
バストサムライ
「う〜ん、やっぱトムの出る映画ってイマイチですよね〜」
「・・・」
「・・・もっさん?」
「おい、豆」
「何でしょう」
「決めたぞ、美貴はサムライになる」
「はぁ、頑張ってください」
「冷たい!がきさん冷たいよ、美貴の一大決心だよ?もっと心から応援するなりしてよ!」
「うわーっ、凄い凄い!頑張ってくださいね!」
「死ね」
ぐはぁっ!!
おぉ、確かに凄い侍だよ貴方は。
その手刀は刀よりもよく切れる。武器いらずの手間要らず。
凄い凄い!って何で私が斬られるよ。微妙に結構痛いし。
「もっさん、侍になって何を斬るんですか?」
「この世に蔓延る悪の全てさ」
藤本はニヤリと笑って刀で斬るフリをしてみせた。
ああかっこいい。だけど恐ろしい。
貴方のその笑みは悪そのものだしそんな貴方の悪の基準が分からないもの。
一体何を斬るのだろうか。
藤本の背後、テレビの画面に『LAST SAMURAI』の文字が写っていた。
「そーか、ミキティは侍になったのか」
「そーなんですよ。どうにかしてくれませんか?」
「え、いやだ」
「は?何で!?」
「面白そうじゃん。がきさん知ってたか?アイツ結構デコ広いんだ、これで本物の落ち武者を拝見できるな」
こいつアホや。
吉澤はくひひと肩を揺らして笑った。
今の言葉もっさんが聞いたら百回位殺しますよ。
あぁ、だけど。
悲しいかな、吉澤の言葉が頭の中でイメージとして速攻再生できてしまう。
これがまた似合うと言ったらありやしない。
吉澤につられて新垣も笑ってしまった。
「おい、二人で何してる」
背後から突然現れた落ち武者。じゃなくて藤本。
声を飲み込み振り返る。
あら、やっぱり落ち武者だ。
走って来たのだろうか、前髪が跳ね上がり両サイドへ流れ、綺麗な広いおでこが丸見えだ。
現代に甦った落ち武者だ。
「ん?美貴の顔に何かついてる?」
「あ、いや、え、何も」
「だったらじろじろ見るな」
ぐへぇ。
藤本の手刀をまともにくらい新垣は変な声を出して倒れた。
吉澤は目をキラキラさせてその光景を見ている。興奮したように喋り出した。
「カッケー!カッケーよ!ね、ね、ミキティ、ビデオ撮ってい?いいよね、ミキティの軌跡をキャメラに収めようじゃないか!
君の雄姿を今ここに、我がゴッドハンドで撮らしてくれよ!」
「よっちゃんが撮ってくれるの!?嬉しい!美貴侍の中の侍になるよ!めちゃくちゃ頑張るから!ばっちり撮ってね!」
「まかせろまかせろ!黒澤監督もびっくりの侍映画が完成だぜ!」
「きゃあ、それじゃアカデミー賞総嘗めね!」
「イェアアカデミー!カムオンカムミーゲットオブマイハンズ!!」
あんたらにはアカデミー賞なんかじゃなくバカデミー賞をくれてやるよ。
手を取り合ってはしゃぐ二人を見上げながら新垣は心の中で毒づいた。
「さぁそうと決まれば早速撮影開始だよ!」
「ようし、れっつらごー!!」
新垣は笑いたくなった。
この人達は本当になんて無邪気な馬鹿達だろう。
ホント毎日が楽しそうで羨ましい。
倒れ込んだその状態のまま目を閉じる。
コンクリートの地面から背中に伝わるひんやりとした冷たい空気が気持ち良い。
やがて新垣は徐に立ち上がる。
カメラ回すなら私がいなきゃダメでしょう。主演女優賞はもっさんに譲るけど助演女優賞は私のものだ。
新垣も馬鹿だった。
制服に付いた汚れを払い落とすと藤本と吉澤の後を追った。
二人はすぐに見つけられそうだった。
新垣が一旦教室に戻るとそこには教室の床に這い蹲る無残な親友の姿。
「あいぼん!どうしたの!?何があったの!」
「お、落ち武者や・・・」
新垣の親友ほんわか色白ぽっちゃり系巨乳の加護亜依ぼんは弱々しい声で言葉を吐く。
落ち武者?もっさんの事か?
「なんでこんな事になってるの!?」
「知らんがな・・・いきなり成敗や!言うて・・・」
加護は苦しそうに顔を歪めた。新垣は親友の腕を取った。
藤本の真意が読めた。
藤本が言っていたこの世に蔓延る悪の全て。
彼女の言う悪とは巨乳だった。
自分が貧乳だからってそれはなくなくない?
「ねぇあいぼん、その落ち武者はどこへ行ったか分からない?」
「さぁ、分からへん・・・」
加護はもう息も絶え絶えだ。
新垣は親友の手を強く握ると誓った。
「あいぼん、この敵は必ず取るよ」
そして教室を後にした。
耳を澄ませる。微かに声が聞こえた。新たな被害者が出たようだ。
新垣は耳を凝らして声のした方へ走っていった。
「ねぇよっちゃん、ちゃんと撮れてる?」
「もちろんもちろん!天才的なカメラワークでミキティの勇姿をバッチリ収めてるよ」
「んふふ、後で見せてね!」
新垣が階段を駆け上がって行くとその先の廊下で話している二人の姿。
吉澤は片手にカメラを抱え藤本は髪を振り乱し頬を上気させている。
その足下には藤本に斬られたのであろう、二人の生徒が転がっていた。
「もっさん!」
「んん?なんだ、がきさんか。どうした?」
「いざ、勝負!」
「は?いきなり何言うの」
「あいぼんの敵だ!」
新垣は言うなり藤本に向かって走って行く。
吉澤はすかさずカメラを抱え、その光景を納める。その顔はとても楽しそうだ。
藤本はと言えば怪訝そうな顔をしていたものの、新垣が自分に向かって走って来るのを確認すると唇を歪めて笑った。
「馬鹿だねがきさん。お前でちょうど百人目だ!」
「チェストォォオオオ!!!」
新垣は吠えた。跳んだ。
その体はふわりと宙に浮き、一点を目指して落下していく。
その先にいるのは藤本。
目をギラつかせてニヤリと笑った。
「笑止!私に勝てると思っているのか!!」
新垣の右足の爪先は藤本の髪を捕らえていた。
勝てると思った。
日頃の鬱憤をはらしてやろうと、足に益々力を入れた。
だが次の瞬間新垣の視界はグニャリと歪み、体は廊下に叩き付けられた。
何事かと目を上げると右腕を高々と掲げ満悦の笑みを浮かべる藤本の姿。
見上げる新垣と目が合うとしゃがみ込み、無造作に前髪を掴んだ。
そして笑いながら言った。
「またつまらぬ物を斬ってしまった」
藤本は大袈裟に肩を竦めると立ち上がった。
そしてカメラを回し続けている吉澤に向かって言う。
「さぁよっちゃん、行こう。この場所にもう用はないよ」
「ぶラジャー!」
新垣は霞掛かった頭でぼんやりと二人を見ていた。
ごめんねあいぼん。敵取れなかったよ。あの人強いよ。
心の中で藤本の手に掛っていた親友に謝る。
勝てると思ったのに。
日頃の恨みを果たせると思ったのに。
なんだか泣けてきた。目の端に涙が浮かぶ。
泣いたらダメだ。泣くのはあの二人がどっか行ってから。
新垣は涙を堪える。
藤本は次なる標的を探してかフラフラと歩き去って行く。
藤本が去って行くのを確認した新垣。吉澤の姿を探す。
突然視界いっぱいに吉澤の顔が現れた。
「ひ、ひゃあ!」
「あれ、がきさん生きてんじゃん」
吉澤はつまらなさそうに言うと新垣に向かって手を差し出す。
その腕を借りて新垣は立ち上がった。頭が少しクラクラするがそれ以外はなんともないようだ。
「凄いな、ミキティに斬られても意識があるなんて」
「みんなやられちゃってんですか?」
「そうだよ。がきさんはきっと普段からミキティの攻撃を受けてるから免疫力があったんだな、良かったな!」
いやいや良くないし。
でも凄いなぁ、もっさん。
新垣は先に転がっていた二人の生徒を見る。
その体はピクリとも動かない。気を失っているようだ。
吉澤はカメラを抱え転がっている二人を映す。
「吉澤さん、藤本さん追いかけなくていいんですか?」
「あぁ、ちょっと待って」
藤本は今頃次の巨乳を見つけているはずだ。その場面を撮らなくていいのか?
新垣は疑問に思って吉澤に聞くが吉澤は何でもないようにちょっと待ってと言うとカメラを脇においた。
何をするんだ?吉澤は二人の生徒に近付いて行く。
やがて転がっている生徒の一人の傍らに立つと膝を付いて腕まくりをする。
心臓マッサージ?
さすが吉澤さん、優しいなあ。新垣は吉澤の事を少し見直した。
「う〜ん、CとDの間だなぁ」
新垣は目の前の光景を疑った。優しいななんて一瞬でも思った自分を殺したかった。
目の前の吉澤は顔をだらしなく緩ませ、その手は心臓マッサージなんかではなく、おっぱいを弄っているのだ!
正にゴッドハンド!触っただけでサイズを当ててしまうなんて!って違うだろ、下手したらってゆーかそれ犯罪。
吉澤はデヘデヘと笑う。新垣は泣きたくなった。
その間にも吉澤はもう一人の生徒の方へ移動し胸を弄る。
「おひょ、こっちはFか!顔も結構可愛いねぇ。んふー、お名前なんてのかな〜」
生徒手帳を探しているのだろうか。吉澤は生徒の体をいじくりまわす。
いやいやスカートの中に手帳いれる人間なんていませんから。
吉澤はスカートを捲って「あは、ピンクだ」なんて笑う。
新垣は怒鳴る事も突っ込む事も何もせずその場にしゃがみ込んだ。
何だか疲れてしまっていた。
吉澤は名前をゲットしたようで満足そうに笑うと傍らに置いていたカメラを手にした。
「がきさんもくるかい?」
「いえ、遠慮しときます」
「なーんだよぅ、楽しいのに」
それは多分アンタだけだ。
吉澤は目をキラキラさせて喋る。
「ミキティがさ、おっぱい大きい子ばっか斬ってくれるんだよ、バスト侍!もうひーちゃん幸せだよ!」
吉澤は嬉しそうに笑った。
その笑顔は本当に幸せそうで新垣はなんだか虚しかった。
バスト侍、ね。確かに巨乳ばっか斬ってるもっさんはバスト侍だ。
でも一番誰よりバスト侍してるのはアンタですから!残念!
「じゃあちょくら行ってくるから!完成したらがきさんにも見せたげるね!」
吉澤は手を振ると走り去っていった。
私の場面、上手く撮れているんだろうか。
走って行く吉澤の後ろ姿を見ながらぼんやり思った。
タイトルはやはりバストサムライなのだろうか。
校舎のどこかで藤本の声がした。また新たな犠牲者が出たようだ。
新垣は目をつぶった。
もっさんは巨乳ばかり斬ってるんだね。
じゃあもっさんに斬られた私は巨乳だね。
新垣は馬鹿だった。
幸せそうに笑うと立ち上がって歩き出した。
校舎のどこかで藤本の高らかな笑い声が響いた。
―バストサムライ―
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