2007年07月03日

一筆啓上、シングルトン(14)

シングルトン20年前の僕らは、酩酊することを主な目的として酒を飲んでいたのではないだろうか?もちろん現在でも酩酊することは、飲酒の目的のひとつであることに変わりはないが、20年前に比べたらその大きさは相対的に下がった。少なくとも、「主な目的」ではなくなりつつある。「酔っ払うことができれば良い」という態度だけで、僕らは酒を飲まなくなったようだ。

「酩酊」することだけが目的なら安い酒から売れるはずである。20年前ですら、サントリー・オールドより安いウィスキーはあった。そんな時代に何故サントリー・オールドは売れたのだろう。それはサントリー・オールドにある程度の「カッコ良さ」があったからではないだろうか。サントリーという会社は非常に宣伝が上手い。

「本物」が高くて手に入らない時代、「本物志向」を持つサントリー・オールドは、団塊の世代のオジサンたちに「憧れのライフ・スタイル」を実現させた気分をもたらせた。

僕ら日本人は全般的に味覚に優れたものを持っていると思う。おいしいものをおいしいと判断できるくらいには優秀であると思う。だから、おいしいものには敏感で貪欲だ。そして、おいしいものは概ね売れ易い。「本物」ほどではないかもしれないが、「本物志向」のサントリー・オールドは、だから売れたのだと思う。

「酩酊」、「カッコ良さ」、「美味さ」と来たら、次は「知ること」の快楽である。

1980年を迎えるまで、僕らにスコッチとバーボンとブランデーの明確な区分はなかった。茶色い蒸留酒はぼんやりと「ウィスキーみたいなもの」として認識されていたのではないだろうか。スコッチとバーボンはひと括りにウィスキーというカテゴリーに分類することが可能で、ブランデーとは原材料が違うということを理解していた人はどの程度いただろう。

さらに言わせていただくなら、「ウィスキーみたいなもの」の中には、スコッチとバーボンとブランデーとサントリー・オールドがある。そう思っている人も少なくはなかったはずだ。その4つの違いは非常に曖昧で、だけど、有名な分だけサントリー・オールドだけは良く知っている。そんな様子であったと思う。

お酒のディスカウント・ストアは僕にとってのワンダーランドだった。そこは広大な未開拓の荒野が無限に広がっているように思えた。僕はその荒野を探索することを企図し、まずはその地平を遠くまで見渡した。ビールがあり、ワインがあり、スコッチがあり、バーボンがあり、ブランデーがあり、ジンがあり、ラムがあることを知った。ビールとワインが醸造酒であり、スコッチとバーボンとブランデーとジンとラムが蒸留酒であることを知った。ビールとワインは原材料が違うこと。スコッチとバーボンは同じウィスキーにカテゴライズされるが、作っている場所が違うこと。ウィスキーとブランデーとジンとラムは同じ蒸留酒にカテゴライズされるが、その原材料が違うこと。それらのことを、僕はゆっくりと知るようになる。

知ることは快楽であり、僕は様々な知った酒をいろいろ飲むようになる。結果としてウィスキーに辿り着き、中でもスコッチが良いのではないだろうかと僕は思うようになった。普段飲みに安い国産のウィスキーを選び、ちょっとした贅沢にバーボンを手に取ることが多かったが、やがてそれはスコッチに代わった。

ちょっとした贅沢は給料日を迎えるたびにやって来て、僕はそのサイクルを長い間繰り返した。それを何順も繰り返し、そのサイクルが永遠に続くのではないかと思われた頃、世界は少しづつ変わり始めた。

僕がここで指す「世界」とはお酒のディスカウント・ストアの中の世界。つまり、僕が先ほど広大な未開拓な荒野と申し上げた世界だ。

世界にシングル・モルトが登場し始めたのだ。今から思えば、それがシングル・モルトであることは自明であるのだが、その時の僕はそれがシングル・モルトであるとは気付かない。何しろラベルにはスコッチ・ウィスキーと書いてあったから。そしてそこに「ピュア・モルト」と書いてあることが気になったのは確かだが、その意味を僕は理解できなかった。

今から思えば、僕が最初に手に取って見たシングル・モルトは、グレンフィディックではなかっただろうか。グレンフィディックを知る人が少なからず、まだそれを「グレンフィディッチ」と発音していた時代である。それ以降、僕は様々なところで、グレンモーレンジやグレンリベットやマッカランなどを目にするようになる。気になる存在で、どうやらそれらはスコッチの中のひとつのカテゴリーのようであるとのことに気付いたが、シングル・モルトの意味を理解してはいなかった。何しろ、それらは非常に高価だった。

「ピュア」とか「シングル」なんて言葉にほんの少し惹かれた。何だか純粋でただひとつだけの特別なもののように思えた。だけどやはりそれらは高価で、そのボトルを手に持ってレジへと向かうには大きな決断が必要でだった。そして残念ながら、僕はその決断を下せない。

決断を下せないまま、それらは僕の中で少しづつ憧れに変化して行く。それらこそが「本物」なのかもしれないと思った。樋口可南子のカレンダー欲しさにブレンデッド・ウィスキーを買った自分をほんの少し恥じた。今飲んでいるウィスキーがおいしくないかもしれないとも思った。

僕は少し不安になった。高い金を払いその「本物」を手に入れて、もしもその味わいの違いが分からなかったらどうしようかと。その頃の僕は「バーボンよりはスコッチの方が好きですね」、なんてほざいていたのである。自らの台詞を僕は呪った。果たして自分は「違いの分かる男」なのだろうか?

1986年、シングルトンが出始めた頃。世の中の理解は深まりつつあった。茶色い蒸留酒は少なくとも、「スコッチとバーボンとブランデーの3種類くらいには分かれているらしい」との認識を持たれ始めていた。シングルトンが世に出たことをきっかけにスコッチ・ウィスキーは一気に分裂を始めた。

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Posted by malt_samurai at 08:24 │Comments(2)TrackBack(0)

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この記事へのコメント
すごい!!
すごいですね。本当に1位だ!
Posted by 越後屋 at 2007年07月03日 15:33
残念ながら、本当に瞬間的でした。
とほほ。
Posted by モルト侍 at 2007年07月03日 18:31