「ただいまー」と言ってよっちゃんちのドアを開けたけれど誰の返事もない。なんだよ寂しいな。
足音をちょっと荒くして奥に向かうと後藤さんがひょっこり顔を出していた。口に人差し指を当てて「しー」ってやってる。
あ、そうか、よっちゃん今病人だった。顔の前で手を合わせてごめんなさい。
コンビニの袋からスポーツドリンクを取り出す。部屋に入るとベッドの脇に亜弥ちゃんがいた。

「亜弥ちゃん」

なるだけ小さな声で呼ぶと亜弥ちゃんはゆっくり顔をあげた。なんかちょっと疲れてるみたいだ。
よっちゃんは布団をかぶって寝てる。これじゃあどっちが病人かわからないぞ?

「コレ、買ってきたよ」

ペットボトルを渡すと亜弥ちゃんは「ありがと」と薄く笑った。
アイスを取り出して「宿題ありがとーございました」と言うと「どーいたしまして」と今度は満面の笑顔になった。なんだかな。
それでも今はいらないというので冷凍庫の中にしまっておいた。
なんかすごい静かだな。
よっちゃんが元気ないとこんなにも静かになるんだ。ちょっと怖いくらい。
後藤さんも黙ったままだし亜弥ちゃんもだんまり。
窓の外は真っ暗で部屋の中はとても明るいのに何だかとても寂しい。
空気が、時間も何もかもが止まってるみたいだ。よっちゃんどーしちゃったんだよ。

「のんちゃんお家大丈夫?」

皆が黙ってるからのんも大人しく体育座りしてたら亜弥ちゃんが聞いてきた。時計を見るともうすぐ九時。
げ、またお母さんに電話するの忘れてた。
あ、しかもお母さんの事思い出したら凄くお腹が空いてきたぞ?だってもう九時。
でもやだな、帰りたくない。帰りたくないけど。

ぐぅ〜

あーなんて最悪なタイミングで鳴るんだのんのお腹。
止まったままだった空気が動いて顔をあげると亜弥ちゃんと後藤さんが声を出さずに笑ってた。
声を出さずに笑うのってすごく苦しそうだ、二人とも顔が真っ赤だよ。って、そんな事はどうでもよくて、どうしよう。
帰らなきゃいけないけど、お母さんだって心配してるだろうけどよっちゃんの事このまま放っておけないよ。けどお腹空いてるし。どうしよう。

「んあ、あやちゃんとごとーがいるからだいじょうぶ」

あ、後藤さん。
いつの間にか目の前に後藤さんがいてでもいつものほんわかした後藤さんじゃなくてちょっと真面目顔。
亜弥ちゃんも寄ってきて三人でちっちゃな輪を作る。

「ひーちゃんの事なら大丈夫、さっきのんちゃんがコンビニ言ってる間にね、話ししてたの」

「話?」

「うん、ひーちゃんの事このまま置いていけないから私とごっちんとで看病しようって」

「えーなんでズルイよ、のんも!」

「アンタはダメ。お家に帰りなさい」

「やだよう、のんもよっちゃんの看病する!」

「三人もいらない。それにおばさん心配するでしょう?」

「そんな事言ったら亜弥ちゃんトコのおばさんだって心配するよ?」

「家はいーの!それにコイツは私の身内なんだから私が面倒みてやんなきゃなの!」

うぅ、そんな怖い顔しないで。わかったから。

と言う事で結局のんだけ一人でゴートゥーホーム。ずるいなぁ、亜弥ちゃん。
昨日お泊まり計画立ててたのに抜け駆けされちゃったよ。ずっこい。
でもしょうがないよね、よっちゃんには早く元気になってもらわなきゃだしそれになによりのんは腹ぺこだし。
駅までは亜弥ちゃんと後藤さんがお見送りしに来てくれた。そんなことしなくたってのん大丈夫なのに。
よっちゃん家を出るときは出る時でよっちゃんが死にそうな顔して「外暗いから気をつけて帰るんだぞ」なんて言うんだ。
そんな事あんな状態の人に言われてもね。気をつけてほしいのはよっちゃんの体だ。
さっきから亜弥ちゃんは亜弥ちゃんで大丈夫?一人で帰れる?気をつけんだよ?のオンパレード。
この人たちきっとのんの事を小学生かなんかだと思ってるんじゃないだろうか。確かに脳みそは小学生並みかもしんないけど。
けどこれでも一応高校生ですからね。ちゃんと一人で帰れるもんね。
切符を買って改札を通る。振り返ると改札の向こう側で手を振ってる後藤さんと亜弥ちゃんの姿。
あ、なんか今すごく寂しい。
だってのんだけ独りぼっちだ。やだやだ、帰りたくないや。
だけどのんのそんな気持ちを無視するみたく電車がやってきて、沢山の人波に押されてのんの体は電車の中。
ドアが閉まってゆっくりと動き出し、だんだん遠く小さくなってく駅のホーム。あーあ。
けどしょうがないか、亜弥ちゃんの言うとおりのんがいてもきっと何もできなかっただろうな。
ここは亜弥ちゃんと後藤さんに任せるのが一番だよきっと。そして早く良くなってもらわないと。
じゃないとのんのお泊まり計画がおじゃんになっちゃうもんね。亜弥ちゃんには抜け駆けされちゃうけどまあ亜弥ちゃんは従姉妹だし。
これでいいんだ、寂しい事なんかないよ。だってお家に帰ればご飯だし宿題だって終わったし!嬉しいことばっかだ。
さっきまでの寂しい気持ちはどこかに吹っ飛んでのんの心はウキウキモード。早く着かないかな。
今にも鳴き出しそうなお腹を押さえながら流れていく街の灯りをずっと見ていた。




I'm sorry...m(_ _)m