかないと、『僕はいいよ』と言って弟ふたりに譲るんですよね、いつも。それと今回こうなって初めて知った話なんですが、小学校5年のころにいじめられている同級生の女の子がいて、息子は学校帰りに、自分の家を通り越して、その女の子を送っていっていたそうです」
10月20日夕方、本誌のインタビューに、父は自宅で訥々と語りだした。怒り、悲しみ、喪失感などが複雑に絡み合っているはずだが、口調はあくまで穏やかさを保っている。
10月11日にいじめを苦に自殺した福岡県筑前町立三輪中学2年のA君は、こんな遺書を残していた。
〈いじめが原因です。いたって本気です。さようなら〉
〈遺言 お金はすべて学校に寄付します。うざい奴等はとりつきます〉
〈お母さん お父さん こんなだめ息子でごめん 今までありがとう。いじめられてもういきていけない〉
〈生まれかわったら ディープインパクトの子供で最強になりたいと思います〉
A君は身長165センチ。ディープインパクトの騎手、武豊の色紙も添えられている祭壇の遺影を見ると、短く刈った髪の下で、心からの笑顔を浮かべている。
両親がバレーボールをしていた影響で、小学校1年から地元のスポーツ少年団でバレーをしていた。三輪中でもバレー部に所属。レギュラーでアタッカーだった。また釣りが好きで、小学校3年のころには、父の会社の同僚数人と佐賀県のダムでボートを浮かべた。楽しそうにしていた姿が父の印象に残っている。ここ1年ぐらいは競馬にも夢中で、競走馬を育てるゲームにはまっていた。「将来は調教師になりたい」と夢を持っていたという。
A君が自宅の倉庫で首を吊った日は、奇しくもディープインパクトが引退を発表した日だった――。
実は、本誌のインタビュー前日の深夜、A君宅では、ちょっとした“騒動”が起こっていた。
弔問に訪れた三輪中の合谷智校長や教育委員ら4人を迎えた父は、祭壇の前にテーブルを出してきて、自殺の原因などについて話し合おうとした。ところが、校長たちは文部科学省がまとめたA4判3枚の報告書をその机に置くとすぐに、
「それでは失礼します」
と腰を上げたのだ。
あまりの対応にA君の母が玄関の前に立ちはだかったが、しばらくして父が制した。良心があれば部屋に戻ってくれると思っての言葉だったが、校長たちは外へ出た。そして待ち受ける報道陣にはこの日も無言を貫いて、立ち去った。
「たったペラ3枚ですよ」
飛び出してきた母が、報告書を持って涙ながらに記者たちに訴えたのだった。
報告書は19日にまとめられたもので、とっくに報道されている事柄を並べただけといってもいい内容だ。父は目を通して、
「ああ、もうこれは、ちょっと話にならん」
と思ったという。
「教育委員会の報告を聞いただけです。文科省の役人は福岡県庁までしか来ませんでした。私は三輪中までは来てくれると思ってました。自分の目で見て、耳で生徒一人ひとりの話を聞いてほしかったという気持ちでいっぱいですね。それが第一歩じゃないですか」
今回のA君の自殺で、これまでに明らかになっている原因はいくつかある。
●中1の1学期、母が、A君が早退しインターネットのサイトを見ていることを相談したところ、担任のB教諭が相談内容を同級生に漏らし、あたかもアダルトサイトにのめり込んでいるようなあだ名を付けられた
●B教諭がA君のことを「偽善者」と呼んだり、中2の担任に「ウソをつく子」と申し送りしていた
●自殺した当日、A君は何度も「死にたい」と友人らに話していた。6時間目には遺書も書いていたが、授業後、トイレで、同級生7人に「ウソだろう」「本気なら下腹部を見せろ」と言われてズボンを途中まで下ろされた
○これでいいのか、学校や大人たち
父が怒りを抑えて言う。
「相談の中身は言っちゃいかんですよ。しかも内容がすれ違っている。ネットよりも、『早退回数が多いみたいやけ、注意してやってください』でした」
A君は一度だけ、「学校に行きたくない」と母に訴えたが、結局は休まなかった。その後も登校を嫌がるそぶりは見せなかったので、両親が何も気づかなかったのも不思議ではない。
家には、これまでに同級生たちが多数、弔問に訪れている。母が語る。
「中には、『僕が言ってしまったことでA君が死んでしまったんじゃないか……』と泣きながら謝る同級生の男の子たちもいます。(告白は)勇気がいると思うんです。『眠れない』と言っていました。でも、その中で子どもたちが一歩一歩前進しようとしている姿を見ていると、『学校や大人がこんなんでいいのか、もっと前を向いてぶつかっていってほしい』と思います。この子の命をね、無駄にしてほしくないんです」
父によると、謝った生徒たちは、
「先生が言っているから、自分たちも言っていいもんだと思っていた」
と話したという。
「B先生はからかっているつもりでも、息子の立場が悪くなった。生徒たちは追い込んでいるつもりはなく、先生がやっているから、面白いから、ということでやっていたのでしょうが、それがいじめじゃないですか」
一方の学校の対応はどうだったのか。合谷校長はB教諭によるいじめが発覚した15日、遺族には「教諭の言動が一番大きな引き金になった」と認めたものの、その夜の記者会見では「自殺の主因かどうかはわからない」と翻している。中2の担任は「気づきませんでした」と繰り返すばかり。
そればかりか、校長は16日の全校集会で早くも、「今日が三輪中の新たなスタートになる」などと、問題が終結したかのような発言をしているのである。
それでもA君の父は、
「校長先生は、『毎日来ます』という約束だけは守っています。報道陣に囲まれて大変だろうが、その点は評価しています」
と語る。この切実な思いは、学校側に届いているのだろうか。
さて、問題のB教諭は、国語を担当し学年主任だ。近所や知人の話を総合すると、市役所に勤めていたのを辞めて、大学に入り直して教師になったという。地元で、消防団、獅子舞の指導、ソフトボール愛好会の役職、小学校のPTA理事、子ども会の世話などをマメにこなしている。近所の評判は、
「今年の夏祭りの司会を、急きょBさん一人でやることになったが、2時間半ほどの間、出演者を一人ひとりほめて上手だった」
「おなかが出ていて『わしはメタボリックや〜』と笑いながら酒を飲む。お父さんはしつけに厳しかった」
「真っ黒に日焼けしていて、時計焼けしている。部活のサッカーと地域のソフトボールが同じ日に重なると掛け持って出ていた」
と悪くはない。地元中学から入るのは毎年数人、という進学校に進んだ。親しい友人は言う。
「酒の席でも教育について熱弁を振るうし、子どもたちに会うと必ず声をかける熱血先生です。とんちもきく。口が悪いところはあったかもしれないが……」
別の中学の元同僚も、
「子どもに応じた言い方ができ、心を開かせる。ツッパリ生徒も一目置く存在でした。生活指導や教師間の会話でも、核心をつくことを言ってました」
と話す。この元同僚によると、よく周りに女子生徒が集まっており、「Bりん」と呼ばれていたようで、
「全校集会で生徒を静かにさせるために、あらかじめ2、3人の生徒に『先生がこのポーズを取ったら拍手してね』と打ち合わせておき、実際にやってみせて生徒たちの気を引いていた」
という。一方、三輪中の生徒は「冗談が多い」という半面、「いつも授業開始のチャイムが鳴って2、3分後に教室に来る」と指摘した。
今回、有名になったのがイチゴに例えた格付け。成績のいい生徒を「あまおう」「とよのか」などとブランド名で、悪い生徒は「ジャム」「出荷できない」などと呼んでいた。B教諭に以前、この話について聞いたことがある知人が語る。
「あまおうは、毎日手間をかけて一生懸命世話をするからこそ大きくて立派になる。もし努力しなければ、規格外のジャム用のイチゴになってしまう。だからみんなも一生懸命努力して、立派なあまおうになるんだぞ、という意味で、生徒の格付けではないんです」
だが、こうした例えは、受け止め方によっては深く傷つく。今となってはトンデモ言い訳にも聞こえる。
B教諭はサッカー部の顧問。三輪中のOBには、今年のW杯で惜しくもメンバーから外れたものの日本代表で活躍したJリーグ「横浜F・マリノス」のFW久保竜彦選手がいる。地元の小学生を指導したことがあるというが、家族は話す。
「中学校には教えに行っていません。連絡があって、『(記事が)載ってるね』って話はしてましたが、B先生本人のことは知らないと思います」
B教諭は今は入院中だ。知人によると、教諭の母は「こんなばかな子に育てた覚えはない」と泣き崩れ、教諭自身もショックが大きく家族の面会も禁止だという。一方で遺族は学校から入院先も病名も知らされていない。父は、一度弔問に来ただけで連絡も取れないB教諭に対しこう言った。
「病状にもよりますけど、人間だったら来てよね、という気持ちです」
(本誌・白井裕子、中村智志)
◆ウソつき文科省の「霞がかった報告書」
これを「統計」と呼べるのか――。
公立の小学校〜高校に通う生徒の自殺者のうち、「いじめを主たる理由とする自殺件数」が、文部科学省の発表によれば、過去7年間でなんと0件になっている。
だが、子どものいじめ問題に取り組むNPO法人「ジェントルハートプロジェクト」によると、過去7年間の新聞記事などを見渡しただけで、「いじめによって自殺した」と報じられている事例が30件もあるという。
なぜ、こんな見え透いた「ウソの統計」を毎年、文科省は垂れ流しにしているのだろうか。
文科省が各都道府県の教育委員会にあてている通知を読むと、いじめとは(1)自分より弱いものに対して一方的に、(2)身体的・心理的な攻撃を継続的に加え、(3)相手が深刻な苦痛を感じているもの――と定義づけられるらしい。通知の中では、
「個々の行為がいじめに当たるか否かの判断は、表面的・形式的に行うことなく、いじめられた児童生徒の立場に立って行うことに留意する必要がある」
としているものの、実態は異なるようだ。
ジェントルハートプロジェクト理事の武田さち子さんは、こう指摘する。
「実際には、通知に記された(1)〜(3)までの3項目をすべて満たさないと、いじめとは認めていないのが教育現場の実情です。たとえば、『ハキハキした子だから“弱いもの”には当たらない』とか『多人数で少しずつ悪口を言えば“継続的”ではない』とか。これでは『いじめを認めないための定義』ですよ」
いじめを徹底して認めない背景には、学校や地方の教育委員会の置かれた立場もあるようだ。武田さんが続ける。
「いじめ自殺の統計はまず学校が報告書を作り、市町村の教育委員会に提出し、最後に文科省へと渡ります。いずれの過程でも、報告書にいじめ自殺が1件でもあれば、担当者は責任を問われたり処分を受けたりする。逆に、いじめ自殺がゼロだと言えることは、学校にとっても地方の教育委員会にとっても文科省にとっても、一番都合がいい。これでは誰もいじめ自殺があったと認めようとはしません」
こうした学校や教育委員会の姿勢は、いじめの実態から目をそむける結果を招く。たとえば、福岡県筑前町の三輪中学では当初、いじめの実態を調べる名目で生徒全員に記名式のアンケート調査をし、遺族に求められて4日後、渋々に無記名式のアンケート調査をした。前出の武田さんは、こう指摘する。
「記名式のアンケートは、学校が実態調査を名目によく使う手です。個人情報があるから、『生徒との信頼関係が壊れるから駄目だ』などと言って遺族や保護者に見せない理由ができる。さらに『不確かなことは書かないで』と先にわざわざ注意したり、ひどい学校では『いじめに関する記述』があるのに『ない』と言って処分してしまった事例もある。少なくともいじめの実態を知ろうとはしません」
さらに、文科省の「後ろ向き」な姿勢は、こんなところにも垣間見える。
「文科省が学校へ配布している調査票では、欠席理由を選ぶ項目に『いじめ』と『不登校』などがあり、ひとつしか選べない決まりになっている。いじめによる不登校の生徒がいても、学校側は(責任を問われない)不登校に○をつける。不登校件数は増えても、いじめの実態は正確には把握されないのです」(武田さん)
ジェントルハートプロジェクトの別の理事である小森美登里さんは98年、高校1年生だった長女の香澄さんを自殺で失った。吹奏楽部内のいじめを苦にしての自殺だったが、文科省はやはり「いじめによる自殺」とは数えていない。小森さんが、こう憤る。
「統計に数えられることもなく、自殺していった子どもの死はなんだったのかと、この8年間ずっと怒りの中で生きてきました。あと何人の子どもが死ねば、文科省はコトの重大さに気づくのでしょうか。すべての数字を正しい形で吸い上げるシステムを作り直さないかぎり、亡くなった子どもたちが浮かばれることはありません」
警察庁の調べによると、昨年の19歳以下の自殺者は608人だった。
(本誌・小宮山明希)
【写真説明】
文部科学省の職員に調査結果の公表を訴えるA君の両親(右の写真・後ろ姿)と、報道陣に囲まれる合谷校長
週刊朝日 11/03
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