ふーじーの見た空

一言メッセージ :Fg奏者ふーじーが、日々の中で気付いたこと、思ったことなんかを余り深く考えずに綴っています。(笑

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佐渡 裕 先輩へ

この件を書こうか、一週間迷いました。
自分自身の立場もありますし。
でも、やはり、書いておこうと思います。ここは、そういう事を書くために作ったんですから。

一週間前。
ツアーの合間を縫って帰阪した私は、初めてPAC(兵庫県立芸術センター交響楽団)の定期公演を聴きました。
私の後輩が留学を終え、新たにコアメンバーとして入団したこともあり、どんな音を出す楽団なのか興味津々で会場を訪れたのでした。
しかも、プログラムは前半にバーンスタインのキャンディード序曲、そして以前に私もいろいろと書いた(http://blogs.yahoo.co.jp/toshi_fujisaki/3323353.html)交響曲第二番「不安の時代」。後半にはチャイコフスキーの交響曲第四番。
私の好きな曲目が並んだといえるでしょう。そして、指揮は、佐渡さん。

PMFで私が「不安の時代」を演奏した年(95年。指揮はM・ティルソン・トーマス)、佐渡さんはまだ音楽祭にとってアシスタントみたいな位置づけの指揮者で、その気易い立場の分、我々日本人アカデミーメンバーの兄貴分として、リハーサルや本番、アフターのボーリング大会、果てはホテルの部屋でトランプ大会まで(笑)一緒に楽しんだ仲です。
(私が留学から帰国して直ぐ、センチュリーの第九にコントラ奏者として客演したのですが、その際にも当時のコンダクターだった佐渡さんは「藤崎がこの舞台に居てくれて嬉しかったわ」と言ってくださってました。)
一時はPMFの日本人卒業生を集めて、「サド・キネン・オーケストラ(笑)」を結成しようか?などと話もしていたくらい、佐渡さんには特別な思いを持っています。
その愛情があるからこそ、言わずには居られなかった。

「佐渡さん、いったい、どうしたんですか?」

はっきり言って。がっかりしたコンサートでした。
特に、不安の時代。曲自体が大変に複雑に作られていて、音にするだけでも難しいです。それはよく知っています。
オケとしての機能とか、そういうことは脇に置いておきますが、それよりなにより。
この曲、「なにも心に響かなかった」んですよ。PACの演奏では。

ジャズが流れる第三楽章の終わった直後、第四楽章に入るときの弦楽器群の号泣。それは、悲しみではない。
孤独と不安をいやしてくれるものと信じて身を投じた「快楽」から得たものは、恐ろしいほどの「虚しさ」だけだった、その事実を理解した瞬間の「自身を破壊してしまいそうなほどの」衝撃。それがこの瞬間の音なのです。
この、自分がすがることのできる全てを失い、世界の中でたった一人、取り残された時の「不安」。それをここで表現できずして、その後に差す温かな「一筋の光」が心に届くわけがない。
本当に、佐渡さん。この曲を通してあなたの表現したい「心」が、全然音になって響いてこなかった。

プレトークでおっしゃっていたこと。
レニーへの思いがプログラムにも書かれていたこと。
そして、この「不安の時代」の根元的なテーマが、後半のチャイコフスキーの四番と同じであること。
よく練られた曲目構成だと思っています。
だからこそ。

佐渡さん、それでいいんですか?

オケの事については、同業者でもあるし、アソシエイトやエキストラの皆さん、コアの一部の方も知り合いであり、シンフォニカーのエキストラ要員でもあるわけなので何も言いません。
尊敬する京芸の先輩であり、PMFでの兄貴であり、私がシンフォニカーへの入団を決心する後押しをしてくださった恩人として。佐渡さんにだけ言います。

奏者の自発的な表現、それのぶつかり合いから生まれる新しい可能性。それは分かります。
PMFではそれが破綻ギリギリのラインで、でも凄い音の生まれる瞬間を作り上げてきましたから。
でも、あのチャイコフスキーから見えた風景は、「ぶつかり合い」ではなく、「相互への無関心と反発」だけでした。
佐渡さんがこのメンバーの音を通して、なにを言いたかったのか。
ずっと、心を開いて、全て素直に受け止めようと努めて聴き続けたのに。
最後までなにも伝わってこなかった。
佐渡さん、あなたがかつて持っていたあの輝かしいオーラすら、この日は見えなかった。
いったい、どうしちゃったんですか?

汗だくで笑顔を浮かべ、涙すらにじませる佐渡さんの姿を見て。
私は、とても虚しかった。

うまい、下手、の次元ではなく、人の心に伝わる音が生まれるかどうか。
佐渡さんの尊ぶ音楽とは、そういうものではなかったのですか?

バーンスタインの言った言葉。
「いまはまだ泥だらけのジャガイモだが、丁寧に泥を落としていけば、きっと世界中の人たちの大切な食べ物になる」
私も、そうなれる中身のある人だ、と信じていました。
なのに、先週お見かけした姿は、そうではなかった。あなたが持っていたはずの、世界中の人々へ与えるはずの栄養がどこかへ消えてしまった、「しなびたジャガイモ」だった。

ひどい言い方だと思います。私の立場でこんな事を書くことは、とんでもないことなのかもしれません。
でも、一人の後輩として、先輩に言う言葉だと思ってください。
あなたは、こんなレベルで終わる人じゃないはずです。
音楽的な資質も。普段の活動の場も。

佐渡さん。私は本当に、悔しいです。

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