「ゴトー・・・ごとうさん?」

「そうだよ、紙とペン、あるかな?」
「紙とペン・・・ちょっと待ってね」

カバンをあさってノートと筆箱を取り出して渡す。ごとうさんは水色のペンを取るとノートにサラサラと何かを書いた。
そして「ん」とノートを見せてくる。そこには可愛らしい字で『後藤真希』と書いてあった。

「ごとうまき?」

「そう、ごとーまき」

「ん、じゃあごっちんだ」

「何その変な呼び方」

「うるさいな、じゃあお前ならどうする?」

「・・・ごっちんでいいんじゃない」

「ほらみろ」

「うっさいな」

「・・・んは、ごっちん」

よっちゃんが発案した『ごっちん』後藤さんは嬉しそうに笑ってごっちんごっちんとはしゃいでいる。
本人が気に入ってるみたいだからいいよね。名前も判らなかった女の人の名前が今分かった。
『ごっちん』という呼び名まで出来た。もう知らない人なんかじゃないよ。
そこからは質問タイムになった。まずよっちゃんが「歳は幾つ?」と聞いた。
後藤さんは少し考えるような素振りをして「もうすぐ19になる」と言った。もうすぐ19ってことは、よっちゃんと同い年かな?
よっちゃんは「同い年だ!!」と叫んで後藤さんとガッチリ握手した。
すると亜弥ちゃんが横から手を出して「でも今は私と同い年」と後藤さんの手をよっちゃんから奪って握手した。
あーいいなー、のんも握手したいよ。
そんな事をぼんやり思っていると後藤さんと目が合って、ふんわり笑われた。
何だろうと思ったら、手が暖かかった。後藤さんと握手していた。
そうだ、後藤さんは目が読めるんだっけか。うわぁ、何だか恥ずかしい。でも嬉しいや、温かい。

「のんは17才だよ」

のんがそう言うと後藤さんは「せぶんちーんだ」と言って手をブンブンした。可愛い人だなぁ。
それから亜弥ちゃんが「川で何してたの?」と聞いた。すると後藤さんは「お昼寝」と言った。
亜弥ちゃんはそれを聞いて困ったように笑った。そして「何で川でお昼寝してたの?」と聞きなおした。
後藤さんは眉間に小さく皺を寄せて宙を見つめて「・・・気持ちよかったから?」と言った。
亜弥ちゃんを見た。目が合って、亜弥ちゃんはまいったね、と言う風に肩を竦めて見せた。
よっちゃんは目を閉じて何か考え事をしてるみたい。後藤さんはもうにこにこしていなくて、少し俯いていた。
どうしてしまったんだろう。何だか空気が苦しいな。

「ねぇ、お散歩行こうよ」

息が詰まってしまいそうだったので外に行きたかった。後藤さんだって外が好きだって言ってた。
これ以上こんな苦しい場所にいたくないよ。暑いし。

「・・・そうだな、外行くか」

よっちゃんが言った。亜弥ちゃんも頷いた。後藤さんはニコニコしてた。ほら、やっぱり外が好きなんだ。

それから四人揃ってよっちゃんの家を出た。
外は晴れてて、いわゆる残暑が厳しい日って奴だったんだけど、サウナみたいなよっちゃんの家に比べると全然涼しかった。
それでも太陽ってのは最強で、10分もすると汗がダラダラ止まらなくなった。
よっちゃんと亜弥ちゃんと三人横一列に並んであぢーあぢー言いながらヘロヘロ歩く。
のん達のちょっと前を後藤さんがぴょんぴょん跳ねながら歩いてく。もの凄く楽しそうだ。暑くないのかな?
よっぽど外が好きみたい。よっちゃんの家にいた時より、昨日川で見つけた時よりも全然元気だ。

「何か理由があるのかな」

突然亜弥ちゃんが言った。
何の話か分からずにのんとよっちゃんは2人で亜弥ちゃんを見る。
亜弥ちゃんは顎に手を添えて、前ではしゃぐ後藤さんを見てる。
「何の話?」とよっちゃんが言った。亜弥ちゃんは前を向いたまま「後藤さん」と言った。
それからクルっと、のんとよっちゃんを見て言う。

「何か、言いたくない、言えない理由があるのかな?川にいた事」

「言いたくない理由?何だそれ」

「分かんないけど。それに警察に連絡しようとしたらダメだって、そう言ったんでしょう?」

「ん?ああ、うん。ダメだって言われた」

「ほら、やっぱり何か訳があるんだよ」

「マジで?訳あり!?」

「うん、多分ね」

「うそー、どうしよう。やっぱ警察に連絡した方がいいのかなぁ」

よっちゃんは困った顔をして頭をガシガシ掻いた。亜弥ちゃんはどこか怖い目をして後藤さんを見てる。
何だよ、やめてよ。何で2人ともそんな顔するの。そんな顔しないでよ馬鹿。後藤さんは良い人なんだ。
川でお昼寝してただけなんだ、何でそんな目で見ているの。後藤さんは良い人なんだ、警察になんか、言っちゃダメなんだ。

「やめてよ!!」

「「え?」」

「よっちゃんと亜弥ちゃんのバカ!!後藤さんは良い人だよ!!」

涙が出そうになって、でも泣いてるのを見られるのは嫌だったから走った。
よっちゃんが何か言ったけど聞こえない。後藤さんも追い越して、走って走った。
美味しそうなかき氷を売ってる駄菓子屋さんを見つけたけど、それも無視して全速力で走った。
嫌いだ嫌いだ。よっちゃんも亜弥ちゃんも、大嫌いだ。
よっちゃんと亜弥ちゃんと後藤さんと、三人が小さく見える場所まで走って、ちょっとだけ泣いた。
なんだよ、よっちゃんも亜弥ちゃんもバカだ。きらいだ。
後藤さんは暖かくて優しくて可愛くて良い人なんだ。
それを変な目で見るんだ。ちくしょうばかやろう、だいっきらいだ。