
藤本のちょっと脇道に逸れた片思い。その相手は松浦だった。
そんな松浦は吉澤の従姉妹。
そう言えば彼女は知っているのだろうか。
知っていて好きになったのならそうとうな物好きだ。
知らずに好きになっていたのならそれはまぁ、なんと言うか凄いんじゃないかと思う。
だがその片思いは告げられる事なく突然に終わった。
松浦には好きな人がいたのだ。
好きな人がいたくらいで諦めるなんてカッコ悪い、なんて世間の人間は言うかも知れないが、藤本はカッコつけだった。
振られるのが分かっててわざわざ告白するなんて、こんなカッコ悪い事は無いと、藤本は自ら身を引いたのだ。
それに松浦の片思いの相手が相手だった。
松浦の好きな人。それは新垣だったのだ。
藤本は綺麗さっぱりと松浦を諦め、また吉澤に戻った。
それでもやはりまだどこか気になるんだろう、松浦を見るその目は優しくて少し悲しそうだった。
やがて二人の間に決着がついたのか、吉澤は肩で息をしていった。
「いいよ、亜弥なんて嫌いだ!」
「嫌ってくれて結構。むしろありがとーございます!」
「お前可愛くないぞ!」
「・・・はぁ?私が可愛くない?アンタの目はお尻についてんのか」
「あ、や、あの、えーと冗談だよ?マジ可愛いって、お前は日本一だ」
「世界一でしょ」
「はぁ、そうでした、スンマセン」
「フフ、今日はこれぐらいにしといてあげる」
「あ、あざーっす!!」
本当に決着がついたようだ。
吉澤は九十度のお辞儀をしたまま動かない。松浦は満足そうに笑って歩いてきた。
「ひーちゃんったら失礼しちゃうよね」
新垣の隣りに来ると早速腕を絡ませる。
新垣は緊張してしまって黙ったまま笑みを浮かべていた。
「私が可愛くないなんてさ!どこ見てんのよって感じ」
松浦は本気で怒っているようだ。
なんの反応もしない新垣を全く気にも止めずプンスカ怒りながら歩く。
松浦は自分が大好きだった。
「ねぇがきさん、私可愛いもんね?」
引っ張られるようにして歩いていた新垣は突然立ち止まった松浦にぶつかる。
おでこを擦りながら顔を上げると松浦のアップ。
可愛いよね?可愛いでしょ?と聞いてくる。
「はぁ、可愛いですよ」
確かに松浦は可愛かった。
少し猿っぽいところもあるが、全く気にならない程に可愛らしい顔をしていた。
松浦はそれを聞くと喜んでピョンピョン跳ねだした。
「ほらほら!やっぱがきさんの目は正直だ!ね、ね、それで私の事好き?」
新垣は笑ったまま固まった。
『私の事好き?』
このセリフ。頭が痛くなった。
松浦の好きな人が自分だと分かって、結構な時間が経った。
だが自分の気持ちが未だに分らない。
嫌いじゃない。それは断言できる。
だが、好き?と聞かれて、好きだよ。と答えることが出来ないでいるのだ。
頭が痛い。
「ねー、どーなのよぅ、がきさん」
「・・・あぁ、まぁそれなりに・・・」
ほらまた逃げた。
いつもあやふやに、有耶無耶にして逃げる。
松浦は「またはぐらかすー」と言って笑う。
何度聞いてもはっきりとした答えが無いので松浦も割り切っているらしかった。
でもこれって凄く悲しいことだ。
ニコニコ笑う松浦に向かって新垣はごめんなさいと心の中で謝った。
「ちょっと、二人とももう少し年長者を労るべきじゃないかと思わないかい?」
遅れていた吉澤と藤本が合流し、四人で学校までの道を歩く。
走ってきたのかいつも真っ白な吉澤の頬はうっすらと赤味が差している。
「ああ!そうだった!藤本さんごめんなさい、置いてけぼりにしちゃって!」
「はは、いいよ。いい運動になったし」
「そうですか?ごめんなさい、全然気付かなくて」
「おほほい、私は?」
「・・・そうか、今日は不燃ゴミの日だったか」
「な、どーゆー意味だそれ!」
松浦は意味あり気に笑うと駆け出した。両手を振り回し、吉澤が追いかけて行く。
あっという間に二人の姿は小さくなった。
残された藤本と新垣は互いに見合うとゆっくり歩き出した。
「なんか賑やかになったねぇ」
「ですね。朝から凄い疲れますよ」
「はは、がきさんも大変だねぇ。しかしよっちゃんと亜弥ちゃんは妙に仲良しだよね。なんでだろ」
「えっ?知らないんですか?」
「何が?」
「え?あ、あー、えーと、んー、そう、そうそう、あの二人家が近いんですよ」
「ほぉ、そうなんだ」
藤本はふんふんと頷く。
知らなかったんだ。松浦さんが吉澤さんの従姉妹だってこと。知らないで好きになってたんだ。凄いな。
藤本はよっちゃん馬鹿だよねだとか亜弥ちゃん可愛いよねだとか言いながら笑う。
藤本が楽しそうに話すので新垣も楽しくなって笑った。
二人は話をしながらゆっくり歩く。
そして校門をくぐった。
放課後。
昨夜決めた通り新垣は図書館にきていた。
生徒の姿は疎らで今日もとても静かだ。
昨日後藤に教えてもらった掲示板で場所を確認すると静かに歩いた。
アレ、おかしいな。
場所はちゃんと確認したはずなのに。
ここはどこ?
そしてなぜ、私の目の前には
「あれ、がきさんじゃん」
なぜ吉澤さんがいる。
二度目の入館を果たした図書館でまたしても迷ってしまった新垣。
昨日は横文字のタイトルばかりがずらりと並んだ本棚の奥で後藤に出会った。
今日も今日で目に入ってくるのは横文字ばかり。
なぜ吉澤さんがこんなところに。
「がきさん本なんか読むんだ?」
あ、もっさんと同じ事言いやがったよこの人。
てゆーか二人とも私を馬鹿にしすぎだ!言っておきますけど貴方達だって相当馬鹿なんだ。
吉澤さんだって英語読めるのかよ。
「本ぐらい読みます。吉澤さんは何してるんですか?」
「お前見て分からないの?」
吉澤はどこか馬鹿にしたように言うと手にしていた本を見せた。
・・・うん、分からないよ。
だって私英語読めないもん。
つーか、ホント分からない。
何?吉澤さんは英語が分かるの?
「・・・何してるんですか?」
「おーぅ、がきさん見て分からなかったのかい?吉澤さんは本を読んでいるのだよ」
「英語の本を?」
「・・・う〜ん、正確に言うと見てるんだな。ホラ、これだ」
吉澤は持っていた本を開いて見せた。
そこには外国の奇抜なイラストや写真やらが喧しく踊っていた。
活字は全くと言っていいぐらいに無かった。
ほら、吉澤さんが英語なんて読める訳が無いんだ。
「そんなの見てどーするんですか?」
「こらっ、そんなのって言わないの。どーするもこーするも、吉澤さんは今お勉強中だからどっか行ってなさい」
吉澤は眉を顰めるとしっしと追い払う仕草をする。
お勉強。そうか、この人は進学した時のために勉強していると言っていた。
それなら邪魔しちゃいけないな。
新垣はおとなしく引き下がろうとして思い出した。
自分は迷っていたんだ。
「吉澤さん吉澤さん」
「なんだよ、どっか行きなさいと言っただろう。悪いけど今は構ってあげらんないの」
「いえ、どっか行きたいのはやまやまなんですがそれがその・・・」
「なんだ、そんなに私の事が好きか?」
「いえ、それはないです」
なんでこの人はこうもアホなんだ。
迷ってるなんて口が裂けても言えないや。自力で何とかしよう。
新垣はくるりと背を向けて歩き出した。
すると少しも進まないうちに背後から声がした。
「おー、ごっちん」
ごっちん?
新垣の耳が敏感に反応して、振り向いた。
「何してんのよしこ」
吉澤の後ろに見覚えのある栗色の頭。
後藤がいた。
今来た道を引き返す。
吉澤が怪訝な表情を浮かべて見てくる。気にしない。
やがて後藤が顔を上げて目が合った。
ふにゃりと笑う。
「がきさん」
「どーも、ごとーさん」
新垣は軽く頭を下げた。
後藤と新垣の間に挟まれて吉澤は訳が分からないと言った風に肩を竦めてみせた。
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