安全配慮義務に関する裁判例の一例  

                        最高裁判所第3小法廷判決昭和59年4月10日

(事案概要)
被災者(18歳)が勤務先の会社の宿直中に反物を盗む目的で訪れた元従業員に首を絞められたうえ、バットで頭を殴られて殺されたので、遺族が会社に対し宿直員の身体、生命に対する安全配慮義務の違反があったとして合計約3400万円の損害賠償の支払いを求めた事案


【判決要旨】
   会社が、夜間においても、その社屋に高価な反物、毛皮等を多数開放的に陳列保管していながら、右社屋の夜間の出入口にのぞき窓やインターホンを設けていないため、宿直員においてくぐり戸を開けてみなければ、来訪者が誰であるかを確かめることが困難であり、そのため来訪者が無理に押し入ることができる状態となり、これを利用して盗賊が侵入し宿直員に危害を加えることのあるのを予見しえたにもかかわらず、のぞき窓、インターホン、防犯チエーン等の盗賊防止のための物的設備を施さず、また、宿直員を新入社員一人としないで適宜増員するなどの措置を講じなかつたなど判示のような事実関係がある場合において、一人で宿直を命ぜられた新入社員がその勤務中にくぐり戸から押し入つた盗賊に殺害されたときは、会社は、右事故につき、安全配慮義務に違背したものとして損害賠償責任を負うものというべきである。

(判決文抜粋)
    前記の事実関係からみれば、上告会社の本件社屋には、昼夜高価な商品が多数かつ開放的に陳列、保管されていて、休日又は夜間には盗賊が侵入するおそれがあつたのみならず、当時、上告会社では現に商品の紛失事故や盗難が発生したり、不審な電話がしばしばかかつてきていたというのであり、しかも侵入した盗賊が宿直員に発見されたような場合には宿直員に危害を加えることも十分予見することができたにもかかわらず、上告会社では、盗賊侵入防止のためののぞき窓、インターホン、防犯チエーン等の物的設備や侵入した盗賊から危害を免れるために役立つ防犯ベル等の物的設備を施さず、また、盗難等の危険を考慮して休日又は夜間の宿直員を新入社員一人としないで適宜増員するとか宿直員に対し十分な安全教育を施すなどの措置を講じていなかつたというのであるから、上告会社には、康裕に対する前記の安全配慮義務の不履行があつたものといわなければならない。そして、前記の事実からすると、上告会社において前記のような安全配慮義務を履行しておれば、本件のような康裕の殺害という事故の発生を未然に防止しえたというべきであるから、右事故は、上告会社の右安全配慮義務の不履行によつて発生したものということができ、上告会社は、右事故によつて被害を被つた者に対しその損害を賠償すべき義務があるものといわざるをえない。

 ※  この判例に関する評論・解説は多々あるが判例タイムズ526号117頁にあるように、「安全配慮義務は、労働者(公務員)の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務であるが、その安全配慮義務の具体的内容は、(公務員の)職種、地位及び安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によって異なるものであることはいうまでもなく、したがって、安全配慮義務の内容は、個々の事件ごとに確定されるべきもの」というのは当然の判断といえる。