
その人と、目が合った。
「やほ」
「あ、亜弥ちゃん?」
新しく増えていた人はよっちゃんの従姉妹でのんの高校の先輩の松浦亜弥ちゃんだった。
「何してんの?」
「予備校帰り」
亜弥ちゃんはニャハッと笑った。そうか、そういえば亜弥ちゃんは受験生だった。
予備校の話、知ってるよ。好きな男の子に振られちゃったって事も。
のんはよっちゃんを見た。よっちゃんは亜弥ちゃんに見られないようにこっそりウィンクしてくる。
分かってる、その話はするなって事でしょ。のん、だてによっちゃんの幼馴染やってないよ?
「んで、どーすんのさ」
亜弥ちゃんは突然言った。
どうやらのんがいない間によっちゃんが事情を説明していたらしい。亜弥ちゃんは女の人をじっと見てる。
「とりあえず、ウチに連れてくよ」
よっちゃんが言う。
「家に連れてくって、アンタ親は」
亜弥ちゃんはどこかイライラしたように言う。
「や、実家じゃなくて一人暮らししてる方の家」
よっちゃんはなんでもないように言った。
そうか、そういえばよっちゃんは大学生になってから一人暮らしを始めてた。
今こっちにいるのは、大学が夏休みだからなんだ。って、言っていた。
そうか、それだったら大人の人に干渉されないで済むね。
「つー事で亜弥、お前はののと2ケツだ」
よっちゃんの言葉で亜弥ちゃんはのんを見て、それからもの凄く嫌そうな顔をした。
そしてのんの腕を掴むとサドルに座らせる。ん?のんに漕げって??
「よし、それじゃあ行こうか!」
亜弥ちゃんは明るく言った。
えー、マジで?亜弥ちゃんとはのんが一年生の時によく二人乗りしてたけど、久しぶりだし上手くいくかな?
ギィイ・・・
「うーん、亜弥ちゃん重くなった?」
「黙って漕げ!!」
背中にズシンと頭突きを食らってのんは何も言い返せなくなった。
並んで走るよっちゃんが自転車を漕ぎながらニシシと笑っている。全く嫌な奴らだ。
そして目の前には長い長い上り坂。
流石に亜弥ちゃんもココでは降りて、後ろから押してくれる。お陰で楽に上れた。
だけど可哀相なのはよっちゃんだ。背中に今にも死にそうな人を背負って必死で漕いでる。
のん達はよっちゃんが上ってくるまでずっと待っていた。
「お、お前達、う、後ろから押してあげるとか、無いのか・・・」
やがて辿りついたよっちゃんは後ろの人にも負けないくらいに死にそうになっていた。
その後は坂も無く、暫くするとのんの家。辺りはもう真っ暗だ。
空からはオレンジも消えて今は濃い群青色。月が綺麗。
「よっちゃん、大丈夫?」
「ん?ああ、家に一応薬あるし、飲ませてみるよ」
のんんはよっちゃんの後ろの人を見た。心なしかさっきより呼吸は落ち着いているみたいだ。
「また連絡するよ」
よっちゃんの言葉に頷いた。
「じゃ」と片手を上げてよっちゃんは暗闇の中に消えていった。
「ん。じゃあ、あたしも帰るね」
「うん、なんか突然ゴメンね」
「いーのいーの、あのバカの顔も見たかったし」
亜弥ちゃんは綺麗なソプラノで笑った。
亜弥ちゃんはよっちゃんの事をバカだとかアホだとか親父だとか言うけどきっと本当は好きなんだろうな、とのんは思う。
「んじゃ、また学校でね」
「うん、また明日」
バイバイをして、亜弥ちゃんも暗闇に消えていった。
二人を見送って家に入った。
何だか全てが信じられなかった。
何度も何度も確認したけれど、まだやっぱり夢を見ているようで、現実だとは思えなかった。
階段を上がって自分の部屋に入る。
床に落ちたシャーペン、机の上の問題集。
そこはのんが部屋を出たときのまま何も変わっていなくて、やっぱり現実だった。
夢なんかじゃなかった。全部が全部、本当の事だった。
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