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ここ数年、政府の予算づくりに強い節約圧力をかけていた財政再建の重しが、はずされようとしている。
きのう、麻生政権が閣議決定した「09年度予算編成の基本方針」には、こんなくだりが盛り込まれている。
「世界の経済金融情勢の変化を受け、国民生活と日本経済を守るべく、状況に応じて果断な対応を機動的かつ弾力的に行う」
■何でもありの懸念
これを分かりやすく読み解けば、節約路線はひとまず棚上げしたうえで、景気浮揚や雇用対策のために国債を増発し、大規模な財政出動に踏みだそうということである。膨大な政府債務の縮減になんとかめどをつけようと小泉政権時代に掲げられた財政再建の旗じるしは、下ろされることになる。
政府与党では、今後3年間で計10兆円の特別枠を設ける案がすでに浮上している。毎年10兆円、という案までささやかれている。
来年に向けて、不景気はさらに深刻になるだろう。国民の先行き不安は深まるばかりだ。それに政治が応えようというのは、しごく当然のことだ。
だが、その一方で、懸念も膨らむ。公共事業の大盤振る舞いが再現され、景気はあまり改善されないまま借金だけが積み上がって終わるのではないか。ほんの10年ほど前の、苦い経験が頭をよぎるからだ。
財政政策の重大な路線変更なのに、あまりにも行き当たりばったりの印象が抜きがたいせいでもある。
「麻生内閣を全面的に支持する代わり、チェンジして自分の色が出せるような予算を組むべきだ」。政府より一足先に、大規模財政出動へと路線転換を打ち出した自民党の笹川尭総務会長の発言だ。転換をのまねば政権維持には協力できない、と言わんばかりだ。
衆院の解散・総選挙を先送りし、弱まる政権の足元を見透かしたような動きは、こればかりではない。
2兆円もの巨費を投じる定額給付金。経済効果が疑問視され、自民党内にも消極論が少なくなかった。これを首相が受け入れたのは、連立相手の公明党の要求を押し返せなかったためではなかったか。
道路特定財源の一般財源化。首相が「地方交付税として(地方が)自由に使える金に1兆円」と明言したのに、道路族議員らの猛反発であっさりひっくり返り、公共事業に使い道を限った「交付金」に化けそうだ。
押し込まれ、譲歩し、丸投げしといった、およそ政権の明確な意思とは呼べないような政策決定が相次いでいる。そのなかで、今回の路線転換である。「安易な将来世代への負担のつけまわしはしない」「財政規律の維持」などと美しい原則を言われても、眉につばをつけざるをえない。
■優先順位を明確に
ここは、しっかり考えたい。この世界的な不況が、日本の雇用や地域経済に大きな打撃を与えるであろうことは間違いない。しかも、その期間はかなり長くなりそうだ。政府は財政の力を使って社会の安全網を確かなものにし、国民生活を守る責任がある。
他方、現在の財政は国と地方を合わせた長期債務が国内総生産(GDP)の1.5倍にものぼり、崩壊状態に近い。これ以上、深刻化させないための知恵と戦略を抜きに、安易に規律を緩めるのは許されない。
大事なのは、賢さだ。確実に未来に実を結ぶ分野を厳しく選別し、明確な優先順位をつけて財政出動を振り向けることだ。
10年後、20年後に必ず必要になるような分野、例えば環境やエネルギー技術へのてこ入れ、あるいは急ピッチに進む少子高齢化社会にふさわしい社会資本整備、東京圏の耐震力強化など、対象はたくさんある。
財政のタガを緩めると、人気取りや票集めの便乗組が登場するのが、これまでの景気対策の悲しい現実だった。定額給付金のようなばらまき色の強い政策や、緊急性の乏しい道路やダム建設などが紛れ込むようでは、借金のつけを回される子や孫の世代の批判にこたえられない。
必要なものとそうでないものを選別するには、卓越した眼力が求められる。それにはこれからの日本の社会や経済のあるべき姿について、政治指導者に明確な構想がなければならない。
いまの麻生政権にこの難題をこなし、将来への土台を敷けるだけの求心力があるだろうか。総選挙の洗礼を受け、国民の信を得て初めて強力な政治を行う基盤ができる。
■土壇場の麻生政権
景気対策のため財政再建を一時棚上げするのなら、放漫財政に流れないための歯止めが不可欠になる。たとえば、経済成長がプラスへ回復したときには、財政出動をうち切って財政再建路線へ復帰する、と閣議決定などで明確にしておく、といったことだ。
いちど財政による刺激に頼ると、もっと景気がよくなるまでと欲をかき、赤字の山を築いてしまう。それが景気対策の歴史だった。財政立て直しと両立させるには、自らを律する厳しい枠をつくっておく必要がある。
これらの手だてを講ずるには、政府与党を抑え込む相当な腕力が必要だ。予算などを成立させるには、野党とも折り合いをつけていかねばならない。麻生政権はまさに土壇場に立った。