出て来い、ミニッツマッカーサー
オフィスマツナガさんちで、「遠藤顧問の歴史だよ」の不定期連載というのをやってるわけだ。で、今回は中国人の書いた本について、なんだが、
著者は南京生まれの中国人なんだが、九州大学に留学し、日本の会社に就職してます。で、どういう本なのかというと、
というわけで、ネタはコレです。1937年、盧溝橋(ろこうきょう)事件に始まった日中戦争。戦闘は8年間にわたり、日中双方におびただしい犠牲をもたらした。そしてこの戦いを通じて日本は英米との関係を悪化させ、太平洋戦争への道を突き進んでいく。日中戦争はなぜ拡大したのだろうか・・・。
その背景を物語る重要な資料が公開された。当時、中国国民政府を率いた蒋介石の日記である。この日記から浮かび上がる蒋介石の意図。それは日中戦争を世界戦争へと連動させ、米ソの力で日本軍を倒すという長期的な構想である。
日中戦争 価格:¥ 1,470(税込) 発売日:2008-10-23 |
本書では、日中戦争研究の大前提となっている「侵略戦争を起こした日本と侵略された中国」という枠組みは、取り払われている。どうもね、政治とか軍事とか歴史とかの話になると、みんな、バイアスのかかった視点からしか物事を見られないわけだ。「誰が正しい」とか「アイツは間違ってる」とか、思想信条で物事を語ろうとするから、真実が見えない。一歩とは言わないが、数歩退いて見てみれば、誰がナニを考えて行動しているのかよく判るんだが。で、
――冒頭からこう述べられているとおり、本書はこれまでの硬直した日中戦争観を排したうえで歴史をとらえようと試みたものである。
本書では、これまで正面から論じられなかったが事実が明らかにされている。
その一つが、本書サブタイトルにあるように、「戦争を望んだ中国と望まなかった日本」という構図である。また他にも、これまで論じられなかった事実が、丁寧な検証をもとに提起されている。
儒教思想の核心には日本でもよく知られている「忠、孝、礼、仁」という徳目の他に、もう一つ重要な徳目があり、それが「避諱(ひき)」であるという。そして、「避諱する」とは、自分の芳しくない出来事を隠すことではなく、他人の芳しくない出来事を隠すことであり、中国の伝統的な道徳観では、この「他人」の最たるものが「偉大な人物と国家」に該当する。中国人は子供の頃から、偉大な人物と国家のためには、「避諱」し、虚言を弄せ、と教育される。その結果、人々は虚言を弄することが不道徳だとは感じなくなり、虚言を弄する習慣が養われてしまう。ニュースソース有料版というところで公開してます。有料版といいながら、今回は無料です。いよっ!エンちゃん太っ腹! またおごってね。
現在の中国では、国家の醜い出来事を隠し、国家の過ちを覆い隠すことが、中国人の基本的義務となった。国家の体裁を保つために虚言を弄し、国家の威信を守るために嘘をつくのは、称賛と奨励に値するやり方なのである。(208~211頁)
このような避諱文化が背景にあればこそ、東京裁判で提出された魯甦という人物の「日本兵が五万七千四百十八人を殺すのを見た」という証言や、中国の首席代表であった梅汝?(ばいじょこう・注)の「殺人競争」(いわゆる百人斬り)の記述、さらにはアイリス・チャン(張純茹)の著作『ザ・レイプ・オブ・南京』が生まれた、と林氏は分析する。(212~218頁)
で、おいらが思い出すのは、アレだ、アメリカの、たとえばベトナム戦争とか、今やってる中東戦争とかなんだが、
アレは「侵略戦争」なのか否か? という事なんだけどね。ベトコンとかアルカイダの戦略というのは、強い敵は、地の利のある自分の陣地に引きずり込んで闘う、というモノであって、挑発に乗って攻め込んだら負け、なのです。砂漠とかジャングルとか中国とか、どこまででも逃げられるので、永遠に決着がつかない。いよいよ追い詰められれば、私服に着替えて民間人のフリすればいい。彼らの戦いは「近代戦」ではないわけだ。
で、当時の日中戦争というのも同じだった。日本はバカだったので蒋介石の扇動に乗って攻め込んでしまった。後は、グズグズです。どこに敵がいるのかも判らず、今のアメリカみたいにひたすら本国から人間送り込んで消耗戦やるしかない。地の利を知って民間人に紛れ込んでる連中と、遠くから船に乗ってやって来る軍隊とでは、喧嘩になりません。あとは時間がすべてを解決してくれる。アフガン戦争が始まった頃、ビン・ラディンが言ってたんだが、「アメリカで闘ったら負ける。アフガンに来てくれれば、絶対に負けない。出て来い、ミニッツマッカーサー」というわけです。なので、コミンテルンにしろ、アメリカにしろ、中国と日本のゴタゴタを、そういう目で見ていたわけだ。敵の敵は味方、敵のダメージになるんだったら何でもOK、というので、頭を撫でられれば「殴られた、殺されそうになった」と大騒ぎしてみせる三文ヤクザみたいな真似をするわけです。
陣取り合戦に「良いも悪いもない」わけで、すべては「国益にとって、損か得か」です。外国の軍隊が自分の国に入ってくれば、誰だって「侵略された」と騒ぎます。外国の軍隊が60年も居座っているのに「侵略だ」と騒がないのは日本人くらいのもんか。
『勝てば官軍負ければ賊軍』責任とってよ、戦争に負けた責任を!!
投稿 ウイルス性胃腸園 | 2008/12/02 15:12
母親から「出てこいニミッツマッカーサー」と
子守歌替わりに聴かされて育ちました。(ウソ!)
名前がニミッツで姓がマッカーサーだと思ってたそうです。
ちなみに母親は女子挺身隊員で(これはホント)、
女学校に行ったのに勉強せず工場に行って旋盤なぞ廻してたとか・・・
投稿 海坊主 | 2008/12/02 15:29
>外国の軍隊が60年も居座っているのに「侵略だ」と騒がないのは日本人くらいのもんか。
大東亜戦争に負けて以来、日本はアメリカの占領下にある。
戦後のすべての政権はアメリカの傀儡政権である。
という実態を見ない議論は無意味ですね。
投稿 天誅 | 2008/12/02 15:35
ミニッツ真っ赤さァ…だと思っていた。
投稿 ミニッツ真っ赤さァ? | 2008/12/02 16:00
「悲喜」っていうの教わったおかげで
駐獄人ってオレよりバカだなー でもなんか変だなー
って心のモヤモヤがすごいスッキリした
でも軟禁大逆札とか言ってる人のこと思うと涙でるなー
そーゆう罪の石木からヘンタイになっちゃうのかなー
オレ 麻酔が切れたときテレビ見てビックリしたなー
清新ビョーインにいるから気づかなかったけど
今もニホンは戦争続いてるんだねー
毎日イッパイ人が死んで おカネとかイッパイ盗られて
ゴーモンとかゴーカンとかされちゃって
さいしょオレがココにいる理由わかんなかったけど
オレも戦争であちこちケガしてたんだなー
実弾とかミサイルとかびゅんびゅん飛び交ってて
もっともっと死人や怪我人増えるんだろーなー
戦争で儲けてる人もけっこーいるんだろーなー
いっしょ懸命戦ってるオジちゃんやおねーちゃんたち
絶対死んだらダメだよ!
必ず生きて帰ってきてね!
ちらちら見せつけてるのかしらないけどピカドンなんか
ヤツらに絶対使わせるもんか
もしそんなことしたらそのときこそ・・・
あぁまたクスリ飲み忘れたから妄想びんびんきちゃったなー
気が触れてるから許してね ゴメンね
投稿 知恵をくれ | 2008/12/02 16:14
毛沢東が演説で
「わが党の素晴らしい謀略により、
日本と国民党は戦闘状態に陥った」
という発言をしたことがあるらしいのですが。
投稿 んんー | 2008/12/02 16:27
歴史とは順番に先にあったことを見ることにあります。
日本は侵略戦争を追求していけば行くほど、戦争をする必要性が見つからないという点にぶつかってしまいます。
日清日露に始まる近代日本の戦争はすべて必要のない戦争であった。
歴史を勉強すればするほど、これらの戦争は日本の一人芝居みたいなものだったと言えます。
全くする必要のない戦争をしてしまった。
日清戦争,北清事変,日露戦争とほぼ5年ごとに大きな戦争を繰り返し,台湾と朝鮮という2つの植民地を獲得した。
1858年 明治維新により近代化を進める日本、続く対外戦争と国内叛乱(太平天国の乱)により弱体化する清、ロシアの極東南下政策により、東アジアは緊張が高まりつつあった。
1895年日清戦争に勝利した日本だったが、ロシア、ドイツ、フランスによる三国干渉により、いったんは得た領土を返還することとなる。
日本はロシアの南下政策に危機感を強め、軍備拡張を急いだ。
日清戦争は日本の防衛にとって重要な朝鮮半島を日本の勢力範囲にするために清国と戦った戦争の原因にたどり着きます。
日清戦争は必要の無い戦争だった。するべきでなかった戦争だった。
長い目で見て確実に国益を損ねた戦争だったというのが歴史認識。
1910年 日露戦争に勝利した日本は満州に進出、大韓を併合した。
ロシアは極東での南下政策見直しを余儀なくされ、中近東での南下政策を強化することとなる。
日露戦争、が近代日本の最初の海外侵略であり、これを出発点として、ずるずると大陸に利権を作り、途中で引き返すことが出来ないままに、太平洋戦争の惨禍に繋がっていった。
1931年 満州事変は、奉天、(現瀋陽)郊外の柳条湖で、関東軍(大日本帝国陸軍)が南満州鉄道の線路を爆破した事件(柳条湖事件)に端を発し、関東軍による満州(現中国東北部)全土の占領を経て、1933年(昭和8年)5月31日の塘沽協定成立に至る。
日本と中華民国との間の武力紛争(事変)。
関東軍はわずか5ヶ月の間に満州全土を占領し、軍事的にはまれに見る成功を収めた。
中国側の呼称は九一八事変。
この軍事衝突を境に、中華民国東北部を占領する関東軍と現地の抗日運動との衝突が徐々に激化した。
日本では軍部が発言力を強めて日中戦争(1937年の盧溝橋事件を発端とする日中全面戦争)への軌道が確定し、中華民国市場に関心を持つアメリカら列強との対立も深刻化した。
いわゆる、十五年戦争(中国での名称は、十四年抗日戦争)の発端は満州事変を基点としている。
歴史学というのは、起こった歴史上の事実の因果関係を明らかにするための学問です。
投稿 真 | 2008/12/02 16:46
>外国の軍隊が60年も居座っているのに「侵略だ」と
>騒がないのは日本人くらいのもんか
敗戦体制が続いて国防をさせてもらえないなら、よりマシな国に駐留してもらう
しかないからでしょ。
基本は日本人にとっては、中国もアメリカも国として信頼できない、
というだけでしょ。まあ、当たり前のことなんですが。
投稿 おっさん | 2008/12/02 17:23
戦争は大日本帝国の「公共事業」であり
「バブル」だったんですね。
甘粕正彦
「大博打元も子も無くすってんてん」
投稿 ローレライ | 2008/12/02 17:23
因果関係なんていうのは学問になるのかね?
原因っていうのは結果に対する後だしジャンケンのような気もするんだが…。
投稿 うーん | 2008/12/02 17:25
チェスター・ウィリアム・ニミッツ
です。「みにっつ」ではハンバーグになっちまう(分かる人だけネ)。
東郷元帥とも面談したことがあり、のちに旗艦「三笠」がダンス・ホールになっているのを知ると激怒したのみならず、保存運動に一役かってくれた恩人でもあります。これ豆知識。
彼はドイツ系アメリカ人なんだが、このニミッツという姓については、ロシア人がドイツ人をさげすんで呼んだ「ニェーメツ=だんまり屋」という語に由来すると聞かされたことがある。
この件、真偽のほどはまだ?だが、…左様、ハルゼーやマックアーサーみたいなおしゃべりではなかったのは、確かである。
投稿 odinn | 2008/12/02 17:36