
「のの」
声がして顔を上げると、後藤さんがいた。走ってきたのか少し息を切らして、困ったみたいな、悲しそうな顔をしてる。
腕でごしごし目を擦った。泣いてるとこなんて見られたくない。
「のの、ケンカだめだよ」
後藤さんは悲しそうに言った。
だけど。でもだって、よっちゃんと亜弥ちゃんが悪いんだ。よっちゃんと亜弥ちゃんが。
「ごめんなさい」
・・・え?
「ごめんなさい。ケンカ、ごとーのせい」
後藤さんは小さな声で言った。大きな目が伏せられて、長い睫毛がふるふる揺れている。
違う、違うよ。後藤さんのせいなんかじゃない。
「違うよ、よっちゃんと亜弥ちゃんが悪いんだ。後藤さんのせいなんかじゃないよ!だから、だから・・・泣かないで・・・」
のんが言うと同時に、後藤さんの伏せられた大きな目からぽろんと一滴、涙が落ちた。
ああ。悲しい。泣かないで。
「のの!!」
「のんちゃん!」
「お前走るのはや・・・どうした・・の?」
「・・・あやまれ」
「「は?」」
「の、のんと!のんと、ごどーざんにあやまれバガァ!!!」
息を切らしながらやってきたよっちゃんと亜弥ちゃんを見つけた瞬間、もう止まらなかった。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになって、でも謝らせなきゃダメで、けどそれよりもムカついててよっちゃんをぽかぽか殴ってやった。
よっちゃんも亜弥ちゃんも何が何だか分かっていないような顔をしていたけど、のんが謝れと言うと二人とも妙に素直にごめんなさいと言った。
二人は謝ってくれたけど、のんは後藤さんを泣かせてしまった事がとても悲しくて涙が止まらなかった。だから殴るのを止めてよっちゃんをぎゅってした。
よっちゃんは困ったような呆れたような息を吐いて、「ゴメンな」って頭を撫でてくれた。
しょうがないから許してあげる。でもただじゃ許してあげないよ。
「あ゛ーっっ!!!お前鼻水つけたな!!!」
逃げろ!よっちゃんはきっと『頭グリグリの刑』をお見舞いしてくると思ったので走って逃げた。
思ったとおり、振り返るとよっちゃんは両手を振り回して追いかけてくる。
レモン色のTシャツは胸の辺りだけが濡れて濃い黄色だ。うへへ、ざまーみろ。
いつの間にか後藤さんも一緒になって走ってた。横を向いたら目が合って、だから2人で手を繋いで走った。
のんの涙は引っ込んだ。後藤さんももう泣いてなんかない。
遠く後ろからはよっちゃんの怒ってるけど笑ってるような声と亜弥ちゃんのカラカラ綺麗な笑い声が聞こえる。
はは、なんだか楽しいや。
それからよっちゃんに捕まって頭をポカリと殴られるまでのんと後藤さんはは走って走って走りまくった。
そしてその後随分と遅れてやってきた亜弥ちゃんに「アンタ達、あたしを置いてくなんて、良い度胸してんじゃない」と言われた。
口では笑って目では睨んでと器用な事をしながら腕を組む亜弥ちゃんに三人で「ごめんなさい」と謝った。
それから四人で来た道を戻った。途中で走りながら目をつけてた駄菓子屋さんに寄って、四人でかき氷を食べた。
よっちゃんはあんまりお金を持っていなかったので、四人で一つのかき氷を食べあいっこした。
頭がキンキンして、でも凄く美味しかった。みんなにこにこしてて、のんはそれが嬉しかった。よかった、もう苦しくなんかないよ。
よかった。後藤さんと目が合って、ふんわり笑ってくれた。きっとのんの気持ちを分かってくれたんだ。
なんか、こうゆうの、いいよね。楽しいよね。
後藤さんはニンマリ笑って、大きく頷いた。ほら、分かってくれた。
「これ、おいしい」
・・・うん、それも思ってたけどね。
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