シリーズ追跡 生活保護の不正受給 高松市
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体制不備 甘いチェック

 一億七千二百万円。先ごろ、会計検査院の調べで判明した高松市の生活保護の不正支給額だ。件数はわずか四十五件だが、額は全国最大規模。「生活保護に不正は付き物。こんなのは氷山の一角」という声もある。なぜ、こんな事態になったのか。何が問題だったのか。受給者のモラル違反、行政の怠慢はもちろんだが、その背景には、増加傾向にある生活保護費を抑制したい厚生省の意図も見え隠れする。現在の生活保護法が施行されて、ちょうど半世紀。今回は、不正受給問題を通して、生活保護制度の現状と課題を探った。


ワースト1 暴力団絡む悪質事例も

収入ごまかし、別居装い…

 <昭和五十年代から傷病の認定を受け、生活保護費を受給していたAさん。平成八年から月額三万五千円の年金を受け取っていたにもかかわらず、収入申告を怠っていた>
 四十五件に上る高松市の生活保護費の不正受給の一例だ。

全国最大規模の生活保護の不正支給が判明した高松市保護課。長年にわたって甘いチェックを続けてきた責任は重い
全国最大規模の生活保護の不正支給が判明した高松市保護課。長年にわたって甘いチェックを続けてきた責任は重い

 ●保護率1・4パーセント
 高松市の生活保護世帯数は、二千九百四十六世帯、四千九百六十九人(十二年八月末現在)。総人口に対する保護率は一・四パーセントだ。
 生活保護費は、世帯全体一カ月分の最低生活費から世帯全体の収入(就労、年金など)を差し引いた金額が支払われ、申請後、家族構成や家庭事情、収入などの審査を経て十四日以内(特別なケースは三十日以内)に支給される。
 たとえば、国の定めた生活扶助基準(月額)によると、二級地―1に指定された高松市は、標準三人世帯(三十三歳男、二十九歳女、四歳子供)で十四万九千二百円が支給される。この世帯の男性に十万円の収入があれば、それを差し引いた四万九千二百円の保護費が支給されることになる。
  その時点で、被保護者は収入や転出などの変更があれば速やかに申告し、不正受給が確認された場合、行政の指導、指示に従わなければならない。

非保護世帯数・生活保護費の推移

●多様な事例
 今回、指摘されたのは、いずれも年金や就労収入を申告していなかったり、過少に申告していたケース。「知らなかった」「忘れていた」という言い訳は通じなかった。
 不正と認定された被保護世帯は傷病・傷害二十八世帯、高齢十世帯、母子家庭三世帯、その他四世帯で、不正受給の内容は▽年金の未申告十件▽就労収入の未申告二十四件▽就労収入の過少報告十一件。
 ある母子家庭では、月額約四万円の児童扶養手当を差し引いた保護費を受給していた。その後、平成八年から母親が就労し、月約十万円の収入を得るようになったものの未申告のまま。
 このほか、今回のケース以外でも▽夫が行方不明との申請があったものの、時々帰宅しているのが確認された。夫は就労している▽アルバイト収入を過少報告、ボーナス分を申告していなかった▽世帯の中から一人が転出したにもかかわらず、届け出がなく以前の人数に相当する生活保護費を受け取っていた―など、さまざまな事例が報告されている。
 今回の四十五件には含まれなかったが、今年六月には、暴力団が絡んだ悪質な不正受給が発覚した。
 暴力団幹部ら三人が生活保護費をだまし取ろうと、高松市役所に虚偽の住民異動届を提出。「夫婦仲が悪く、別居しているため収入がない」と生活保護費の受給を申請、一―三月の生活保護費計約四十六万円をだまし取ったとして、高松北署は、この三人を詐欺の疑いで逮捕した。
 このケースは警察側から行政に確認し発覚した。全国的にみても「まだ行政側から告発することは少ない」(県警本部)が、「警察と連携し、暴力団だと確認されれば支給しない、というシステムづくりも考えなければならない」と、市保護課の草薙功三課長は前向きだ。

●うみを出す  
 市は今年四月に生活保護事務庁内検討委員会を設置、全庁的な取り組み体制をとった。保護課に管理職六人を増員配置したほか、弁護士や警察との連携を強め、悪質なケースは告訴も辞さない構え。切開手術で積年のうみを出し切ろうと躍起だ。
 「厳しい見方をすれば、不正受給は詐欺罪。毅(き)然とした態度で臨まなければならない」と草薙課長は断言する。一方で、職員自身の意識改革を掲げ、被保護者の自立への助長を惜しまない考えも明確にした。
 悪質なケースに対し、警察との連携も大切だ。しかし、生活保護法が「善意の法」である以上、行政と被保護者の血の通った連携が、それ以上に重要なのは言うまでもない。


適正化 締め付け強化の恐れ

被保護者の心情に配慮を

 「また生活保護の認定が厳しくならないか、それが心配ですね」。今回の不正受給問題について、四国学院大の金永子教授(公的扶助論)は、こんな懸念を指摘する。  それは、問題が起きるたびに「適正化」の下に締め付けが強化されてきた経緯があるからだ。

金永子教授
金永子教授

●10年で4割減
 現在の生活保護制度が始まった昭和二十五年当時、二百万人余だった全国の被保護者数は、社会・経済情勢の変化で同五十年ごろには約百三十五万人に減少した。
 その後は再び上昇し、昭和五十年代後半には百五十万人に達したが、そこから急降下する。そのきっかけとなったのが、暴力団組員による不正受給だ。
 同五十八年には第二次臨時行政調査会が「保護対象者の資産や収入の的確な把握」を求め、給付の適正化を答申。これを受け厚生省は、保護を求める世帯の資産や収入を厳しくチェックするよう福祉事務所への指導を強化。好景気もあって以後十年間で六十万人以上、約四割が減る結果となった。
 歴史を振り返れば、被保護者が増加すると「適正化」で引き締めを図るという繰り返しだった。
 今回のケースでも、会計検査院の検査の半年前に厚生省の事務監査があったばかり。ここ数年、不況の影響などで被保護者の数は再び増加に転じており、「削減のために、不正受給を指摘したのでは」との疑念も広がる。

●水ぎわ作戦
 十年度初めに不正受給が発覚した善通寺市。それ以後、全国の傾向とは逆に保護率がやや減少しているが、同市厚生福祉課は「締め付けしたり、門戸を狭くしたわけではなく、本来もらうべきでない人が減っている」と説明する。
 高松市保護課も「不正受給と保護費の削減は別。審査を厳しくしようという考えはない」と強調し、締め付け強化の懸念ははっきりと否定する。
 税金を投入している以上、適正実施への努力は欠かせない。だが、未然防止のためにチェックを厳しくすることは、結果として申請のハードルを高くすることにもなりかねない。
 資産や預貯金の調査、仕事先に対する収入照会、扶養義務者への問い合わせ…。「生活保護世帯にプライバシーはない」と言われるほどで、厳正にチェックしようとすればするほど、申請者の心理的抵抗は大きくなる。  「かつては『水ぎわ作戦』といって、申請自体を抑制しようという考えもあった」と金教授。「ただでさえ負い目を感じているのに、被保護者の権利を無視したような調査では、ますます申請がしづらくなる」と疑問を投げかける。

●網からこぼれる
 締めつけ強化の懸念とともに、問題点として指摘されるのは制度の網からこぼれ落ちた人々の存在だ。
 例えば、ホームレスや外国人。居住地や国籍の制限から生活保護を受けられない人をどうするか。
 在宅で自立生活をしようとする障害者にとっても、現在の扶助額は最低生活を保障したものではない。
 金教授は「生活保護は、憲法で定めた生存権を保障する制度だが、実際にはそうなっていない」と指摘。「不正受給よりも、むしろこうした制度の不備や運用の問題に目を向けるべき」と訴える。
 制度が始まって五十年。生活保護が、社会保障費に占める割合も一六%余から二%にまで減った。生活保護はどうあるべきなのか。不正受給問題は、その在り方まで問いかけている。

機能不全 虚偽知りながら放置?

人権保護と板ばさみも

 会計検査院が生活保護費の全国的な検査に乗り出したのは平成元年。例年十件前後の不正受給を捕捉しているが「一つの事業主体で不正受給額が一億五千万円を超えたのは初めて」(榊智隆・厚生検査第一課長)。高松市はワースト記録を塗り替えたことになる。
 しかも、今回判明した不正受給の大半は過去五年間の事案で、さかのぼって精査できたのは課税資料が残っている平成七年まで。それ以前の実態は藪(やぶ)の中だ。
 ある市幹部は今回の判明分を「氷山の一角」と言う。「不正受給問題は積年のうみ。内部でも周知の事実だったが、適正化の手をつけてこなかった」。

●基準満たさず
 生活保護の不正受給は古くて新しい問題だ。県内では七年度決算の検査で善通寺市と県中部福祉事務所で不正が判明。これを契機に八年度から各市町で「課税収入調査」が始まった。課税資料と保護世帯の申告収入額を突き合わせる作業だが、このデスクワークさえ高松市が着手したのはやっと二年前から。「被保護世帯が多く、人手が足りない」が理由だった。
 会計検査院の榊課長は「不正受給がこれほど膨らんだのは、市の不十分な実施体制が要因といわざるをえない」と手厳しい。
 体制不備の中でも、会計検査院が強く指摘するのは被保護世帯の生活実態を把握するケースワーカーの不足。高松市のケースワーカーは現在二十八人で、一人当たりの被保護世帯が百五。国の基準(一人につき八十世帯)を大きく下回っている。  机上の審査はノーチェック状態、現場の実情把握も人員不足で不十分とくれば、虚偽の申請も受給も見抜けないのは当たり前だ。

●黙認
 担当職員にも同情すべき点はある。そもそも「性善説」の考えに立つ生活保護法は、プライバシーの保護に厳しい縛りをかけている。収入に不審な点があっても、事業所に照会するには本人の同意書が必要。同意が得られなければ、そこから先には踏み込めない。
 こうした制度上の制約も加わり、「不正受給に気づいても、毅然とした姿勢で対処できない体質が生まれたのかもしれない」と前出の市幹部。不正を一つ許すと、次の不正にも目をつぶらざるをえなくなる。執ように保護の認定を迫られ、根負けしたケースもあるという。
 会計検査院の指摘を受け、適正化に乗り出した今年九月、市役所で支給を断られた男性が持っていた傘で職員の腕を殴る事件が発生した。男性は暴行の疑いで高松北署に逮捕されたが「以前なら、うやむやに処理されていたはず」と、職員の一人は言う。

取材班から

 生活保護を取り上げることに、実はためらいがあった。四十五件という数字は高松市の被保護世帯数のわずか一・五%。大半の被保護者はルールを守り、保護費を節約しながら慎ましやかに暮らしている。一部の不行跡を厳しく問いただすことで、生活保護制度そのものへの偏見を助長しかねない恐れがあった。
 しかし、不正はやはり不正。しかも、暴力団員による制度の悪用も少なくないと聞いては、筆を折るわけにはいかなかった。
 公平・公正は市政運営の根幹だ。不正を働いた当事者が一番悪いのはもちろんだが、チェック体制の不備を放置し、不正に気づきながらそれを是正してこなかった行政の責任は、ある意味でもっと重い。
 四国学院大の金永子教授も懸念しているように、不正受給問題が「締め付け」の口実に使われてならないのは言うまでもない。同時に、これまでなおざりにされがちだった生活保護のもう一つの柱、「自立助長」に意を注いでもらいたい。

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大西正明、宮脇茂樹、泉川誉夫が担当しました。
(2000年12月4日四国新聞掲載)

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