家を出て15分位で河川敷に着く。自転車を横に倒して斜面を下りる。川の水面は太陽を反射してキラキラ眩しい。
裸足になって水を蹴り上げた。キラキラの水滴は見事よっちゃんに命中。
よっちゃんが「コノヤロー」と悪戯に目を光らせたらそれがスタートの合図。暫くの水遊びタイムだ。火照った身体に気持ち良い。
五分も経つと水遊びにも飽きる。もうそんな子供じゃないのだ。大体、目的があるのだから。
よっちゃんがボールを持ってきてポンポンとリフティングを始めた。
のんはフットサル、ど素人に近いから上手いか下手かなんてよく分からないけどよっちゃんはとても上手だと思う。
ウソかホントか知らないけど雑誌に載った、なんて噂もあるし。
とりあえずのんはよっちゃんの事、スポーツの面ではソンケーしてる。
だけど中々ボールを落とさないからよっちゃんがリフティングを始めるとのんはとても暇だ。
パスしてよ。シュート練習しようよ。のんは思うけどよっちゃんがボールを落とすまで黙ってる。

「だぁー!!!100!!くっそー、調子悪いなぁ」

トンボを追いかけてたらよっちゃんの絶叫が聞こえた。どうやらボールを落としてしまったみたいだ。
声がしたほうへ戻ると頭を掻き毟るよっちゃんがいた。

「よし。のの、パスすっぞ」

よっちゃんの言葉に、パンと手を叩いて応える。待ってました。

よっちゃんのパスは正確だ。足の裏で一旦止めて、そして内側で蹴り返す。それをテンポ良く。
黙々とボールを蹴る。フットサルをしている時のよっちゃんは真剣だ。少し笑えてしまうくらい。
15分くらいボールをパスしあって、ちょっと休憩。よっちゃんが斜面に寝転んだので真似してその隣に寝転んだ。
眩しくて目を閉じる。あぁ、なんだか本当に眠ってしまいそうだ。


本当に眠ってしまいそうだった。きっと慣れない事(あの忌々しい宿題とか言う奴!)をしたせいで疲れてたんだろう。
だけど後一歩ってところでよっちゃんに起こされた。

「おい、ちょっとアソコ」

眠たい目を擦ってよっちゃんの指差す方を見る。鉄橋の足元。いつもシュート練習してる場所だ。
それがどうかしたの?

「ん〜、何?」

「お前見えないの?」

「何がぁ?」

「あれ、人じゃないか?」

よっちゃんはそう言って立ち上がった。草のついたお尻をパンパン叩く。よっちゃんにつられてのんも立ち上がった。
だけどよっちゃんが言う「人」はのんの寝ぼけ眼にはどこにも映らなかった。
「ちょっと見てくる」と言ってよっちゃんは走っていった。ちょっと待ってよ、のんも後を追いかける。

ゴォォオオオオオオオオオオオ

橋の上を電車が通る。年中陰になっている鉄橋の下は真夏日の今日でもひんやりと涼しい。
よっちゃんは黙ったまま突っ立っている。のんはその背中に隠れて顔だけ出してる。 のんとよっちゃんの視線の先。
一人の女の人が倒れていた。

オオオオオオオオオオォォォォ・・・・

電車が通り過ぎて静かになった。
弾かれたようによっちゃんが振り向いてガッチリ目が合った。

「のの、お前見えてるよな?これ、人だよな!?」

「う、うん、足もあるし、ユーレイじゃないよ」

「し、死んでるのかな?」

「・・・分かんないよ・・・」

少なくともその女の人はのん達が見つけてから一度も動いていない。って事はやっぱり死んでるのかな?
なんて事をぼんやり思ってたらよっちゃんに背中を押された。

「お前、ちょっと確かめて来い」

「何でよ、よっちゃんが行ってよ!」

「ヤだよ!だってそのー、あー、アレだアレ、死体アレルギーだからムリ」

「は、何それ?」

「だから死体に近づくとそうだな、ジンマシンが出て痙攣して吐き気やら頭痛やらがして鼻血も出ちゃうし
体中の穴という穴から変な汁が出るし汗とか止まらないしお花畑見えちゃうし怖いし変な踊りとか踊っty」

「もういいよ黙れバカ。へタレ。ビビリ。アホよっちゃん」

真っ青な顔して泣きそうになって必死で言い訳するよっちゃんが何だか不憫で哀れで可哀相だった。
よっちゃんは大きな身体をこれでもかってぐらいに小さくしてのんのTシャツの裾をしっかり握って背中に隠れてる。
怖いならついてこなければいいのに。やっぱりよっちゃんはバカなんだ。
のんはゆっくりと、その倒れている人に向かっていった。女の人。裸足だ。
つま先でそーっと突っついてみる。反応は無い。ちょっと力を入れてつんつん。やっぱり反応は無い。

「・・・死んでる?」

「かもね」

小さな声で聞いてくるよっちゃん。死体アレルギーはどうしたんだ。
よっちゃんの事は気にせずにその人を調べてみる事にした。だって死んでたら警察を呼ばなくちゃだし、怪我だったら病院だ。

注意深く周りを見てみる。血液みたいな物は一つもない。その倒れている人自身、怪我をしているようには見えなかった。
剥き出しの足は白く、汚れ一つ付いていないし、タンクトップから伸びる腕も綺麗だ。まるで眠っているみたい。・・・眠ってる?
のんの背中で怖いだとか早く帰ろうだとかブツブツ言うよっちゃんを黙らせて耳を澄ます。

スー、スー。

おぉ、息してる。

スー、スー。

ほら、やっぱり。

「よっちゃん、この人寝てるよ」

「・・・はぁ?」

「ちゃんと息してる。お昼寝してんだよ、きっと」

「はぁあ!?何それー!!!」

橋の下でよっちゃんの声がぐわんぐわんと響く。
背後でもぞもぞと何かが動く気配がして振り向くと、その女の人が半身を起こしていた。