[PR]テレビ番組表
今夜の番組チェック

シリーズものの間まで   案内まで


妖魔夜行小説 四神家シリーズ

No.4  0と1の殺人曲

 

 明かりのついていない教室。広さは、平均的な教室よりも大きい。しかし、その大半は新型とも旧型ともいいかねるディスプレイとタワー型のデスクトップパソコンで埋め尽くされていた。配線はあまり目立たない。タイル張りではなくカーペットが敷かれているので、その下に潜り込ませているのだろう。
 パソコンが載せられているデスクは、四列並行に並んでいるが、壁際の一段高くなったところで一台だけがそれを無視して、廊下に対して垂直に並べられていた。おそらく、教師用のデスクだろう。背後に黒板がある。周辺機器も、規則的に並んでいるものよりは多い。といっても、当然ながら最新式のものと同じ処理は決して望めないレベルではあるが。
 時刻は夜の八時である。窓の外は暗闇に染まっている。雨が降っているのだ。ぽつぽつと窓にはじける雨は、時折轟く雷をきらきらと反射した。
 そこ……北海道札幌北高等学校のパソコン教室には、男が一人いた。制服を着ているところを見ると、ここの生徒なのだろう。廊下側の、黒板から一番遠いパソコンを操作している。マウスの扱いもスムーズで、それなりに慣れを感じさせてはいるが、顔を伏せてキーボードを見ているということは、まだブラインドタッチが可能なほどにはコンピューターとの親和性は高くないのだろう。初心者よりはまし、というレベルだ。
 キーボードを叩く時を除けば、男はディスプレイを食い入るように見つめていた。分厚い眼鏡から目玉が飛び出しそうなぐらい目を見開き、落ち着き無くせわしなく、きょろきょろと視点を変更する。ディスプレイに浮かんでは消えているのは、意味もなく脱ぎまくる美少女ゲームのヒロインなどではなく、0と1の数字の連なりだというのに。
 一際大きな音を、雷ががなり立てた。それと同時に、ディスプレイが激しくフラッシュする。男は慌てて叫び声を上げ、そして目玉をひっくり返してデスクに倒れ込んだ。白目を剥き、口の端からは白い泡が漏れている。ディスプレイに映った数字が、器用にその配列を変え、人の顔を浮かび上がらせた。そしてにぃっと笑い、本体の電源ごとスイッチが切れた。

 朝、目が覚めると、決まって窓を開けるのが彼女の習慣になっていた。二階には彼女の部屋の他に二部屋あるが、そこでは窓を開けてくれないので、結局はそれほど換気できるわけでもないが、微妙に湿った冷たい朝の風が好きなのである。窓の前で一つ伸びをしてから、枕元の眼鏡をかけ、階下で朝食を取るために階段を下りていく。
 たいていは、このタイミングだと父と上の兄がいるだけで、下の兄と弟はいつも寝ている。下の兄のほうは夜のバイトが忙しく、弟のほうは夜中まで新作のゲームをやっている生だ。新作ゲームがない場合は、一度クリアしたゲームの極めたデータを作るのにいそしんでいるので、やはり朝は遅い。いざとなれば父が車で送ってくれるので、寝坊しても大丈夫だと思っているのだろう。彼女にしても、それをあてにしていた時期があったので、それをとやかく言うことは出来ない。
 朝食は、いつもの通り、パンである。時々、まめで料理好きな兄か父が、お手製のパンを披露してくれることもあるが、今日は市販のものだった。マーガリンを塗り、イチゴジャムを少な目に塗ってゆっくりと食べる。弟なら十口かからずに食べきるが、消化に悪そうなので、彼女はその倍ほど時間をかけることにしている。ジャムは甘いので体重に響く可能性もあるが、脳味噌には糖分が必要なのでいつも必ず塗ることにしていた。その分、コーヒーはブラックで飲むようにしているのだ。
 朝食を済ませ、自分の部屋に戻って制服に着替えてから勉強道具を準備し、再び居間に戻ったら、テレビのニュースが八時ジャストを告げていた。いつも通りの時間である。靴をはき、行ってきますと声をかけて、彼女、四神紅楼(しがみ こうろう)は、二階建ての車庫に近づいた。建てた当初は(今でも新しい友人を連れてくると)珍しがられたものだが、慣れてしまえばどうというほどのものでもない。ただでかくて物置のスペースが増えたというだけのことだ。
 その日は快晴で、かなり気分が良かった。いつもはバスで登校しているが、こういう日のためにきちんと自転車登校の許可シールをもらっているので、それを後輪のカバーに貼る。そこは、シールを貼っても簡単にはがせるように細工してあった。貼るのが嫌なわけではないが、剥がすときに跡が残るのはいやなのだ。
 真っ直ぐ行けば、紅楼の通う北海道札幌北高当学校までは二十分ほどで着く。それまでの間、ひたすら自転車をこぐわけだが、慣れてしまえば大したことはない距離と時間である。ただし、紅楼はそれに慣れていない。が、別に大した距離でもないと思っている。土台、基礎体力からして違うのだ。それぐらいの距離でへばるほどには疲れない。
 途中、何事もなかったので、予定通りの時間に校舎までたどり着いた。登校者の中の顔見知りには、きちんと挨拶をする。が、それ以上はなにもしない。つるんで教室まで歩くわけでも、気になる男性についての談笑に加わるわけでもない。自分がクラスの中で浮いていることには気付いているし、クラスメイトが苦手にしていることもわかっているので、ムリして付き合おうとも思わないのだ。基本的に、親友とか友人というものがいなくても平気な質なので、中学からこんな感じである。小学生の時は、親友とさえ呼べる友達がいたのだが……まあ、それは置いておこう。
 教室は、まだ五割ほどしか埋まっていなかった。これも、いつも通りである。三十分を過ぎて徐々に埋まり初めて、ホームルーム開始直前に揃うわけである。誰だって早起きは苦手なのだ。
 ただし、今日はいつもと様子が違った。席の埋まりかたが、ではない。ざわつきかたが違ったのだ。いつもなら、もう少し明るく、時折馬鹿笑いも響いてくるのだが、今日はひそひそ話ばかりで、全体的に沈んでいる。教室が全体的に暗く見えるほどだ。何かがあったのは確かだが、それが直接自分には関わっていなさそうだったので、紅楼は無視して席に着き、ルーズリーフを取り出した。
 挟まれていたのは、色々と落書きされているFAXとおぼしき紙だ。大半は他愛もないいたずら書きだが、ところどころに矢印が書いてあったり、数字が書かれていて、それを端からメモしていく。頼んだ方はあまり本気にしていなかったかもしれないが(そうだったとしたらこんなものは送ってこないだろうから、やはり本気にしているんだろうけど)、紅楼のほうでは真面目にそれに取り組んでいた。
 それは、今までやったこともないことだったが、だからこそやりがいがあると思って引き受けたのだ。それとはつまり、2D格闘ゲームのプログラムである。最近知り合った友人が、TRPGとかいうゲームをやっていて、それで使っているキャラクターを使って、格闘ゲームが出来たらなあという話が、そちらの仲間内で持ち上がり、盛り上がったらしい。
 TRPGというものについては紅楼はさっぱりわからなかったが、ゲームのプログラムならなんとかできるし、最近は作りたいプログラムも特になかったので、今は楽しんでやっている。参考するゲームは、弟の部屋にあるので、どういう仕組みなのかもある程度は理解できた。次は、イラストをコンピューターに取り込んで、アニメーションにして動かすところまで来ている。今度の日曜日は、そのために友人が家に来ることになっていた。
 細々としたメモを取っていると、いつの間にか担任の七水鷦(ななみ ささぎ)が来ていて、点呼を取っていた。今年三十になるらしい、ぽーっとした様子のことの男は、どこか上の兄に雰囲気が似ていて、彼女は結構好きだった。だからといって別に、彼の担当する国語の成績が上がったりはしなかったけれども。
 点呼を取り終えた鷦は、教室を出ていく前に、紅楼を呼び寄せた。他の者が呼ばれたなら野次なり口笛なりが飛ぶのだが、それが紅楼だとまったくそういうことにはならない。見た目だけは地味な女だが、何か怖いものがあるとみんなして感じているらしい。彼女に声をかける者が少ないのは、そのせいなのだろう。
「なんですか、先生」
 独特の間合いで喋るため、声と言葉だけだともっと大人に間違えられることも多い紅楼の声からは、そうさせるだけの落ち着きと貫禄が感じられた。昔の話だが、兄弟喧嘩を止めるのはいつも彼女だったので、自然とそうなったのだ。
「ちょっと、話があるんですが、時間をとっていただけますか?」
 時間のかかる話なのだろうか。一時間目の授業は数学だったが、教師に呼ばれてなら問題ないしだろうし、数学なら大学入試の問題だろうと解く自信があるので、別に構わないだろう。そう判断して、うなずく。
「じゃあ、先に進路指導室に行ってください。ボクは、鈴木先生に君の欠席を伝えてから行きますから」
 鈴木というのは、数学の担当教師である。わかりましたと返事をして、鷦が差し出した右手から鍵を受け取り、とっとと進路指導室に行くことにした。時間をかけても意味がないし、自分から動き出さないと鷦が動かないような気がしたからだ。

 進路指導室というものは、他のどの教室よりも落ち着かないものである。第一、雰囲気と空気が悪い。全体的にのっぺりとしていて、特色がない。寸前まで誰かが煙草を吸っていたように、きつく匂いが染みこんでいる。そういえば、教室以外で教師が煙草を吸うのは、ここぐらいしか思い当たるところはなかった。
 そんなわけで、あまり待たされたい場所でもなかったが、しかし待てといわれたからには待たねばならず、まずは窓を開けてやろうと決心して、紅楼はそこの扉をくぐった。そして、窓を開ける。心地よい風が部屋に吹き込むが、その程度で覆されるほど、壁に染みこんだ匂いはやわではない。結局は徒労にしかならないのかとも思ったが、だからといってなにもしないで待っているのもしゃくだったので、扉を開けっ放しにしておいた。廊下に煙草の匂いが漏れ出るだろうが、そんなことは紅楼の知ったことではない。
 待つこと五分。それぐらいで、鷦はやってきた。
「ちょっと、遅くなってしまったね」
「いえ、別に」
 愛想もクソもない。わざわざ無駄に振りまかない主義なのだ。
「それで、話というのは、パソコン教室のことなんだけど」
「なにかあったんですか?」
 鷦は驚いた顔をした。
「まだ、知りませんか?」
「だから、なんのことですか?」
「いえ、すでに広まっているようだったので、説明は省けると思っていたんですが……わかりました。一から説明しましょう」
 最初からそのために呼んだんだろうに。鷦に聞こえないようにこっそりと溜め息を吐く。
「実は、パソコン教室で、ある事故が起こりました。我が校の男子生徒の一人が、そこで意識不明の重体に陥ったんです。原因はまだわかっていませんが、どうもパソコンの捜査中にそういうことになったらしくて。それで、その方面に詳しい君に話を聞こう、ということになりまして」
「はあ」
 どこでどういう話になったというのだろう。この学校の教師も、いい加減なのかそうでないのか、いまいちわからない連中が多い。
「端的に言うと、長時間パソコンを操作することで倒れる、というような事態はあり得ることなんでしょうか、ということを聞きたいんですよ」
 物腰柔らか、言葉も不必要なほど丁寧。生徒には好かれるが、反面舐められているところもあるこの教師は、なぜそんなことを紅楼に聞くのだろう。運び込まれた病院の医師の話でも聞けばいいだろうに。やはり、お仲間だからだろうか。
「パソコンのディスプレイを長時間見続けると、気分が悪くなったりすることはあります。倒れることもあるかもしれません。その辺は機械との相性でしょうけど、意識不明の渋滞になる、という話は聞いたことがありませんね」
「そうですか。やはりね」
 やはり?なにがやはりなのだろうか。それを紅楼が確認する前に、鷦は二の句を継いでいた。
「じゃあ、ちょっと現場まで付き合ってください。用事はそれだけだったんですけど、時間も余ってしまいましたし」
 確かに、一時間目が終わるまで、まだ三十分以上はある。これしか用事がないんだったら、わざわざ授業を無視してまで呼び出す必要があったのだろうか。

 普通の教室よりは広いパソコン教室であるが、だからといって取り立てて広いと騒ぐほど広いわけでもない。なにしろ、パソコンが大量に並んでいるせいで息苦しさのほうが先に立つのだ。それに、空気もよくない。あまり使われていないのだろう。カビの匂いが微かに鼻についた。
「まだ、こんな機種を使っているんですか?」
 せっかく積み替えの簡単なモデルを使っているのに、どう見てもそれは手つかずのままで、動かされた形跡すらない。パソコンは、買って終わりというものではないのに。これだから、生徒にしても学ぶ気がなくなるのである。
「ボクは、パソコンのことはよくわからないんだ」
 照れたように頭を掻く。なぜそこで照れるのかもわからないが、それにしてもこれは酷い。何年前のものなのか、考えるだけで頭が痛くなってきた。
「それで、倒れていたというのはどこなんですか?」
 頭を抱え込みたくなるのを必死に押さえて、努めて冷静に聞いた。こんないい加減な惨状を見ていると、腹が立ってくる。その一方で、やはりパソコン部に入らなくてよかったとも感じている。そういえば、潰れるだか潰れないだか騒いでいたのはどうなったんだろう。
「ここのパソコンに、倒れ込んでいたらしいね」
 そう言って、目の前にあるパソコンを指差す。廊下側の、一番後ろだ。
「起動させてもいいですか?」
「どうぞ。好きなようにしてくれてけっこうだよ」
 どうせ、鷦にはわからないだろうし、と思う。こんな教師を、よく学校側は雇ったものだ。噂に聞く、影の教育委員会からの圧力のせいだろうか。
「どうだい?なにか異常はあったかな?」
 しばらくいじって手を止めたところを見計らって、遠慮がちに後ろから覗き込んでくる。見てもわからないだろうに、なぜこんなことをするんだろう。
「特にはなにも。ただ、中身のわからないディレクトリが、一つあります。名前は、『dead oe arive』」
「『生か死か』?」
「そうです」
 ふざけた名前である。テレビの見過ぎかマンガの読み過ぎとしか思えない。
「中身はわからないのかな?」
「ユーザー制限されていますから、パスワードがわからないと見られませんけど、どうします?」
「どうします、とは?」
「その気になれば、なんとかできますけど」
 ハッキングというか、データの検索というか、まあ裏テクニックというやつだが、そういったものに必要なツールは、すべて自分のホームページにアップしているから、インターネットに接続さえできれば、すぐにでもパスワード検索ぐらいできる。本来ならバックアップ用にデータをアップしていたのだが、思わぬところで役立つものだ。
「今度の事故と、何か関わりがありそうなのかな?」
「多分。……勘ですけど」
「じゃあ、やってみてくれないかな」
 それにしても、事故か。学校側としては事故で処理したい気持ちもわかるが、しかしこれは事件の範疇に入ると思う。パソコンの前で倒れていた男子生徒、原因不明の意識不明、そして使用していたパソコンに入っている謎のデータ。ここまで揃うと、出来すぎという気さえしてくる。それなのに、事故。
 キーボードを叩き続けること十五分。いつもならもう少し早くできただろうが、考え事をしながらだとこんなもんである。
「出ました」
 データの一つを選んで実行してみる。そしてディスプレイに映し出されたのは、意味不明な記号の羅列だった。
「えーと……これは?」
「私にもわかりません」
 紅楼でさえ見たことのない記号である。これがプログラムと呼べるのだろうか。そうだったとしたなら、いったいなんのプログラムだというのだろう。見当さえつかない。
「……が……」
「……いま、なんか喋ったかな?」
「いえ、私はなにも」
 紅楼は、鷦がなにか喋ったのだと思った。彼女が喋っていないのだから、それしかありえないはずである。はずであるが……
「……たが……」
 再び、声のようなものは聞こえてきた。
「もしかして……これが?」
 パソコンを指差しているが、腰がどことなく引けていた。
「まさか」
 否定したのは紅楼であるが、しかし否定になりきれなかったのは仕方ないだろう。ディスプレイの中で、表示がすさまじい速度で変化し始めたのだから。
「いずれは発見されると思っていたが、まさかこんなに早くとは思わなかった」
 画面に現れた顔は……0と1で構成された、男のものとおぼしき顔は、にたりと笑いながら、そんな言葉を紡ぎだした。現れたのは顔だけで、首から下はない。それがどことなくユーモラスで、紅楼は吹き出してしまった。鷦も笑っている。
「なにがおかしい」
 機嫌を損ねた声。出会い頭に笑われたら、普通は怒る。しかし、顔のほうに責任がないとも言えない。ディスプレイの中で、口も確かに動いているし、それに会わせて声も出ているが、音はパソコン本体から出ているので、違和感があるのだ。珍妙である。
「すいません。なんとなく、おかしかったもので」
 目尻の涙を拭きつつ、それでも笑いは止めずに、丁寧に鷦が答える。律儀というかなんというか。
「私の恐ろしさがわかっていないな、お前たち」
 声はさらにご立腹のようだ。といっても、画面の中の顔がどう変化しようと、いまの紅楼や鷦にとってはギャグでしかない。
「恐ろしさ、恐ろしさですか」
 どうしても笑いが止まらず、しかし止めなければならないと思っているのか、奥歯で思い切りそれをかみ殺して、鷦はようやく笑いを落ち着けた。なにか笑いたくなる刺激があれば、先ほどを上回る勢いで再発すると思うが。
「なにがどのように恐ろしいんですか?」
「私の力は偉大だぞ。人を殺すことさえ可能なのだからな」
 それがどのように偉大なのかピンとこなかったが、野放しに出来そうにないのだけは理解した。危険と言い換えてもいい。人を殺すことさえ可能ということは、そのようにして力を使うつもりなのだろう。もしくは、そのような目的で生み出されたのだ。
「人を殺す、ですか。それは穏やかではありませんね」
 紅楼は横に退いて、鷦と画面の奇妙な会話の邪魔をしないことに努めた。鷦が真面目な顔をしているところなど、こういう時にしかないだろうから、それをゆっくりと見物させてもらおうと思ったのだ。
「そのわりには、失敗していたみたいですが」
「あれは、この世の知識を得るための前哨戦だからな。次からはああはいかないぞ」
 なんとなく理解できたことだが、この画面は……呼びづらい。なんという名前をつけてやろう。仮に、ハッカー君としておこうか。このハッカー君は、対象の(おそらくはパソコンを操作しているものの)知性というか知識というか、そういうものを吸収できるに違いない。だから、泡を吹いて倒れたりするのだ(デスクが汚れているからそうなんだろうと思ったのだ)。誰だって、頭の中身が綺麗さっぱり飛んでいったらそうなる(紅楼はなったことはないが)。
「手始めに、お前から始末してやろう」
 ハッカー君は、画面から自分の顔を消し、すさまじいスピードで画面内の記号を動かし始めた。なにかしようとしているのはわかるが、そうでなくても目が回る。
「あなたの弱点は」
 紅楼は、そっぽを剥きながら、ぽつりとつぶやいた。
「相手が画面を見ていないとどうしようもないということね」
 所詮、コンピューター妖怪の限界はそこにある。中には画面の外にまで出てこられるものもいるが、どうせ、まだ生み出されたばかりなのだろう。そこまでの力があるはずがない。そう思ってちらっと鷦を横目に盗み見たのだが、こちらはしっかりと画面を見つめていらっしゃった。
「先生……」
 脱力感を禁じえない。なんのために派遣されているんだろうか、この男は。
「ボクにもよくわからないんだけど、画面から目が離せないんだ。なんとかしてくれないかな?」
 どうせ、魅了か金縛りにかかったに違いない。お仲間なら、相手の攻撃ぐらいはきちんと警戒しておいてもらいたいものだ。
「わかりました」
 どうすればハッカー君を倒せるのかは、それほど難しくなく頭の中に閃いていた。まず、本体を引っ張り出して、後ろ向きにする。そして、モデムに繋がっているケーブルを引き抜く。この時点で「あっ」という声が画面から聞こえたが、無視する。最後に本体のコンセントを抜いて、おしまいだ。電源が入っていないパソコンなど、ただの箱以下の存在である。そこに巣くう妖怪は、あとでパソコンごと焼却処分だ。
「一人ならともかく、二人ならどうということはありませんよ」
 事も無げに言ってみせる。実際、大したことはなかったし。
「いやあ、助かったよ。なかなか、金縛りの力は大したものだったから。
 頭を掻く。これでも、教師になりたい妖怪(もしくは教師そのものの妖怪)で構成されている<教育委員会>ネットワークの中でも実力者だというんだから、よくわからない。もっとも、この時紅楼は気付いていなかったが、鷦が金縛りにかかってくれたおかげで、彼女は難を逃れることが出来たのである。
「貸し一つ、ですね」
「そうだね。じゃあ、今度の日曜日、空けておいてもらえるかな?お礼に、デートしましょう」
 真顔でそんなことをいうものだから、紅楼は吹きだしてしまった。
「それ、お礼になるんですか?」
 なによりも、鷦には教師という自覚が欠けているのかもしれない。
「行きたいところがあったら、どこでも連れて行ってあげるよ」
 そんなことは、いつも上の兄と父がしてくれていることだが、とりあえずは
「覚悟しておいてくださいね」
「お手柔らかにね」
 まあいいか、という気分の紅楼だった。


あとがき

四神家第四弾。ようやく出揃いました紅楼のお話です。

かなり初期の作品であり、パソコンに対する理解が半端な時期の話だったので、今回のアップにともないかなり修正しています。それでもまだ足りないけど、まあこの程度でしょう、とりあえず。概念でわかってください(笑)。

特に書くことはありません。賀茂は四神の兄弟の中では紅楼が一番好きだということぐらいでしょうかね?


e-mailはこちら   シリーズものの間まで   案内まで