「よ、よっちゃん!亜弥ちゃん!!」

のんの声にぎゃーぎゃー騒いでた二人はピタリと静かになった。女の人は相変わらずニコニコ笑ってる。

「しゃ、しゃべったよ・・・」

「え、マジ!?」

「そりゃ一応ヒトみたいだし喋るでしょ」

よっちゃんは驚いて、亜弥ちゃんは当たり前、みたく言った。
けど違うよ、のんが言いたいのはそんな事じゃないんだ。
そりゃ暑いのやうるさいのは女の人だって感じてたかもしれない。「外行こうよ」って言ったし、聞いてたのかも。
けどさっきこの人言った。「バカコンビ」って。どうして?のん、頭の中で思っただけなのに。
どうして分かるの?え、エスパーってやつかな?だとしたらちょっと怖いよ。

「・・・んー、だいじょうぶ、こわくない。えすぱーはわからない」

ホラ!!!また!!
よっちゃんと亜弥ちゃんを見た。ようやく二人も何か気が付いてくれたらしい。
さっきまでぎゃーぎゃーうるさかったのがウソみたく静かになった部屋で、のん達三人は少し離れた場所から一列に座って女の人を見た。
やっぱりニコニコ笑ってる。

「エスパー?」

「分かんない、のんが亜弥ちゃんたちの事バカコンビだって思ったら、あの人亜弥ちゃん達の事指差して『バカコンビ』って言ったんだ」

「ののテメー誰がバカだ!」

「うるさい黙れバカ。で、エスパーだって思ったらエスパーって?」

「うん、そんな感じ」

亜弥ちゃんはふむふむ頷いて黙ってしまった。よっちゃんは拳をプルプル震わせてる。
のんはずっと女の人を見てた。膝を抱えてニコニコ笑ってる。
「よし」と突然亜弥ちゃんが言った。のんとよっちゃんは亜弥ちゃんに目を向ける。

「ひーちゃん、自己紹介してきて」

亜弥ちゃんの言葉によっちゃんは「はぁあ?」と顔を歪ませた。
そんなよっちゃんを無視して亜弥ちゃんは「いいからいいから」と背中を押す。

「ずっと頭の中で『私の名前は吉澤ひとみ』って思っとくだけでいいから」

「何だよそれ」

「あ、もしくは『変態バカでーす』とかでもいいよ」

カラカラ笑う亜弥ちゃんをよっちゃんはジロリと一睨みして女の人の前に座った。
よっちゃんの後ろで亜弥ちゃんにそっと聞く。

「何すんの?」

「ん?テスト。のんちゃんの言うとおりなら、多分あの人はひーちゃんの本名を答えられるはず」

亜弥ちゃんは真面目な顔で言った。そういう事か。
のんは黙ってよっちゃんと女の人の成り行きを見守る事にした。

暑い。頭がクラクラする。倒れてしまいそうだ。
さっきからもう五分くらい経ってるはずだ。だけど何もない。
女の人はよっちゃんを見てるだけだし、よっちゃんの背中は動かないし、亜弥ちゃんはあくびしてる。
亜弥ちゃんが大きく開いた口を閉じた時、やっと空気が動いた。

「ごめんなさい、わからない」

女の人が困ったような顔をして言った。
その瞬間、よっちゃんがバッタリ倒れた。

「だ、だめだ、後十秒もしてたらきっと死んでた」

よっちゃんはゼイゼイ荒い息をした。

「ひーちゃんちゃんとやってたの?ヤラシイ事考えてなかった?」

鬼だ、亜弥ちゃんはよっちゃんのほっぺたを両側からパンパン叩いてる。可哀相に。

「お、お前・・・。やったよ、ずーっと吉澤吉澤言い続けてたって!」

よっちゃんは泣きそうな声で言った。亜弥ちゃんはまたふむふむ頷いて黙ってしまった。
のんは死にそうになっているよっちゃんをうちわでパタパタあおいであげた。
「よし」また亜弥ちゃんが言った。寝転がってるよっちゃんを正座させる。

「作戦変更。お腹空いたってずっと思ってて。それか喉渇いた、でもいいから」

「えーまたぁ?」

「いいからさっさとやる!」

やっぱり亜弥ちゃんは鬼だ。
よっちゃんは小さく返事してまた女の人の前に座りなおした。
のんもまたよっちゃんの後ろに座った。隣では亜弥ちゃんが真剣な表情で女の人を見ている。
よっちゃんの背中は動かない。女の人を見た。大きな目によっちゃんとのん達が映っているのが見える。
女の人は突然ふわぁっと笑った。そしてちょこっとだけ前に出て、言った。

「おなか、すいた?」

その瞬間、よっちゃんちが全部凍ってしまったかのように感じた。
よっちゃんが振り向いて、亜弥ちゃんはがっしり腕を掴んで、三人で目を合わせて、それから女の人をもう一度見た。
ニコニコ、ニコニコ。女の人は膝を抱えて、前後に軽く揺れながら笑っていた。