すらりと伸びた手足がしなる。スパーン。打球は一直線にかなたへ。がっちりした選手が多い全日本女子ソフトチームの中で、若い鹿のような肢体はひときわ目を引く。さりげなく練習場のネットを整えたり、隅に転がったボールを拾ったり、細やかな心遣いも見せる女子ソフト全日本代表、佐藤理恵選手(27)=右投げ左打ち、レオパレス21=の魅力に迫る。【浜田和子】
◆「おっしゃー、リベンジだ!」
北京五輪での戦いは8月12日から始まる。オーストラリア、台湾、オランダ、アメリカ、中国、ベネズエラ、カナダの順に対戦する。予選リーグで2位以上になれば、メダルが確定する。実は14日、オランダ戦の日が誕生日。「いい結果を残したいですね」。硬かった表情がふっと笑顔になった。
初戦はオーストラリア。アテネ五輪ではやはり初戦の同国に破れてチームの調子が狂い、予選リーグ4勝3敗の3位と苦しんだ。「(今回も初戦が)オーストラリアだって聞いて、『おっしゃー、リベンジだ!』って燃えてますよー」。次回12年のロンドン大会では野球と共に競技種目から外れ、16年大会以降の開催については未定。いわば“最後の五輪”を宣告されている。3連覇中のアメリカを倒し、金メダルをもぎ取る。それがチームの悲願、そしてソフトに関係するすべての人々の願いなのだ。
では個人的な目標は? 「まず試合に出ること。何割打つとかいった数字でなく、一打席一打席を納得いくものにしたい」。俊足、強打、堅守のバランスに優れ、内外野いずれの守備もこなせる器用さも併せ持つ。先発、代打、代走、守備要員と、オールマイティーに使える貴重なプレーヤーだ。バッティングでも球種ごと、あるいは長打・短打を打ち分ける。全日本の斎藤春香監督も「伸びているのは理恵」と高く評価する。
本来は遊撃手。「センターラインは大事ですから、みんなとうまくコミュニケーションをとりたい」。前回アテネではベンチで人一倍大きな声を出していたが「結果的にベテランに頼ってしまった」と反省する。今回は「一人ひとりが強い気持ちを持っており、とてもレベルの高いチーム」と自信を見せた。
◆全日本を辞退したわけ
ソフトを始めたのは小学生のとき。「姉がソフトをやっていたのでその影響ですね」。バッティングの面白さにはまり、面白いからと繰り返せば上達し、うまくなると向上のためにますます練習する。「ソフトは本当に面白い」と今も素直に言える。
いずれも強豪の埼玉・星野女高から東京女子体育大へ。東京都代表で国体優勝、全日本学生選手権大会(インカレ)4年連続優勝など、チームの勝利に貢献した。初の代表入りは04年のアテネ五輪。代走での出場だったが、声を出し続けチームを盛り上げた。銅メダルを獲得して帰国したものの「自分の中では不完全燃焼。このまま全日本に身を置き続けていいのかと思い、もっと自分を鍛えたくて、以降、全日本から辞退しました」。
実業団チームに戻り、基礎トレーニングを一からやり直した。自分の弱点は瞬発力がないこと。そして体の土台になる筋肉、体幹筋が弱い。もっと自信を持てるようになってから、再び全日本に挑戦したい--。そう考えた。
レオパレス21では、藤原徹監督をはじめ、チームはそんな自分を温かく迎え、支えてくれた。コーチや仲間が相談に乗り、練習に付き合ってくれた。チームでは主将。藤原監督は「チームのためになりきれる選手」と信頼を置く。プレーの中身ではもちろん、自分が何をすればチームがよくなるかを第一に空気を作ることができるという。「いま私が代表にいるのは、チームのみんなのおかげです」。声が震え、しばし沈黙。代表に復帰した07年夏。世界選手権アジア予選では16打数8安打、打率5割と大活躍した。
◆「絶対おすすめ」は…
大好きなロックグループがある。滋賀県出身の5人組「ウーバーワールド」で、オフにはライブにも出かけるという。「その歌詞もメロディーも何もかも好き。超元気もらえるんです。絶対おすすめ。ぜひ聴いてください」。休日には買い物に出かけたり友達と会ったりと、これまた普通のOL生活も。「ずっとソフトばかりだったら煮詰まっちゃいます。私はリフレッシュしないと」。
会社では人事部に所属している。午前中は紺色のベストとタイトスカートの制服で「電話応対とかお茶出しとか、ほーんとフツーのOLやってます」。きびきびした物腰は、重宝されるのではないだろうかと想像する。午後からはグラウンドで練習の毎日だ。
シャギーの深く入ったショートヘアと少年のようなややハスキーな声は中性的。涼しげな容姿から宝塚の男役をイメージさせる。ところが「一応、日焼け止めを塗ったり爪の手入れをしたり。なんてこと、監督に怒られちゃうから大きな声では言えないけれど。外にばかりいるから日焼けしちゃうのが悩みです」と乙女心もチラリ。
あこがれは? プロ野球・巨人の「小笠原(道大)選手です」と遠くを見やった。「チャンスに強いし、バッティングが上手だし、あと……」。スレンダーで手足の長い「体型が自分とちょっと似てるから」と恥ずかしそうに付け加えた。
<ソフトボールとは>
もともと野球から派生した球技で、基本は野球と同じだがグラウンドサイズ、使用球などルールが異なっている。野球に比べるとボールが大きく、狭い場所でも試合ができる。塁球ともいう。男子は野球、女子はソフトボールと、ペアで扱われることが多い。
五輪では96年アトランタ大会で女子が正式種目になった。当初は同大会限定とされたが08年の北京大会まで開催される。12年ロンドン大会では、野球と共に競技種目から外れる。16年大会以降の開催については未定。 競技種目から外れることについては、いずれも世界的に普及しているとはいえないこと、野球にはメジャーリーグの選手が出場せず、世界最高レベルの試合が行われているとはいえないことなどが理由という。
日本女子の五輪成績は、96年アトランタ大会4位、00年シドニー大会銀メダル、04年アテネ大会銅メダル。
2008年8月11日