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| 一般的には夏の風物詩のようにとらえられている雷ですが、日本海側では逆に冬に顕著な気象現象のようです。春雷、遠雷など、豊かな言葉も生み出している、雷の地域性に迫ります。 | |
| 雷の地域性を見つめる | |
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編集:YSK |
| [4242] 2002 年 10 月 28 日 (月) 22:29:43 | YSK さん |
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| 間近の冬 | |
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[4221] 興味深く拝見しました。仙台にも「日和山」があるのですね。知りませんでした。「日和山公園」なら、石巻が有名ですから。こういうコラムも楽しいですね。 そこで、今日の気候からこんなお話を。 群馬は、昨晩から現在まで、晴れていましたが時折強風の吹く寒い一日でした。朝も最低気温が5℃近くくらいになったのではないでしょうか。今シーズン初めて冬を感じる日和でした。 太平洋側がこのような天気の場合、日本海側は荒天になります。 現実、昨日から日本海側の地域はまさに「嵐」だったのです。私の上司が今日新潟に出張してきたのですが、海岸沿いの道路に差し掛かったとき、海上に雷が落ちるのを見て度肝を抜かれたそうです。また、建物の中で打ち合わせをしていたところ、急に霰が降ってきて、外は一面白一色になってしまったとのこと。さすが冬の入口の日本海の気候はすごいなあと思い、私もこの目で見てみたかったとも思いました。 そこで、月平均雷日数平年値を新潟、前橋、東京で比べてみます。
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データ出所:東京管区気象台ホームページ 「平年値」は、1971年から2000年までの30年間の観測値の平均です。 一目瞭然ですが、太平洋側では夏が雷の季節ですが、日本海側の新潟はまさにこれからが雷の鳴る季節ということが分かりますね。また、年間の雷の日数は、「雷とからっ風」で有名な上州の前橋よりも、新潟の日数の方が多いのですね。このことも、日本海側の冬の雷の激しさを予感させます。 夕方帰宅するとき、一気に吹き込む北風と、吸い込まれるようなクリアな藍色の空に接し、冬の到来を感じました。明日もかなり冷え込む予報です。みなさん、お体には十分お気をつけ下さいね。 ※今後も、気が向きましたら、こういった地域ネタを歳時記風に紹介したいと思います。 |
| [4254] 2002 年 10 月 29 日 (火) 02:25:20 | G[わたらせG] さん |
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| 雷様(らいさま) | |
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[4242]YSKさん 雷のデータ興味深く拝見いたしました。前橋よりも新潟の方が、日数多いんですねェ〜(驚)意外でした。私の親戚が新潟にあり、正月頃伺うことがあるのですが、何度か日本海側の雷を体感しましたが、威力(イナズマ・ジヒビキ・最大瞬間雨量など)は群・栃の方が数段上のように思われました。(自慢?)地形や季節、そして私の主観が最も大きな要因でしょうが・・・。しかし、その群・栃自慢の雷様に9月半ばパソコンをやられてしまいハンベソをかかされ、最近ようやく立ち直った次第です。 寒雷やびりりびりりと真夜のはり という句は日本海側で詠まれた句なんですかね?(耽) これからも地域ネタ楽しみに致しております。 |
| [23860] 2004 年 1 月 17 日 (土) 02:36:58【2】 | EMM さん |
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| 雲の黒さを見てしまう | |
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[23858] ありがたき さん なおさんの話題が温度のことだったので、温度の話中心の書き方ですが、北陸でも放射冷却現象による晴れた日の低温もあり得るわけで、ほんとは温度だけが雪の判断を行うファクターではないですよね。 [23857]は「天気予報の雪だるまマークをどの程度信用するか考えるときの基準」の話として読んでもらった方がよいかもしれません。 ところで、空の色や空気の感じで雪が降るかどうか解るか、と言われると、全く自信ありません。 これから向かっていく先の、向こうに見えている雲が雨が降っている雲か、雪or霰が降っている雲か、というのは何となく解るような気がしますが。 生まれてこの方ずーっと日本海側(4年間新潟市にいた以外ずっと金沢市)にいると、「雪が降るか降らないか」よりも「天気は大荒れになりそうか否か」と言うことの方に関心がいくためか、雷が落ちそうな雲の色かどうか、風の吹き方はどんなか、という点を見てしまうためかもしれません。 特に新潟時代にそういう感覚になったのかも。 海沿いだったので雪は意外と降らないかわりに、北風がとんでもなくすごいところだったので…。 (下手するとまともに歩けないぐらいすごかった) ※誤字訂正 |
| [25695] 2004 年 3 月 3 日 (水) 23:03:08【3】 | KMKZ さん |
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| 氷川神社の分布、利根川中流の島地名 | |
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[24980]両毛人 さん 埼玉県における氷川神社や、群馬県周辺の雷電神社など、地域的に分布する神社 こんなページを見つけました。 http:// 沿川に同名の神社が多いのは? 古代は各河川の区切りによって宗教圏が異なり、神社も地域的にまとまって分布したのが、同じ名前が多い由縁となっています。古隅田川は、古代の利根川主流で、香取神社が広く分布し、綾瀬川は、荒川の主流で氷川神社が多く分布しました。 氷川神社…出雲国のひかわ簸川が語源。埼玉県・東京都に約230社。大宮市には5社。考昭天皇の代に出雲大社から勧請され、荒川水系を中心に元荒川流域を東限とし、西は多摩川を限界として、武蔵国の古い集落の氏神・鎮守として広く祀られています。 (中略) 雷電神社…本社は群馬県板倉町板倉。ヒョウ除けや雷除、カンバツの雨乞いとして祀られました。 氷川神社は武蔵一ノ宮だけあって、埼玉に限らず、東京にも沢山あるのに、同じ武蔵でも多摩川を渡った神奈川側には皆無なのを不思議に思っていましたが、荒川水系の神様だったのですね。出雲系の神様で語源が出雲の簸川(斐川)との説は聞いたことがありましたが。 雷電神社は群馬の神社でしたか。雷除の神社があるのは、流石、雷銀座と呼ばれる北関東だけのことはありますね。 ところで、同じページには、以前から私が不思議に思っていた事実、利根川の中流部に「島」のつく地名が沢山あることの解説も載っていました。 利根川中流部に「島」のつく地名が多い理由は? 利根川が早川と合流する辺りには、矢島、内ヶ島、高島、尾島、小島など「島」の字がつく地名が多くあります。これは、かつては洪水の常襲地帯だったこの地域に「島」と呼ばれた中州がたくさんあったのが、地名の由来になっています。水田よりも一段高い位置にある「島」は畑に利用され、現在も野菜の供給基地になっています。 |
| [25719] 2004 年 3 月 4 日 (木) 15:59:38 | いっちゃん さん |
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| ♪あなたは稲妻のよ〜に〜 | |
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[24980]両毛人さん 神社の分布がその地域の性質を示すことがあるというお話も、興味深いですね。 [25695]KMKZさん 雷電神社は群馬の神社でしたか。雷除の神社があるのは、流石、雷銀座と呼ばれる北関東だけのことはありますね。 カミナリ銀座と言えば宇都宮、何しろ商工会議所を中心に「雷都(らいと)」の別名を広めようとしているぐらいですから。 また、6〜7年前にラジオ番組で栃木県は雷除けの神社が日本一多いといった話も聞いたこともあります。 そこで、「雷」のつく神社の全国分布を調べようと思ったら、こんなページがありました。 http:// このHPにあるデータを参考にしてまとめてみますと、
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「雷都宇都宮」の面目躍如といったところでしょうか。 学生時代、結婚まで考えた彼女に栃木はカミナリが異常に多いと話したら、「そんな所には一生住みたくない」との返事。 福岡出身の彼女にとって、カミナリとの共存は耐えられなかったのでしょう。 かくしてカミナリは歌の如く二人を引き裂いたのでした。 |
| [25749] 2004 年 3 月 5 日 (金) 01:07:48 | 烏川碧碧 さん |
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| 雷(らい)と空風(からっかぜ)義理人情 ・ 谷津その後 | |
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本筋の神社の話とは全く関係ありませんが、 [25719] いっちゃん さん カミナリ銀座と言えば宇都宮、何しろ商工会議所を中心に「雷都(らいと)」の別名を広めようとしているぐらいですから。 たとえ雷とはいえ隣県の名物として喧伝されるのは少し悔しいので、ささやかならが群馬の応援を。 上毛新聞社による群馬のポータルは雷神ドットコム( http:// 群馬には「ゴロピカリ」といういうお米があります。 群馬のお土産には前橋銘菓「かみなり太郎」をどうぞ。 (本当は高崎産のものを選んで欲しいのだけれど……) むかし中学校で、雷を詠んだ俳句を作って賞をもらいました(私事ですが)。 でも、雷の神社の34対17は圧倒的……。 [25723] KMKZ さん 東国から京に上り、全国的な支配を行った例としては足利氏だけかもしれませんが、鎌倉幕府の成立以降、関東から守護/地頭等で西国に行き大名として一定の勢力を気付き上げた一族は多い筈です。 なるほど全くそのとおりでした……。 ただ、後になって考えたのですが、すでに律令国家(タニ系?)の東方拡大に伴ってヤ系の言語は失われていたのではなかろうかと。で、ヤ系は地名にしか残らなかったと。だからタニ系の命名法が後に全国的に行われるようになっても、新たにヤ系の命名が行われることは(すでにあるヤ系地名にちなんだりしたケースを除いて)極めて稀であったのではないでしょうか。 |
| [25919] 2004 年 3 月 8 日 (月) 20:40:13【1】 | YSK[両毛人] さん |
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| 雷の地域性 | |
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[25894]みやこさん 佐野の界隈ではあんまり・・・。それほど宇都宮の春雷が印象的だったと言うことなのでしょうか?それとも最近,夕方に佐野にいることが少ないからかなぁ? 気象庁ホームページ「電子閲覧室」で、2003年の月ごとの雷観測日数を調べてみました。なお、比較のために、熊谷のデータも追加しました。
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ということで、雷の出現する季節的な傾向は、宇都宮、前橋で大きな差があるわけではないようです。 熊谷も、雷の日数自体はやや少なめですが、季節的な変動は似たようなものですね。 内陸性の雷の卓越地域、ということで、これらの地域は類似した地域性を持っているのではないでしょうか。 気象庁ホームページ「電子閲覧室」 http:// ちなみに、雷の卓越地域としては上には上があるようで、日本海沿岸地域の雷の日数は栃木・群馬の比ではありません。※拙稿[4242]をご参照ください。 |
| [25921] 2004 年 3 月 8 日 (月) 21:26:07【3】 | じゃごたろ さん |
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| 地震・雷・火事・親父 | |
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こんばんは、じゃごたろです。 [25919] 両毛人さん 雷の卓越地域としては上には上があるようで、日本海沿岸地域の雷の日数は栃木・群馬の比ではありません。 そうですね。酒田に住んでいたときの感覚だと、雷に季節は関係なかったですね。この季節には雷の後には雹や霰が続くことが多いです。夏でもゴロゴロ、冬でもゴロゴロ。そんな日は家でゴロゴロ。夏は夏で、朝から土砂降りということも稀にありました。 話は変わりますが、昨今東海地震を筆頭に、各地で発生するであろう大地震に対する警戒が強まっていますが、庄内地方は空白域でもありますし、現在住んでいる諏訪ともども、日本に住んでいる限り地震からは逃れられないのですね。 そして酒田と言えば酒田大火。冬の日本海側の気候を体験したことがある方には、あの惨事が発生するのもありえる事と、実感されるはずです。なにしろ冬場は風速10mを超えるような風が毎日のように吹き荒れてますから。 さて、それでは日本海側の親父はやっぱり恐いのかな? >般若堂そんぴんさん(笑) |
| [25951] 2004 年 3 月 9 日 (火) 09:48:21 | じゃごたろ さん |
|---|---|
| 雷の地域性 | |
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[4242][25919] 両毛人さん 冬場に雷の発生が多いのはやはり日本海側の気候特性なのでしょうね。幅にして200km程度しか離れていない太平洋側と日本海側での気候の差を痛感します。 雷と切り離せないのが積乱雲です。積乱雲の中では激しい上昇気流があって、そのため雲を構成する氷の粒子も激しく衝突し合い、そこで発生した静電気の放電現象が雷です。別名入道雲と呼ばれる夏場の積乱雲は、強い日射によって温められた地表の大気が上昇することで発生し、その過程で大気に含まれる水蒸気が凝固して雲を形成します。入道雲を見ていると、みるみる上へ上へと成長していくのが観察でき、上昇気流の激しさが見て取れます。 一方日本海側に雪を降らせる雪雲も、実は同じように積雲・積乱雲ということですね。一面雲に覆われたどんよりとした空からは見ることはできませんが。強い季節風によって日本海の湿った空気が日本列島に上陸すると、そこで上昇気流となり発達した積雲・積乱雲を発生させ、雷や大雪をもたらすわけです。 したがって、夏場の積乱雲は全国各地で発生するのに対して、冬場のは日本海側に限定されたものとなるため、雷の発生の地域性が現れてくるわけですね。 では、太平洋側でもなぜ宇都宮付近が雷が多いか、というと、これは私にもよくわかりません。気温や湿度、地形などの様々な要因で、積乱雲が発達しやすいのでしょう、としか言えません・・・。 |
| [25960] 2004 年 3 月 9 日 (火) 13:05:29 | 音無鈴鹿 さん |
|---|---|
| 雷の地域性 in 夏の北関東と冬の北陸 | |
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[25957] いっちゃん さん それでは第1競走は確定です。 <第1競走 (確定)>
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一般参加の東日本Bが勝利をさらってしまいました。 [25951] じゃごたろ さん 太平洋側でもなぜ宇都宮付近が雷が多いか、というと、これは私にもよくわかりません。気温や湿度、地形などの様々な要因で、積乱雲が発達しやすいのでしょう、としか言えません・・・。 地表が熱せられるときの温まり具合は陸地の方が熱容量が小さいため、陸地の方が海面よりも早く高温になります。夏の日差しの強い日は日中の太陽放射が非常に強いので、暖められた陸地の空気は上昇し始め、そこへ海から空気が流れ込みます。この温度差により生じた気圧差が風をつくります。従って日中は海から陸に向かって海風が、夜間には逆に陸から海に向かって陸風が吹くわけです。 さてその海風の陸地への進入距離ですが、一般に50km程度です。関東平野は遮る山地がないので海風が次々と流れ込み、北関東の山地まで到達します。ここで2000m級の山々によって海風が半ば強制的に上昇気流にさせられてしまいます。この強烈な上昇気流が積乱雲の発達を促しています。発生した積乱雲は一般的に日没後の陸風にのって北西から南東方向へ流れていきます。北の空がぴかぴかごろごろ、という経験をお持ちではないでしょうか。 冬の日本海側でも同様に強い季節風によって日本海上空を通過した湿った空気が日本列島にぶつかることで、半ば強制的に上昇気流とさせられてしまうことが激しい雷を起こしているのではないでしょうか。この場合平野の広さは関係が薄いので、海から近いところに白山など高い山々がそびえる金沢あたりでは日本海側でも特に上昇気流が激しくなり、結果として雷が激しくなるのでしょうね。 |
| [25995] 2004 年 3 月 10 日 (水) 02:15:40【2】 | EMM さん |
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| ♪あなたは〜稲〜妻〜の〜よ〜〜に〜 | |
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[25941]両毛人さん [25922]だんなさん [25921]じゃごたろさん ほか だんなさんに話を振られていたのを見逃しておりました。 実は、雷神社の話題が出た頃から、落雷について何か統計的なものが出たところが無いか探していたのです。 そうしたらば、フランクリンジャパンという会社のホームページを見つけました。 この会社、全国に雷観測ネットワークを整備しており、その観測データを解析した情報を提供している会社だそうです。 落雷データそのものが商品の会社なので直リンクは控えますが、Yahooで検索するとすぐ出てくるので、そのホームページを見ていただくと、統計データのページがあるのです。 そこに20kmメッシュの落雷密度と、落雷日数の地図が出ています。 これを見ると、鳥取から秋田にかけての日本海側は、落雷密度は群馬よりも低いものの、落雷日数は群馬と同じく地図が真っ赤っかなのです。 ただ、細かい数字がわからないので、両毛人さんご紹介の気象庁ホームページ「電子閲覧室」で、日本海側の落雷日数の多い地区にある測候所の1961〜2003年の年間落雷日数のデータから、平均日数、最大値およびその値の出た年を調べてみました。
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これで行くと、平均日数、最多日数ともにトップは金沢でした。次点は酒田。 ほとんどの地点が日数的には前橋を上回っています。 なんで金沢が多いのかは…すいません、詳しいところはわかりません。 でも想像するに、低気圧や前線の流れる方向に対して山がどちらの方向に位置しているか、海と山がどれだけ近いか、と言うところが関係しているような…?? 舞鶴が意外に少ないのも何か示唆しているような気がするのですが…???? そのほか、やはり特徴的なのは、北陸のは冬の雷の方が多い、と言うこと。 振り返ってみれば、確かに2002年の冬は特に雷が多かったような覚えがあります。 しょっちゅうゴロゴロ言っているので、パソコンを触るのが非常に怖かったです。 当然、雷ガードはかましてありますが…。 (周りには落雷でパソコンやターミナルアダプタ、ルータなどが壊れた、と言う人もいます) それに、冬の雷は低気圧や前線とも関係するので、たいてい霰がひどいか、風が強いかで、外に出るのもはばかられます。 ちょっと話はそれますが、今回の記事のタイトルは、アリスのヒット曲「冬の稲妻」ですね。 ところが、3〜4年前ぐらいだったと思いますが、アリスのメンバーだった谷村新司氏がラジオで「実は冬に稲妻が落ちるのを見たことがない」とか言ってました。 それを聞いて、「冬に北陸に来ればどれだけでも稲妻が見られるのに」と思った北陸人はたぶん私だけではなかったと思います。 (その後、北陸放送制作のラジオ番組のゲストに谷村新司氏がやってきました。冬場でした。でも、たしかたまたまその時に限って天気が悪くなかったので、その時はたぶん冬の稲妻にはお目にかかれなかったはず。その後谷村新司氏に冬の稲妻を見る機会があったものか、定かではありません) この話は一例ですが、鳥取〜秋田間の日本海側以外のところでは冬場の雷は非常に珍しいこと、と言って良いかと思います。 これは日本国内に限った話ではなく、世界的に見ても冬場に雷が多い地域というのは珍しい、と言うのを何かで読んだことがあります。 それを考えると…私ゃ実はすっげ〜頑固なとこに住んどるっちゅうことなんけ? ※余談1 [25922]だんなさん ご職場は河北潟干拓地の中か周辺、なんでしょうか????? ※余談2 [25945]我がの投稿 認市度、あれだけのを短時間でやったので、案の定抜けてるところが。 遠野は×です。 ほかにもまだ間違っているところがありそうな。 ○と●、△と▲の打ち間違いがまだありそう。 (以下追加) アーカイブスを読んで、[25719]いっちゃんさんの記事とタイトルがかぶっていることを発見。 まぁいいや(^^; でも、投稿して10分経たずにこの投稿がアーカイブズに収録されていてさらにびっくり。 (訂正2) 誤字訂正、句読点見直し |
| [26048] 2004 年 3 月 11 日 (木) 01:02:43 | 烏川碧碧 さん |
|---|---|
| 雷の地域性 | |
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アーカイブズ「雷の地域性を見つめる」 http:// を読みながら疑問に思いました。 「雷(らい)と空っ風義理人情」を謳う群馬県([25749] 烏川)も、「雷都」宇都宮を擁する栃木県([25719] いっちゃん さん)も、実際のころ雷の(頻度的な)卓越地域としては日本海沿岸地域に及ばないということは、[4242] 両毛人 さん・[25951] じゃごたろ さん・[25995] EMM さん等が示されるとおりなのですが、そういった一般的に雷が多いと言い得る事実があっても、酒田であったり、金沢であったり、あるいは新潟といった日本海沿岸諸都市が雷を「名物」として積極的にアピールしていない(ように思われる)のはどうしてなのでしょうか? 雷を好む/好まないといった県民性の問題なのか、[4254] G さんが体験されたように雷の「威力」の問題なのか。 EMMさんご紹介のフランクリン・ジャパン社がサイトに掲載している統計データでは、「落雷密度」を勘案すると毛野国両県が群を抜くようですね。 [26031] さぼてん さん 高校で地理・地学を選択し、 大学は理系か文系の地理学科卒、 職業は地図屋・測量士などですか? 或いは、それらとは全く無縁の方々も大勢いらっしゃいますか? 高校では地理も地学も選択せず、大学も地理とは特に関係なし(入試も社会は日本史・世界史とセンター倫理)。 仕事上も地図を見ることは稀。周囲に地理に詳しい人がいないので、ちょっとした情報でも自慢できるのが嬉しい(自慢できるチャンスも滅多にないのだけれど)。 個人的には、地理も好きだけれども、むしろ地元好きでしょうか。地図も好きです。 |
| [26056] 2004 年 3 月 11 日 (木) 02:30:56 | EMM さん |
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| 季節的な関係でしょう | |
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[26048]烏川碧碧 さん 酒田であったり、金沢であったり、あるいは新潟といった日本海沿岸諸都市が雷を「名物」として積極的にアピールしていない(ように思われる)のはどうしてなのでしょうか? まず、北関東の場合ですが。 落雷密度が高いと言うことは、被害も多いはずですから、雷は恐れの対象だったのは間違いありません。 一方で、夏の雷は雨を伴うことが多いので、雷は干魃の被害を無くし秋の実りをもたらしてくれる象徴でもあるわけです。 [25695]のKMKZさんの投稿に書かれている雷電神社の由来は、まさにこの通りですよね。 長年、畏敬の念を込めて信仰されてきていることが、やがて雷をその土地のシンボルととらえることに繋がっているのではないでしょうか。 一方、日本海沿岸については私の想像になるのですが。 石川では(富山もかな?)、冬の初め頃になる雷のことを「鰤おこし」と呼びます。 この雷が鳴ると、冬の海の幸、とりわけ鰤が獲れ出す事からこのような呼び名が付いています。 漁業の面では、雷は恵みをもたらすシンボルと言えます。 ところが、冬の雷は風雪を伴うことが多いです。 と言うことは、雷がなっている間は雪に閉ざされたまま。 それが長く続けば続くほど、雪や風の被害が増える。 春の田植えも遅れてしまう。 雪と戦う地方にあっては、雷はマイナスイメージの方がでかいのです。 また、日本海側は冬の間は低く黒い雲に覆われ、太陽の光が照ることが非常に少ないです。 そんなところに雷がなっていると、ますます暗いイメージになってしまいます。 このように、冬の雷はプラスのイメージよりマイナスのイメージが大きく、名物にしようと言う事は考えがたい、と言うところではないかと思うのですが。 生まれてこの方ずっと日本海側で暮らしてきたものとしては、そう言うことだろう、と考えます。 |
| [26090] 2004 年 3 月 11 日 (木) 19:35:38 | 烏川碧碧 さん |
|---|---|
| カミナリ体験 | |
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[26056] EMM さん ご意見ありがとうございます。私は日本海側で生活したことが無いので実感は乏しいのですが、 日本海側は冬の間は低く黒い雲に覆われ、太陽の光が照ることが非常に少ないです。 そんなところに雷がなっていると、ますます暗いイメージになってしまいます というような季節は、確かに、決して前向きな気持ちをもたらすようなものにはならないだろうと思います(どこかで、北陸の雷は春の到来を予告するシンボルだ、みたいな話を聞いたような気もしはするのですが)。 ただ、むしろ個人的には、プラスのイメージ・マイナスのイメージの優劣よりも、プラス・マイナスは問題としない絶対的な雷のインパクトが影響しているとの思いを強くしました。 ところが、冬の雷は風雪を伴うことが多いです。 と言うことは、雷がなっている間は雪に閉ざされたまま というように、どんなに外で雷が激しかろうと、屋内に籠っている人間にとっては、それは壁を隔てての体験であり、しかも(想像するに)風雪に付随する現象でしかないのではないでしょうか。 これに対し、天気の良い暑い夏の午後、しばしば夕立と共に来る北関東の雷は、屋外で遊ぶ子供達や農作業に勤しむ人々にとって、好むと好まざると直接の体験を妨げられない天候の激変であるのです。 そういったインパクトが、一方では信仰を生ぜしめ、また一方では「これぞ名物」という発想を生ぜしめたように思います(ここでは信仰と名物とは別個に発生したと考えます)。 というのも、北関東における夏の雷のプラスのイメージについて、私には必ずしも納得が容易なものではないからです。 特に雷と米作との関係が密であることを「稲妻」の語が示すように、 雷は干魃の被害を無くし秋の実りをもたらしてくれる象徴 というのは、もっともなことです。 ただ、「もっとも過ぎる」ように感ぜられたのです。 つまり、雷を秋の実りの象徴=プラスのイメージとして捉えることは、北関東に限った話ではなく、秋の収穫を主とする地域にとっては普遍的なことであることに気が付いたのです。 特に群馬県においては(栃木県もそうなのだろうか?)、もともと米作は低調であり、もちろん日本における一般的な米食の文化は有するものの、必ずしも秋に収穫されるわけではない小麦の栽培に由来するのでしょうが、「うどん」等に代表される「粉食」の文化が特徴的なものとなっているわけです。 そういうわけで、(単に私が農業事情に疎いということもあるのでしょうが)夏の雷はプラスだ、と指摘されても、素直に呑み込むことができなかったのです。 ところで、雷が鳴ったら、桑畑に逃げ込むか、あるいは「くわばらくわばら」と唱えるとよい、と幼い頃、祖父から教えられた記憶があるのですが、これは全国的な言い伝えなのでしょうか? 「桑畑に…」というあたり、養蚕県との関係もありそうなのですが、大辞林には、 菅公(かんこう)の領地桑原には一度も落雷がなかったことによるという。また和泉国で雷神が井戸に落ちた時、ふたをして天に帰さなかったところ、自分は桑の木が嫌いなので桑原と唱えたら二度と落ちないと誓ったという説話もある とある由。 [26064] だんな さん 「寒ブリのうた」 とても楽しそうな歌ですね。 今度、富山出身の知人に歌ってもら……おうと考えてはみたものの、彼も氷見の出身ではなかったっけなあ。 私もブリは好きです(食べる方ですけど。もちろん)。 そういえば、関連事項を調べている過程で知ったのですが、秋田県の魚は「ハタハタ(魚偏に雷または神)」で、富山県の鳥は「ライチョウ(雷鳥)」とか。 こんなところにも雷が出てくるのですね。 また、雷は「神鳴り」の意ともいいますが、富山県に神成(かみなり)、秋田県に大神成(おおかんなり)、そして群馬県に神成(かんなり)という地名があるようです。関係あるのか無いのか分りませんが。 |
| [26109] 2004 年 3 月 12 日 (金) 03:47:26 | EMM さん |
|---|---|
| ♪通りゃんせ通りゃんせ | |
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[26090] 烏川碧碧 さん ちょっとプラスっぽいイメージが強調されたような中身になってしまいましたかね。 プラスか、マイナスかは絶対的なものでなく、相対的なとらえ方をしています。 それだけ、自分の中の冬の雷のイメージが悪いのです。 [26056]の私の投稿を簡単にまとめてみると、 北関東での夏の雷のイメージ:畏敬(おそれうやまう)の対象 日本海側での冬の雷のイメージ:風雪に付随した、うっとうしい現象 ということになるかと思います。 ちなみに、冬の雷は11月頃から3月中旬ぐらいまで断続的に繰り返されるので、 どこかで、北陸の雷は春の到来を予告するシンボルだ、みたいな話を聞いたような気もしはするのですが と言う話は聞いたことがないです。 ところで、烏川碧碧さんの投稿を見ていて、全国各地の神社で祭られている超大物の雷様を思い出しました。 それは天神様…菅公こと菅原道真公です。 菅原道真は醍醐天皇の時代に藤原時平との政争に敗れて太宰府にながされ、そこで失意のままこの世を去りました。 その直後から藤原一族や醍醐天皇の周辺に不吉なことが続けて起こり、さらには清涼殿に落雷して多くの死傷者が出るということがおきました。 これら一連の出来事に、人々は菅原道真が雷神となり、自分を追いやったもの達に祟りを為しているのだろう、と考えるようになり、その魂を鎮めるために各地で菅原道真を祭神とした祠が建てられるようになりました。 これが後に各地にある「天満宮」や「菅原神社」になっているので、これらの神社も雷様の神社ととらえても良いのかもしれません。 と言ってももともとが「祟り神」としてまつられているので、当初はひたすら「畏れ」の対象だったのではないかと思いますが。 「くわばらくわばら」の由来に関しては、これを唱えると天神様が自分の所領の領民だと思い、雷を落とさなくなるから、とか言うのもどこかで聞いた覚えがあります。 |
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