
翌朝、登校中に亜弥ちゃんとばったり会った。
「おはよ、昨日ぶり」
「んー、おはよぅ」
亜弥ちゃんは朝から元気。シャキシャキハキハキ、新鮮なレタスみたいだ。
「どーした、まだ眠いのかコラー」
あくびをしたら拳でこめかみをグリグリやられた。
ギャーギャー騒いでようやく解放してもらう。朝からひどいよ。
よっちゃんみたいな事をする。さすが従姉妹だ。
「そういやさ、ひーちゃんから連絡あった?」
ひーちゃん。亜弥ちゃんはよっちゃんの事をこう呼ぶ。いつもはバカとかアホとか変態とか親父!とかだけど。
よっちゃんの本名は吉澤ひとみ。
だけどここ2、3年、のんはよっちゃんの事を本名で呼ぶ人を両手で数えるくらいにしか出会った事がない。
まぁそんな事はどうでもいい(よっちゃんもどう呼ばれようがてんで気にしていないみたいだし)
「連絡?何もないよ」
そう、何もなかった。
昨日の夜だって何かあるかも知れないと思って遅くまで起きていたのに、何もなかった(今眠いのはそのせいだ)
朝も朝で、真っ先にチェックしてみたけどメールも電話も、伝言だって何もなかった。
「亜弥ちゃんは?何かよっちゃんからあった?」
「別に何もー」
亜弥ちゃんはそう言って足下に転がってた石ころを蹴った。
それは綺麗な曲線を描いて結構遠くまで飛んでいった。亜弥ちゃん、フットサルやればいいのに。
「ね、今日の放課後暇?」
「うん、ひ・・・」
途中で口が止まってしまったのは前方にある人を見つけてしまったせい。
亜弥ちゃんが気が付いて、のんと二人でその人を見る。
のん達の視線に気付いてか、ゆっくりとその人が振り返った。
「アラ、松浦に辻。おはよう」
口から漏れそうになる叫び声を両手でしっかり押さえてのん達は3,2,1,GO!でダッシュした。
暫くして「コラーッ!!!」と雄叫びが聞こえてきたけれどその声を振り切ってのん達は全力疾走した。
校門に辿り着いてようやく立ち止まる。
ハァハァ肩で息をして、2人で目をあわせて、それから笑った。
「ヤバイ、あたし達朝から超頑張ったね!」
「あ、朝からケメちゃんはキツイよー」
そう。あの時のん達の前にいたのはのんの担任、バスケ部の顧問、ケメちゃんこと保田圭先生だったのだ。
「ふ、亜弥ちゃんまた何かやらかしたんでしょ」
「そういうのんちゃんこそ」
2人でまた笑った。呼吸を整えて、ゆっくりと歩き出す。
「ね、それよりさ、放課後。暇?」
「うーん・・・」
さっきまでなら全然暇だよ!と大声で返す事が出来た。
だけどケメちゃんを見つけて、思い出してしまったんだ。山のようにある手付かずの宿題を。
「う〜・・・、放課後、何すんの?」
のんの問いに亜弥ちゃんはにやっと笑った。あ、この顔よっちゃんに似てるな。
よっちゃんみたいな顔で笑って亜弥ちゃんは言った。
「ひーちゃんち、行ってみようか」
のんは声を出す事も忘れてカクカク頷いた。
亜弥ちゃんに頭を叩かれてやっと止まる。同時に声を出す事も思い出した。
「行く行く行く!!!てかよっちゃんち知ってるの!!?」
よっちゃんは大の仲良しであるはずののんに一人暮らしの家を教えてくれなかった。
「お前はきっと悪戯をするから」って。
そりゃ悪戯する気は満々だったけど、教えてくれないなんて、そんな酷い事しなくても良い。
亜弥ちゃんは従姉妹だから教えてもらったのかな?
「にゃは、この前ストーキングしてやった」
あ、そう。
亜弥ちゃんは両手でピースサインを作ってニコニコ笑っている。その笑顔がちょっと怖かった。
とりあえず放課後にまた会おうって事になって、亜弥ちゃんとは別れた。
何だか不思議な気分だった。
昨日はとっても怖かったのに、今は全然怖くない。
むしろワクワクして楽しいくらいだ。早く放課後にならないかな。
かかとの潰れた上履きを履きながらそう思った。
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