野地久保古墳:上円下方墳と確認 全国5例目 福島・白河

「野地久保古墳」の床石付近を確認する専門家たち=福島県白河市で2008年12月2日午後2時9分、和泉清充撮影
「野地久保古墳」の床石付近を確認する専門家たち=福島県白河市で2008年12月2日午後2時9分、和泉清充撮影

 福島県白河市教育委員会は2日、同市本沼野地久保の「野地久保古墳」が、7世紀末~8世紀初めに築造された「上円下方墳」と確認されたと発表した。上円下方墳の発掘は全国5例目で、東北地方では初めて。専門家は、東北地方と当時の中央政権とのつながりを示す貴重な古墳として注目している。

 市教委によると、野地久保古墳はJR白河駅から東約8キロの山の標高約340メートルの斜面にある。一辺約16メートルの方形の上に、直径約10メートルの円形の土盛りが乗った形で、中心部から、石室の床石とみられる長さ約2メートルの石が見つかった。石室の他の部分や遺物はなかった。石の加工技術の高さなどから、当時の有力者の墓とみられるという。

 坂詰秀一・立正大名誉教授(歴史考古学)は「これまで、多摩川流域が上円下方墳の北限と考えていたので驚きだ。東北の有力豪族が、近畿地方の中央政権と関係があった可能性を示すもので、東北の古代史を塗り替えかねない発見。畿内の文化が同心円状でなく、点在的に全国に広がったこともうかがえる」と話した。【和泉清充、西嶋正法】

毎日新聞 2008年12月2日 20時19分(最終更新 12月2日 20時28分)

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