2008年11月20日 21:45 [Edit]
アイデアを焼き付けろ - 書評 - アイデアのちから
日経BPより献本御礼。
良質のノンフィクションをあえて二分すると、「目から鱗」か「我が意を得たり」のどちらかとなるが、本書は後者。
なぜ、ケネディは1960年代に有人月面着陸を成功させることが出来たのか。
なぜ、井深大はトランジスタラジオを実現することが出来たのか。
そしてなぜ、「水からの伝言」はあれほど「強い」のか。
その答えが、本書にある。
本書「アイデアのちから」とは、実にひどい邦訳である。これではまるでアイディアそのものに力があるかのごとくであるが、本書はアイディアそのものがいかに無力かを説いた本でもある。なによりこれでは一目見た人に「こびりつかない」(doesn't stick)
本書は、どうやってその「非力なアイディア」が「身を結ぶまで」育てていくかというのが主題である。その答えが、"Stick" -- ひっつける、焼き付ける、こびりつける、だ。それではどうやってアイディアを Stick するか。目次を見るだけで、その答えは明らかとなる。
目次 - 日経BP書店|商品詳細 - アイデアのちからより- 序章 アイデアのちから
- 第一章 単純明快である (Simple)
- 第二章 意外性がある (Unexpected)
- 第三章 具体的である (Concrete)
- 第四章 信頼性がある (Credible)
- 第五章 感情に訴える (Emotional)
- 第六章 物語性 (Story)
- 終章
各章を「縦読み」すると、見事にSUCCESSとなる。この六つをどれだけ満たせるかが、あるアイディアがどれだけ人々の心に「焼き付く」かを決めると著者たちは説く。
優れたノンフィクション(一部はフィクションでも)は、単に主題を主張するにとどまらず、その本の構造自体がその主張に沿って組み立てられているものだが、本書も例外ではない。主張だけなら目次だけで収まってしまうが、著者たちは"SUCCESS"のそれぞれに事例をあげ、そして各章を例題で締めくくることにより、本書を「はがれがたいもの」としている。
このSUCCESS、実に使い出があるもので、およそアイディアで糊口を凌いできたものは、多かれ少なかれこれをやっている。私も例外ではないし、本書の読者もそうだろう。SUCCESSのうち一つも実行しないでアイディアを実現したという人がいたらむしろお目にかかりたいぐらいだ。
勝間さんがほれたのも、無理はない。だからこそ、解説を買って出たのもわかるのだが、これは邦題の次に不適切だったと感じた。というのも、あまりにしつこく Stick するのはむしろ逆効果だからだ。このことは本書でも第五章で触れている。
もっとも私がそう感じたのは、すでに勝間さんを知っているからでもあり、日経BPがそれに踏み切ったのは、それをしつこく感じる人より、それによって本書の内容が焼き付く人の方が多いのだという判断あってのことだろう。そうであって欲しい。本書はあまりに面白く役に立つのだから。
そう、あまりに面白く、役に立ってしまうのだ。
実は本書のSUCCESS原則を最も忠実に履行しているのは、宗教やニセ科学なのではないか。「水からの伝言」が、いかにSUCCESS原則の例題として有効かは驚くばかりである。それを糾弾している人々は六つある原則のうち、たった一つ = 信頼性 しか突き崩そうとしない。これでは負けるわけである。
SUCCESS原則には、なんでもくっついて(Stick)しまう。いいアイディアも悪いアイディアも。むしろ悪いアイディアの育ての親たちの方が、この原則に忠実だったりするのだから困ったものである。
それでは、悪いアイディアを剥がすにはどうしたらよいか。
さすがに本書にはそこまで書いていない。が、次に著者たちに研究して欲しいのはまさにそこだ。
本書の原題は "Made to Stick". 次は "Made to Reap" をお願いしたい。
Dan the Blogger Made Himself to Stick
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こーゆーところが、いい文章の書き方ですね。
>SUCCESS原則
薬用育毛剤ですか?
>あまりにしつこく Stick するのはむしろ逆効果だからだ。
>それをしつこく感じる人より、それによって本書の内容が焼き付く人の方
>が多いのだという判断あってのことだろう。そうであって欲しい。
>本書はあまりに面白く役に立つのだから。
私も本書を読みましたが、小飼さんのお気持ちはごもっともだと思います。
良からぬ誤解を生む可能性を、多分に含んでいるように感じられますから。
これでは、本書の翻訳ぜんぶがひどいみたいに誤解をあたえかねません。
つまり、翻訳者の能力が低い、という誤解を。
『アイデアのちから』という邦題はひどい、と書けばよかったのでは?
ご存知のように、題名は出版社が売れそうなのを勝手につけます。
翻訳者が決める権限は、事実上、ありません。