
「んあ、やっぱりがきさんは来てくれると思ったよ。想定内だね」
「はぁ、そうなんですか」
新垣と後藤は吉澤と別れホールの隅の方の席に腰を下ろしていた。
吉澤と別れて歩いている時に後藤は小さな声で「また迷ってたでしょ?」と聞いてきた。
嘘を吐いてもしょうがないので正直に答えると後藤はやっぱりと言って笑った。
なんとなくがきさんが迷ってる気がしたからふらふら歩いてたらよしこ(後藤は吉澤の事をこう呼んでいるらしかった)
を見つけてがきさんを見つけたんだ。後藤は自慢気に言った。
そして二人はホールへ出て隅の方の席に着いた。
「なんで私がくると思ったんですか?」
「ん?色々聞いたでしょう、みきちーから」
「え?まぁ、聞きましたねぇ」
「ごとーに会いたくなったでしょう?」
「ん〜、そうですね、会って、話してみたくなりました」
「ほら、ごとーの予想通り」
後藤はニンマリと笑った。
そして身を乗り出して聞いてくる。
「何、聞きたい?」
聞きたい事は沢山ある。
新垣は色々と迷ったが率直な疑問をぶつけてみた。
「おっぱい薬ってなんですか?」
「ほぅ、ストレートないい質問だねぇ」
後藤は乗り出していた身を引くと椅子に深く座り直し手を組んだ。
そして勿体ぶった口調で口を開く。
「おっぱい薬とは・・・」
「とは?」
「・・・おっぱい薬だ」
「だからそのおっぱい薬って何なんですか!?」
「コラコラ、図書館では静かにしなさい」
「あ、すみません」
「ん、気をつけるよーに」
「はい。じゃなくて、何なんですかおっぱい薬って」
「だからぁ、おっぱいの薬だって」
「それが訳分んないんですよ」
「なんでだよぅ、みきちー見てたら分るでしょ?」
「つまり、おっぱいを大きくする薬って事ですか?」
後藤は満足そうに笑って大きく頷いた。
困ったように眉根を寄せていた新垣はその皺を更に深くする。
「それ、本当に効果あるんですか?」
だってもっさんは大分前からおっぱい薬って口にしてるけどちっとも変わって無い。
大きくなる様子は更々無い。
本当に効果あるの?本物なんですか?
「なんだ、がきさんも欲しいの?」
「いや、いりませんけど・・・本当に効果あるのかな?って。だって」
「ああ、みきちーならもう無理だよ」
「・・・は?」
「残念ながらみきちーのおっぱいはあれ以上大きくならないんだ」
ちょっと待て、何を言っているんだこの先輩は。
もっさんは無理?おっぱいはこれ以上大きくならない?
じゃあもっさんは一生貧乳のままだって言うのか!?
そんなのあんまりじゃないか。
「で、でもその薬はおっぱい大きくさせるんですよね?」
「え?そーだよ、見てみ?ごとーのおっぱい」
あ、デカ。おっぱいデケー!
後藤はわざわざ立ち上がって胸を見せつけてくる。
今気付いたけど凄い巨乳じゃん、ごとーさん。吉澤さんが好きそうなおっぱいだ。
てか待って、薬で?薬で大きくしたの?
「えっと、それは薬で?」
「ん〜・・・ほんのちょこっとだけね」
後藤は片目をつぶってみせた。
ほんのちょこっとってどれくらいだろう。
後藤の胸はとても立派だ。
「効果があるのは分かりました。でもなんでもっさんのおっぱいは無理なんですか?」
「何でって言われてもなぁ。医学的に無理だね。どうしても大きくしたいならシリコン入れなきゃ」
もっさん!医学的に無理だって!
どう足掻いても無理だって!未来のお医者さんに断言されちゃったよ!
後藤はニコニコ笑いながら残酷な言葉を吐く。
新垣は悲しくなった。
もっさん、ごめんなさい。
私が軽々しく二十歳までは成長するなんて言ったばっかりに。
無理なんですって。もう成長しないんですって。
薬飲んでもダメなんですって。
薬飲んでもダメ?
「あ、え?薬飲んでも意味ないんですよね?じゃあなんでもっさんに薬作ってあげてるんですか?」
「え?実験。ごとーの趣味だよ」
うわぁ、なんていい笑顔でサラッと毒を吐く人だ。
実験って。趣味って。もっさんは一応人間なんですよ?
吉澤さんに恋してて、おっぱい大きくなりたくて一生懸命なのに。
そんなもっさんの気持ちを!
「まぁ趣味と言うかぁ、でもごとーなりに応援してんのよ?みきちーの事」
「え?」
「だってよしこはおっぱい星人でしょ?そんなよしこのおっぱいレーダーにみきちーが引っ掛かる訳ないじゃん」
うん、確かにそうだけどさっきからズバズバ言い過ぎだと思います!
「みきちーはおっぱい大きくなりたいのに、もう成長しないから諦めななんて言うのは可哀相でしょう?
だからごとーはおっぱい薬を作ってあげるの。大きくなってるように思い込ませるの」
優しいんだか優しくないんだか。
それでも後藤の顔は真剣だったので、優しさのベクトルが違う方に向かって行ってるだけなんだ。と新垣は思うことにした。
もっさんのお友達だもん、頭が良いからまともだなんて思っちゃいけない。
ごとーさんも変な人だ。
「今また新しいの作ってるんだ〜。あ、がきさんも欲しい?」
欲しい!
って言いたいけど、もっさん一人残しておっぱい大きくなっちゃうのはなぁ。
なんだかいけないような気がする。
「あ、私は結構です。もっさんにあげてください」
「んぁ、がきさんは優しーね」
貴方もね。
ちょっと違う気もするけどね。
「他に聞きたい事はない?」
後藤はニコニコ笑っている。
新垣は顔を上げて、小さいけれどはっきりとした声で聞いた。
「また、会いにきていいですか?」
「おぅ、うぇるかむうぇるかむ!」
後藤はグッと親指を立てた。
「それじゃあまた」と挨拶をして新垣は図書館を後にした。
夜。
「今日もまた後藤さんに会いましたよ」
「また会ったの?何、がきさんごっちんのストーカーしてんの?」
「ストーカーなんてしません!」
新垣の部屋。藤本は今晩も相変わらず運動に励む。
医学的に成長は無理。
今日の放課後、数時間前に言われた言葉だ。新垣は心が重くなる。
何も知らない藤本は目をキラキラさせて近い未来の巨乳を目指して一心不乱にエクササイズに励んでいる。
新垣は少し泣きそうになった。
「ごっちんと何か話した?」
体を動かしながら藤本が聞いてくる。
なるべくそちらを見ないように努力した。
「話しましたよ」
「何を?」
「えーと・・・」
もっさんのおっぱいは一生貧乳のままだとか、
おっぱい薬、本当は効果あるんだけどもっさんには効かないとか、
もっさんはごとーさんの実験、趣味に使われてるだけだとか、
ごとーさんの巨乳はちょこっとだけ薬が入ってるとか、
「また新しい薬作ってるんですって」
「マジか!そうか、そうだよなぁ、なんかここ最近効きが悪いような気がしてたんだよ、今の薬」
うん、それは今の薬っていうか今までの薬全部ね。
効きが悪いというより全く効果はないからね。
大きくなってる!っていうのは全部もっさんの思い込みだからね。
可哀相だね。でも知ったら知ったでもっと可哀相だから、今のままでいいよね。
私本当の事言わないからね。優しい嘘つきになるよ。
「なんか今作ってるヤツは今まで以上に効果あるみたいですよ?」
「おほ〜、さすがごっちん!一ヶ月後には巨乳だわ!」
果てしなく長い一ヶ月になりそうですね。
目をキラキラさせて嬉しそうにはしゃぐ藤本を見て、新垣の目にはうっすらと光るものがあった。
「がきさん、おっぱい大きくなった?」
「うんうん、いい感じ!その調子です!」
「んはは、ごっちんのおかげだ」
いや、それはどうだろう。
藤本は自分の胸を優しく撫でると「おやすみがきさん」と、窓から出ていった。
藤本の姿が消え、新垣はベッドに寝転んだ。コツン。
伸ばした腕の先に何かが当たった。拾い上げて見てみる。
あ、おっぱい薬。
新垣の手の中には昨日藤本が見せてくれた茶色の小瓶、おっぱい薬があった。
藤本が落としていったのだろう。
部屋はすぐ隣りだ。窓ガラスをノックすれば彼女はすぐにでも顔を出す。
だが新垣の体は窓へは向かなかった。
机の引き出しを開けてその奥にそっとしまう。
もっさんには効果が無い。だけど私だったらどうだろう。
せっかくごとーさんが作ってくれたんだもの、有効活用しなきゃね。
一年後、おっぱいが成長してなかったらお世話になろう。それまで大事に取っておこう。
できるなら使わない方向で行きたいけど。
引き出しを閉じて再びベッドに寝転んだ。
そこまで大きくならなくてもいいけどせめてもっさん以上くらいにはなりますように。
本当にいるかどうかは分らないおっぱい神にお祈りをして新垣は目を閉じた。
隣りの部屋から藤本の規則正しい掛け声が微かに聞こえていた。
―放課後の図書館とおっぱい薬の秘密―
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