「なに、ごっちんに会ったの?どこで?」

「あ、あの図書館で・・・」

「図書館?がきさん本なんて読めるんだ?」

「失礼な!読みますよ本くらい」

漫画だって一応本でしょ?
新垣は頬を膨らませる。藤本は冗談だよと言って笑った。

図書館で漫画を見つけ、後藤に感謝しながら読み耽った。
家に帰ってきた時、辺りは真っ暗になっていた。
母親に何処で何をしていたのかと口うるさく問い詰められたが、図書館にいたのだと答えるとそこまで怒られる事はなかった。
これは言い事を学んだと新垣は心の中でほくそ笑んだ。
そして夕食をとり自室で寛いでいるとリズムよく鳴る窓ガラス。
そこからやってきたのはお隣りのもっさんこと藤本美貴嬢。
がきさんこんばんは!と片手を上げると早速運動を始める。バストアップエクササイズ。
藤本は少し前に片思いをした。だがその思いは伝わる事もなく砕け散った。
それがあってからというもの、藤本の毎晩に及ぶこの運動には並々ならぬ気合いが入っている。
それはなぜか。
藤本には好きな人がいるから。片思いをしたのはちょっとした脇道だと後に彼女は言った。
そんな彼女の恋の大本命ロードの先にいる人物。それは吉澤。
この吉澤のために藤本は毎晩バストアップに励んでいるのだ。
なぜならこの吉澤と言う人物超がつくほどのおっぱい大好き星人、変態だ。
巨乳じゃなければ女じゃないくらいに思っているのだ。
そんな吉澤の事が大好きな藤本。
しかし神様は残酷だ。
吉澤の事を誰より愛していると言い張る藤本は超、ホント最高級に貧乳なのだ。
もう成長する見込みもない。
だが新垣の適当な発言でまだまだ胸が成長すると信じている藤本は毎晩一生懸命バストアップエクササイズを続ける。
それは新垣が提案した日から一日も欠かす事なく続けられている。
そして今日もその例外ではない。
藤本は首にタオルをかけジャージ姿で運動に励んでいた。

「ごっちんと会って何したの?」

「あー、特に何もしてないんですけど。ごとーさんってもっさんの友達なんですか?」

「友達も何も美貴の救世主よ」

藤本は動かしていた体を止めるとタオルで汗を拭いてニヤリと笑った。
救世主?

「ごっちんね、凄い頭良いの。馬鹿っぽいけど英語ペラペラだし」

「あぁ、言ってました。今日も外国の医学書持ってましたよ」

「マジで!?」

「ぅえっ?ま、マジですよ?」

突然がっついてきた藤本に新垣は少し体を引く。
藤本はどこか遠い世界にトリップしていた。

「今度はどんな薬かなぁ・・・即効性強いのがいいなぁ・・・」

顔をだらしなく緩ませて藤本は半笑いの状態だ。
なんだよ気持ち悪いな。しかも何?即効性とか薬とか。

「ちょっともっさん、帰ってきて下さいよ!」

「ん?あぁ、ごめん、ただいま」

「おかえりなさい。それより何ですか?即効性って」

「え?おっぱい薬」

「はぁ?」

「ほら、これだ」

藤本はジャージのポケットをがさがさと探ると何やら茶色い小瓶を取り出して自慢げにみせた。
中には何か液体のような物が入っている。

「・・・何ですか?コレ」

「だからおっぱい薬だ」

もっとよく見ようと手を伸ばすと藤本は手を高く上げた。
そして大事そうにポケットの中にしまう。

「だめ、これは美貴の薬だからがきさんには触らせない」

「な、触らせてくれたっていいじゃないですか!」

「だーめ。他の人に渡すと効果が無くなるってごっちんに言われたもん」

「・・・ごとーさん?」

「がきさん欲しいんだろ?あげないよ〜」

いや別にいりません。そこまで必要としてませんから。
藤本はニヤニヤデヘデヘ嬉しそうに笑っている。
てゆーかごとーさん?なぜ?
他の人に渡したら効果が無くなるって、そもそもその中身は本物なの?
凄い胡散臭いんですけど。おっぱい薬って。

「もっさん、それ本物なんですか?」

「はぁ?ごっちんが作ってくれたんだから本物に決まってんじゃん」

「ごとーさんが?なんで?薬を作る?」

「あぁもう、がきさん馬鹿だな!いいか、ごっちんは天才なの。ちょー頭良いの。来年は医学部なの」

「はぁ、凄いですね」

「そう、凄いの。そんな頭の良いごっちんはなんと美貴の大親友。だから助けてくれてんの。分かった?」

あぁ、なるほど。
少し前からよく口にしていたおっぱい薬。
てっきりもっさんの造り出した嘘かなんて思っていたけどどうやら違っていたようだ。 本当にあるんだ。ごとーさんが作ってるんだ。
おっぱい薬を作ってくれるごとーさんはもっさんの救世主。なるほど。
てゆーか助けてくれてるって。
もっさん実験台になってるだけじゃないんですか?
だって今日だって「みきちーで試すか」って。試すか、って言ってたよ?ごとーさん。 あまり効果があるようには見えないし。
ごとーさんが頭良いのは分かったけどなんか違うような気がする。
まぁもっさんのお友達ならそんなものか。

「言っとくけどおっぱい薬は美貴専用だから、がきさんにはあげないから」

いやいや、だからいりませんって。
私のおっぱいはもっさんと違って、特別な努力しなくてもまだ勝手に成長してくれますし。
心の中で思った事が顔に表れてしまったのだろうか、藤本は不機嫌そうに睨むと枕を投げてきた。
顔に張り付いた枕を引き剥がすと目の前には藤本の顔があった。

「おいがきさん」

「はい?」

「おっぱい、おっきくなった?」

「わあすごい!だいぶせいちょうしたんじゃないですか!?そのちょうしですよ!!」

「んふー、そっかそっか、やっぱごっちんの薬のおかげかも!」

藤本の不機嫌そうだった表情はガラリと変わって今は喜色満面。
おっぱいの事褒めるとすぐこれだ。もっさんって案外単純だ。
逆にけなすと殺されるけど。
藤本は嬉しそうに笑いながら「おやすみがきさん」と言い残し自分の部屋へ帰っていった。
藤本の姿が消えると新垣はベッドに寝転んだ。
ごとーさん。ごっちんさん。フルネームはなんて言うんだろう。
放課後は大抵図書館にいると言っていた。
お話したいし、おっぱい薬について聞いてみたい。
よし、明日も図書館行こう。
新垣は心に決めて部屋の電気を消した。



翌日。

「おハローがきさん」

「はいおハローございます」

「ね、ね、おっぱい、ちょっと大きくなってない?」

挨拶するなり朝一番からおっぱいトークかよ。
新垣は一瞬眉をしかめたが胸を張ってみせる藤本は気付かなかったようだ。

「あぁ、大きくなってますねぇ!」

「でしょでしょ!?んふふー、気持ちの良い朝だ」

ごめん、嘘だよ。大きくなんかなってないよ。
藤本の嬉しそうな顔を見て少し罪悪感を覚える新垣であった。
でもそれは毎朝のことだから次の瞬間には忘れてしまう。
二人は並んで道を歩いた。藤本は大きく腕を振りながら。

「ミキティがきさんグッモーニンッ!!」

「ひょっちゅわぁんすぁん!!」

よっちゃんさんね。

「おハローございます吉澤さん」

「やぁおハロー。今日も素敵な眉毛だね!」

「ねぇよっちゃん、美貴は?美貴は?」

「・・・相変わらず胸がな」

「死ね!!」

「んは、生憎だけどミキティの巨乳姿をこの目で見ない限りは死ねないんだな!」

「あら、じゃあ一ヶ月後には空の上ね」

いやいやいや一ヶ月後も何も、もっさんが巨乳になったら死ねるってこれじゃあ吉澤さんは不死身人間だ。
巨乳になったもっさんを見てみたい事もないけど吉澤さんが死んじゃうのは悲しいなあ。
だからといって一生生き続けられるのも凄い迷惑だけど。
それにしても、今日の吉澤はえらくご機嫌だ。
ここ最近の吉澤はどこかピリピリしていていつものふわふわした様子が微塵も感じられなかったのに今日はひどく浮かれている。

「おっはよー、がきさん!」

新たな声が響いて新垣は振り向いた。
ああ。
吉澤の浮かれている原因が分かったような気がした。
松浦がいた。

「あ、おはよーございます」

「にゃは、固いなぁ〜。もっとフランクに行こう!」

松浦はニコニコ笑いながら新垣に腕を絡ませる。
引きつった笑みを浮かべて曖昧に頷いた。

「あーっ!なんだいなんだい、私が手を繋ごうとしたらビンタしたくせに!」

「うるさい!ひーちゃんと手繋ぐぐらいならオラウータンと繋いだ方がマシですよーだ」

「ひーちゃん言うな!猿!」

「ムキャー!猿言うな変態!」

吉澤と松浦の間で小競り合いが始まりそのどさくさに紛れて新垣はそっと離れた。
藤本は面白そうに笑みを浮かべながらその光景を見ている。
見ている。吉澤と、松浦。
松浦を、見ていた。