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社説

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厚生年金改ざん―被害者の救済に全力を

 国民は、この怒りをどこにぶつけたらいいのか。

 厚生年金の記録改ざんは、社会保険事務所の現場レベルでやはり組織的に行われていた。舛添厚生労働相がつくった直属の調査委員会が、そう認める調査報告を発表した。

 従業員の記録には手をつけずに事業主の記録だけを改ざんして、保険料の滞納がなかったことにする手口は、一部の社保事務所で「仕事のやり方として定着していた」という。三文判を買ってきて偽造したり、証拠が残らぬよう書類をシュレッダーで破棄したりした、といった証言まである。

 保険料の徴収率を高くして仕事の成績をよく見せるため、公務員が役所ぐるみで文書偽造を繰り返していたことになる。恐るべきことだ。

 調査は職員へのアンケートや調査委への情報提供、聞き取りをもとにしており、すべて裏付けがとれているわけではない。調査委は法科大学院の教授や弁護士ら4人だけで、限界がある。今後は調査委が監視役になって、厚労省と社保庁が合同した調査チームをつくり、全容解明と責任の追及を進めていかなければならない。

 かつて薬害エイズ問題の際に、当時の菅直人厚生相は、辞令を出して省内に調査専門のチームをつくり、埋もれていた資料を発掘させた。うやむやな調査を許さない、そうした態勢をつくることが大事ではないか。

 不正が確認された場合は、関与した当時の職員や責任者をできる限り特定し、厳しく処分する。同時に、こうした不正を許した厚労省や社保庁の幹部の責任も明らかにしなければ、国民の納得はとうてい得られない。今回の報告書も、現場の職員だけでなく、幹部の責任も重いと指摘している。

 責任の追及は当然として、この問題で最優先に行うべきなのは、記録を元に戻し、正しい金額の年金を支払うことである。

 社保庁では、いま年金を受給している人で改ざんされた恐れのあるケース2万件から、まず戸別訪問を始めている。これをできるだけ早く完了させることだ。

 その次には、調査の対象者をもっと広げる必要がある。現在の対象は、半年以上さかのぼって記録が大幅に修正されている、といった条件に当てはまる人に限られるからだ。

 これらは不正の「一類型に過ぎない」と調査委も指摘している。埋もれている改ざんを掘り起こして被害を救済するのには膨大な作業が必要だが、放置するわけにはいかない。

 少子高齢化を受けて社会保障を再構築すべきときに、社会保障を担う役所の驚くべき不正と怠慢が次々と明らかになる。この事態がいかに深刻か、政府は自覚しなければならない。

新型インフル―大流行をどう抑えるか

 政府の新型インフルエンザ対策の基本方針が大きく変わる。

 関係省庁の対策会議は、新型がいったん海外ではやり始めたら、日本に入ってくるのは避けられないとして、流行の拡大をできるだけ抑え、社会の混乱を防ぐことを目標とする行動計画改定案をまとめた。国民の意見を求めたうえで来年初めに正式決定する。

 これまでは、国内への流入を阻み、患者を隔離するなどして素早く封じ込めることが中心だった。そのための設備は整えられてきたが、大流行に備える対策は後回しだった。

 先進国の多くはすでに、人口が集中する都市などでの封じ込めはまず無理だろうとみて、大流行を想定した対策に力点を置いている。遅すぎた方針転換であることは否めない。

 併せて、感染防止や医療体制整備など分野別の指針案もまとまったが、これまでの対策を引きずっている面もあり、十分整合性がとれているとはいえない。徹底的に見直し、実効ある対策づくりを急がなければならない。

 新型インフルエンザは、従来のものと違って人に免疫がないので大流行のおそれがある。

 厚生労働省の試算によれば、国民の4人に1人が感染し、200万人が入院して、最悪の場合は64万人が亡くなる。これだけの患者を病院などが受け入れることは、今のように厳しい医療事情でなくても到底不可能だ。

 指針案は、感染者が少ない初期と感染の拡大期とを分けて考え、対策をがらりと変えようとしている。

 初期は、患者を全員入院させ、周辺の人にも予防のためにタミフルなどの抗ウイルス薬を飲んでもらうが、拡大期には、重症者以外は自宅療養を勧め、タミフルは治療用に限るという。

 だれがどう判断して対策を切り替えるのか。事前に理解を求めておくことが必要だ。自宅療養の人に薬を届けるなどのサポート態勢も欠かせない。そうでなければ、病院に大勢の人が殺到して大混乱になるおそれがある。

 病院でほかの患者にうつさないため、専用の「発熱外来」を設けることも提案されている。しかし、本当に感染の拡大防止に役立つのか、専門家の間でも意見が分かれている。

 学校は、1人でも患者が出たら都道府県単位で休校にするという。仕事を休む保護者も増えそうだが、これによって医療機関などインフルエンザ対策の現場が人手不足になることまで想定しておくべきだろう。

 自治体での具体策づくりは、これからの大きな課題だ。どんな事態を想定し、それにどう対応するか。地域ごとに詰めておく必要がある。それを支援するのは政府の責任だ。

 私たち一人ひとりもどうするか。いまから考えておきたい。

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