厚生年金の標準報酬月額や加入期間の記録改ざん問題で、舛添要一厚生労働相直属の調査委員会が調査報告書をまとめた。社会保険事務所の徴収課長を中心とした現場レベルでの組織的関与を認めた内容である。
調査委は、改ざんの疑いが濃厚な年金記録六万九千件について、社保事務所の職員からの聞き取りやアンケートを行い、分析した。情報提供を受けるためのホットラインも設けた。判明した実態の悪質さに、言いようのない怒りを覚える。
改ざんは、経営が苦しい零細業者の求めに応じて滞納保険料を帳消しにするため一部の社保事務所で始まり、その後広がったという。職員同士で標準報酬月額を引き下げる計算方法を教え合っていた。改ざんの具体例では、事業主に社印を押しただけの白紙の書類を提出させて中身を代筆したり、三文判を買ってきて必要な書類を偽造したケースがあった。
通常なら事業主に渡す控えをシュレッダーで破棄していた例もあり、発覚を防ぐ工作が行われていたことも判明した。
こうしたやり方で、標準報酬月額や加入期間を過去にさかのぼって減らし、浮いた分で滞納を穴埋めしていた。社保事務所にとっては、保険料の納付率を上げられる利点があった。
しかし、標準報酬月額や加入期間が減れば受給者が受け取る年金は少なくなってしまう。職員たちは、受給者が被る不利益に思いが至らなかったのか。
調査委は、厚労省や社保庁の組織的関与は確認できなかったとしたが、保険料納付率低下に対する現場へのプレッシャーが「不正の助長を招いた」と指摘し、現場職員だけでなく両省庁幹部の処分も求めた。
併せて「社保庁はこの調査で幕引きを図るのではなく、自身で本格的な調査と被害救済を行うべき」とした。調査委は外部の有識者四人から成る。調査には限界があろう。
社保庁、厚労省は一体でさらに実態を調べ、結果を基に幹部と職員を厳正に処分しなければならない。六万九千件は地域や時期に偏りがあった。他に改ざんがないという確証はなく、明るみに出ているのはむしろ一部かもしれない。当然、改ざんを埋もれたまま残すことは許されない。
何より重要なのは被害者の救済である。可能な人から速やかに手を打つ必要がある。事実関係の確認などに要する作業量は膨大だろうが、致し方ない。誠実で地道な対処によってしか、根底から揺らいだ年金行政への信頼は取り戻せまい。
被害者参加制度が、改正刑事訴訟法の施行に伴ってスタートした。刑事裁判で、犯罪被害者や遺族が被告人質問や求刑意見を述べることができるようになった。直接刑事裁判にかかわりたいと願ってきた被害者らにとっては大きな前進だ。
これまで被害者らは基本的に傍聴人の立場しか与えられていなかった。被告が一方的な主張を展開しても、被害者側は法廷で直接反論したり質問したりはできなかった。裁判を通して被害者らがさらに傷つく「二次被害」も指摘されていた。
参加制度の対象事件は殺人や傷害致死など故意に人を死傷させた罪のほか、強姦(ごうかん)罪、強制わいせつ罪などだ。参加を希望する被害者らは検察官に申し出、検察官から通知を受けた裁判所が許可するかどうか判断する。
参加が許された被害者らは検察官の横に座る。懸念されるのは、被害者側の感情が強すぎると、法廷が報復の場になりかねないことだ。特に、来年五月から裁判員制度が始まれば、市民裁判員の量刑判断に影響を与え、厳罰化に流れるとの見方が出ていた。
被害者参加制度を取り入れた裁判員裁判の模擬裁判が今年五―十月に各地の地裁などで計二十六回開かれ、裁判員の判断に及ぼす影響が調べられた。結果は量刑にやや幅があるものの、被害者や裁判員が参加していない現行裁判と大差はなかった。裁判員役の市民の感想は「(遺族の意見は)心情的によく分かったが、判断が左右されることはなかった」などが多かった。
市民たちの冷静な判断が期待できるのではないだろうか。被害者参加制度では、被告が被害者側の悲しみを知ることで罪の重さを悟り、更生に役立つといった意見もある。制度の定着を図っていきたい。
(2008年12月3日掲載)