それからしばらくしてよっちゃんと亜弥ちゃんはやっと静かになって、またお勉強開始。
亜弥ちゃんに相当やられちゃったのか、よっちゃんは大人しい。

「・・・だから、この問題はこう解けばいいの。分かった?」

「うんわかった!」

分かんないけど。全然分かってないけど。
亜弥ちゃんはスラスラと問題を解いていくけどのんにはさっぱりわけわかめ。
後藤さんなんてさっきからずーっと口がぽっかり開いたままだ。わけわかんないね。意味がプーだね。

「のの、お前そろそろ帰らなくて大丈夫か?」

よっちゃんに言われて時計を見た。うぉう、もうスグ八時だ、マジで?
のん、お母さんに電話するの忘れてた!窓の外はもう結構暗い、いつの間に。

「うー、お母さん心配するかも」

「・・・はい、じゃあ今日はここまで」

亜弥ちゃんの一声で今日の勉強会は終了。だけど結構進んだな、もう後少し。
明日もまたやってもらったら完璧に終わっちゃいそう。って事はケメちゃんと居残りお掃除しなくて済む!

「亜弥ちゃんアリガトー!!!」

のんが言うと亜弥ちゃんにギロリと睨まれた。うっ、怖い。なんだよう、感謝しているのに。
亜弥ちゃんは何か言おうとして口を開いたけど、出てきたのは溜息だった。
うー、なんかごめん。でもホントに感謝してるんだ。

「さ、もう帰ろ」

「うん、帰る」

のん達が立ち上がると後藤さんは少し寂しそうな顔をした。
むう、のんだってホントはもっと後藤さんやよっちゃんといたいんだ。
だけどやっぱり帰らなきゃ。お母さんが心配するしお腹も空いてるし。

「じゃあよっちゃん、明日もまた来るから」

「はぁああ?またぁ?」

「何言ってんのひーちゃん、私達これから毎日来るよ?」

「オイオイ勘弁してくれよ、こっちだってそんなに暇じゃないんだぞ?あぁいそがしい」

「なーにが忙しいんだか。友達はボールしかいないくせに」

「ボールが友達で何が悪い!つーかお前達ね、私を馬鹿にしすぎですよ。一応大学生ですからね、やる事はそれなりにあるんです」

「はいはいがんばって。じゃあまた明日!」

「て、テメー・・・」

顔を真っ赤にして亜弥ちゃんを睨むよっちゃん。
「まぁまぁ」と背中をポンポン叩いたら「お前のせいだ」とよっちゃんに殴り返された。痛い。
何でのんのせいよ。よっちゃんは一々無駄に馬鹿力で困る。

机の上に散らかってた問題集や鉛筆やらを全部片付けてよっちゃんのお家を出る。
「外もう暗いだろ」って、よっちゃんと後藤さんは駅まで一緒に歩いてくれた。
バカなくせにこーゆーところだけは気が利くんだもんなぁ、よっちゃんは。
駅についてよっちゃんは「気ぃつけて帰んだぞ」って、のんの頭をわしゃわしゃした。くすぐったい。
チラって隣を見ると亜弥ちゃんの膨れっ面。亜弥ちゃんもよっちゃんにわしゃわしゃしてもらいたいのかなぁ?
よっちゃんは気付いているのかいないのかのんばっかりしつこく攻めてくる。あーもうやめてよー。
突然隣で笑い声が上がって、それでよっちゃんの手が止まった。
二人で見てみると後藤さんがニコニコしながら亜弥ちゃんの頭をぐしゃぐしゃに掻きまわしていた。
亜弥ちゃんはもの凄く嬉しそう。
なんとなくよっちゃんを見ると、よっちゃんは少しだけ悲しそうな顔をして、楽しそうな後藤さんと亜弥ちゃんを見ていた。
・・・ふう、まったくこのバカおやじは。
元気を入れてやろうと、のんはよっちゃんの足をおもいっきし蹴ってやった。
「ぎゃっ」と足を押さえて飛び上がったよっちゃんの目には涙が浮かんでいた。へへへ、ざまーみろ。

その後のんはよっちゃんにいっぱい殴られたけど、よっちゃんはもう悲しそうな顔なんてしてなくて、
だから殴られた頭や背中なんかはすごく痛かったけど、のんはとても嬉しかった。
だって、亜弥ちゃんも後藤さんもよっちゃんも、きっとのんだってニコニコしていたから。
それからしばらくして電車が来て、後藤さんとよっちゃんとバイバイした。
駅の向こうの暗がりに消えていく二人が何故か急に大人に見えて、のんの心臓は少しドキドキした。
何だかんだ言ってよっちゃんは大学生だもんな、高校生とは違うんだもん。
ゆっくり動き出す電車の中からよっちゃんと後藤さんの後姿をずっと見ていた。

それからすぐにのん達が降りる駅について亜弥ちゃんとはまた駅でお別れ。受験生ってホント大変。
そうだよ、亜弥ちゃんってば受験生じゃん。それなのにのんの宿題手伝ってもらっちゃってちょっと悪かったかな?
そんな事をちらっと言ったら亜弥ちゃんは無言で頭を叩いてきた。
ぐう、全くのんの周りには殴るのが好きな人ばかりしかいない。
涙目で睨むと亜弥ちゃんはサラサラ笑って「別にいーよ」と言ってくれた。
おーう神様仏様アヤヤ様、前言撤回、のんの周りにはいい人がいっぱいだ。

「じゃあ明日もまたお願い!」
そう言うと亜弥ちゃんは少し怖い目をして「一ページでいいから自分でちゃんとやってきなさいよ」と言った。
ちぇっ、ケチだなぁ。口を尖がらせると「そもそも宿題ってのは自分でやんなきゃ意味ないでしょーが」と、
全くもって当たり前な事を言われ、のんは何も言えなくなった。
そんなのんに亜弥ちゃんは笑って「明日で全部終わらせよう」と言ってくれた。うん、そうだね。のんも笑って頷いた。
そして亜弥ちゃんと明日の待ち合わせを約束してお別れ。亜弥ちゃんは人込みに紛れてく。
のんも早くお家に帰らなきゃなぁ。お腹がペコペコだ。空にはもう月が出てる。
昼間のじんわりした暑さは何処かへ行ってしまって、自転車を漕ぎながら過ぎる風はひんやり冷たい。
よっちゃんと後藤さん、今頃何してるかな?亜弥ちゃんはもう塾についたかな?
色んな事を考えながらのんはペダルを漕ぐ足に力を入れた。