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社説

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景気失速―不安心理が止まらない

 日本の景気が失速しつつある。先導役は、世界的な金融危機で輸出に打撃を受けた自動車産業だ。とくにいまは不安心理が先行して、生産縮小、雇用の悪化、消費の縮小という負の連鎖が加速しているようだ。

 11月の鉱工業生産指数は前月比6.4%減と、1973年に調査を始めてから最大の落ち込みとなりそうだ。部品産業のすそ野が広い自動車が減産に入った影響が強く出ている。

 雇用悪化は景気より遅れるのがふつうだが、今回はタイムラグが少ない。非正規雇用が全体の3分の1を占めるという構造変化が起きていたからだ。職を失ったか、来春までに失うと見込まれる非正規雇用は3万人にもなる。やはり自動車の影響が大きい。

 雇用の縮小は個人消費を悪化させている。ここでも自動車が象徴的だ。11月の新車販売台数は前年同月より27%も減った。第1次石油危機だった74年以来の落ち込み幅で、販売台数は69年の水準まで逆戻りした。主因は、文字通り消費者心理の冷え込みだ。

 個人消費は戦後ほぼ一貫して伸び続け、不況の時に経済を下支えする縁の下の力持ちだった。前年より減少したのは、山一証券などが破綻(はたん)して金融危機が起きた97年度くらいだ。しかし、この調子で消費不振が続くとマイナスに落ち込む可能性もある。

 このような実体経済の収縮が、世界的危機で緊張状態にあった金融市場を一段と縮み上がらせている。銀行が中小零細企業や不況色の強い業種への融資に尻込みし、資金繰り難による倒産が広がる恐れが出てきた。

 金融面からの景気底割れを防ぐため、日銀が動いた。日銀が銀行へ貸し出す時、信用度の低い社債や貸出債権も担保にできるように改めた。担保が広がり日銀の資金を得られれば、銀行の融資姿勢が前向きになり、中小零細など産業の末端までお金が巡りやすくなる効果を期待したものだ。

 日銀は10月末に政策金利を0.3%へ引き下げたが、これ以上の利下げには、金融市場の機能をマヒさせる恐れがあるとして慎重だ。金利は据え置いたまま、どうやってお金の巡りを良くするか。新たな工夫といえる。

 それにしても、こんな経済を前に、政治はむしろ足を引っ張っていないか。景気対策を盛り込んだ第2次補正予算案の今国会への提出は、麻生首相が政局的な判断から見送った。

 来年度予算の編成へ向けては、自民党4役が財政再建のための「骨太の方針」を3年ほど凍結する考えで一致し、首相へ伝えた。財政節度を守りつつ、どう経済を下支えするか。求心力が大きく揺らぎ始めた麻生政権に、まともなかじ取りができるのか。

 政治の混迷が、経済の不安心理に拍車をかけている。

タイ政権崩壊―混迷に早く終止符を

 混迷を深めるタイの情勢が、また新たな局面を迎えている。

 憲法裁判所が、昨年末の総選挙での選挙違反に関して、国民の力党など与党3党に解党命令を出した。ソムチャイ首相ら党幹部は5年間、公民権が停止された。首相らは失職し、ソムチャイ政権は崩壊した。

 解党された与党の国会議員は、受け皿として作った新党を基盤に政権維持をめざしている。しかし同じ系列の政党による政権では、野党や反政府勢力が納得しない可能性もある。タイ政治は重大な岐路に立っている。

 タイは東南アジアの中核であり、経済発展とともに民主主義を進めていると見なされていた。日本外交にとっても重要なパートナーである。その国がいつこの危機から脱出できるのか。深い憂慮の念を持たざるを得ない。

 判決の背景には、タクシン元首相の時代から続く政府批判の声がある。地方の貧困地域を支持基盤とする元首相は、都市住民らからは利権政治だとの非難にさらされてきた。

 タクシン氏は国外へ逃れたあと、汚職事件で有罪判決を受けた。その義弟であるソムチャイ首相が、失職したサマック前首相の後に就任したのはわずか2カ月半前である。

 旧支配層や官僚、ビジネス界の支持を受けた反政府団体・民主主義市民連合(PAD)は、サマック時代からの批判行動を緩めず、最近は首相府や二つの空港を占拠してきた。

 日本人を含む多くの旅行客が足止めを食らい、観光産業が大きな打撃を受けた。日系の進出企業には生産・販売計画を見直す動きも出てこよう。

 民主主義社会なら政府批判はあって当然だ。しかし空港占拠といった無謀な行動は許されるはずがない。選挙を経ずに選ぶ任命国会議員の拡大など、PADが非民主的な要求を強めているのも首をかしげざるをえない。

 混迷打開のために、国民の尊敬を集めるプミポン国王の果たす役割が注目されている。軍によるクーデターの際の仲裁などで手腕を発揮したが、その国王も80歳の高齢だ。いつまでも国王頼りというわけにもいくまい。

 政権の崩壊を受け、PADが空港の占拠をやめると表明したのは一歩前進だ。これを機会に、首相の交代と反政府活動という堂々めぐりに終止符をうち、政府と反政府派は危機脱出のため冷静に話し合うべきだ。

 タイ政府は崩壊前に、今月中旬に予定されていた東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議や、日本も参加する東アジアサミットの開催を来春まで延期することを決めた。

 タイに対する国際社会の信頼がこれ以上傷つくのは、アジア全体の痛手である。日本政府も何ができるのか、真剣に考えるべきだ。

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