元厚生事務次官連続殺傷事件の犯人とされる、小泉毅容疑者の自首と自供が論議を呼んでいます。そもそもこうした犯行自体、あってはならないものですが、さらに34年前に保健所で殺処分された「家族」である飼い犬の仇討ち、という自供が「犯行動機として弱い」とされているようです。
でも、果たしてそうなのでしょうか? 私はどうしても別の背景を考えてしまいます。それは「情報の生活習慣病」としての「セルフ・マインドコントロール」そして「個人カルトの先鋭化」への一般的な懸念です。
「異常な事件の異常さ」をきちんと考える
警察、検察はもとより、厚生労働大臣の舛添要一さんなどもどうしても、事件を合理的に理解しようとしているようです。彼の職位としてはその立場は堅持されるべきでしょう。しかし「犬の仇討ち」で私が最初に想起したのは「地下鉄サリン事件」に代表されるオウム真理教事件であり、大阪教育大学付属池田小学校で児童らを殺傷してスピード処刑されてしまった宅間守のことでした。
合理的に考えれば「犬の仇討ち」などあり得ないでしょう。事件が起きた直後、報道も世論も年金問題に起因するテロとの見方を強めていましたが、小泉容疑者がマスコミ各社の掲示板等に書き込んだとされる犯行声明は、自分の行動を「決起」と表現して「年金テロ」を正面から否定するものでした。
犯行に背景があると考える向きもあるようですが、もしプロの暗殺者なら家族などには危害を加えないだろうし、逆に組織強盗などの皆殺しでは、血のついた靴跡などは絶対に残さない。今回の事件を「常軌」だけで捉えようとすると無理があります。では「常軌を逸した」で片付けてしまうなら、ちょうど数を数えるのに「1、2、3…あとはたくさん」と投げ出してしまうのと同様で、類似事件の再犯防止に役立ちません。というより私個人は池田小事件の事なかれ式スピード処刑が、今回の事件を準備した面があると思っています。
明らかに異常な事件です。だからこそ「異常」の一言で片付けるのではなく、手堅い理性で「異常さ」そのものを考える必要があります。
犯行声明はまた<日本警察の捜査能力に疑問>として、自分の利き手や靴など証拠に関する具体的な事項を書き並べました。これから間違いなく「責任能力」を問うことができますから、弁護側は「犯行時、心身喪失状態にあった」とは主張しにくいでしょうし、立件を考えるうえで検察庁にとって有利な情報でもあるでしょう。
様々な挫折によって社会的に行き詰まりながら、得意なコンピューターの知識を生かし、ネット株取引で生計を立てようと考えていた(殆ど利益はあがらなかったらしいですが)小泉容疑者が、何らかの事情で数百万円の借金を抱え、自暴自棄になり、やはり得意な情報検索の技術を駆使して元次官の住所など個人情報を調べ上げて今回の犯行に及んだ、というのが現在のところ、大方の見方となっているようです。
「犬の仇討ち」確信はいかに形成されたか
まだあまり指摘されていないようですが、私が気になったのは出頭直前に小泉容疑者がかけた「父親への電話」と、そこで予告された「両親への手紙」です。ほとんど何も語らなかった電話は、少なくとも息子と親との紐帯を示しているでしょう。そして手紙には「犬の仇討ち」が記されていたと言います。
報道を見る限り、34年前に小泉容疑者になついていた野良犬を保健所に持ち込んだのは容疑者の親であって、保健所は決められた業務を行ったのに過ぎません。さらに「動物管理」は環境省と自治体の管轄で厚生次官は関係がない。ネット株取引で利益を上げられなかった小泉容疑者は、捜査関係者に管轄が違うと言われて「えっ?」と絶句したそうですが、綿密な個人情報も調べられる彼が最終的にその短絡を理解できないはずはありません。
意識のどこかが凝り固まって、完全に視野狭窄にはまり込んでいたことが、こうした傍証からもよく分かるように思います。