
「・・・がきさん?」
「あ、あの、こんばんは・・・」
「・・・こんばんは?」
「えっと、お邪魔していいですか?」
「・・・どうぞ」
初めて部屋の窓を叩いて現れた新垣に藤本は戸惑いながらも部屋へ通す。
新垣はいつも藤本が自分の部屋へ入ってくる時のようにするりと体を通した。
窓の下にはベッド。新垣の部屋と同じだ。
藤本が座りなよと言うので彼女から少し離れて新垣は腰を下ろした。
二人が二人ともどうしたら良いのか分からずに黙り込んでしまう。
開け放したままになっている窓から入ってくる風は冷たい。
藤本は俯いたまま枕を抱いている。一方新垣はそわそわと落ち着きなくキョロキョロと部屋を見渡し手を組んだり解いたり。
やがて口を開く。
「あ、あの、もっさん」
新垣の声に藤本はん?と顔を上げるだけで答える。
「えっと、その、ごめんなさい」
「・・・何で謝るの」
藤本は乾いた笑い声を上げた。
それを聞いて新垣は悲しくなってしまう。
「いいんです、ちょっと言い過ぎました。ごめんなさい」
「や、美貴もがきさんの言う通りだななんて思ったし。こっちこそごめん」
「いえいえ私の方がごめんなさい」
「いえいえ美貴の方こそごめんなさい」
「いえいえ私が」
「いえいえ美貴が」
「いえやっぱり私が」
「いやいや美貴が」
二人して頭を下げて二人同時に顔を上げて目が合って、お互いに吹き出した。
ひとしきり笑い終えると藤本はふぅと息を吐いて枕を投げた。髪を掻き上げて窓の外を見る。
「はぁ、なんかビックリだわ」
「何がですか?」
「何がって・・・がきさんはいきなりキレるし・・・片思いは終わっちゃうし、いきなり美貴の部屋に来るしビックリくりの助だよ」
「や、別にキレてなんか・・・」
「いーの。がきさんの本音みたいなの聞けたし」
「いやぁ・・・それに片思いが終わるってなんですか、まだ告白もしてないのに」
「いんだよ、終わり終わり。振られるって分かっててわざわざ告る馬鹿がどこにいる」
「・・・傷つくのが嫌ですか?」
「当たり前じゃん。・・・ハハ、そうだな、がきさんの言う通り。よっちゃんと一緒だ。弱虫で臆病だ」
「や、吉澤さんよかはマシですよ」
「それあんまフォローになってないから」
藤本は静かに笑った。
だけどその笑顔はさっきまでの悲しい笑顔なんかじゃなかった。
「やっぱ美貴にはよっちゃんがお似合いって事だったんだ」
小さく呟くとベッドの上に寝転んだ。
突っ伏したままうーだとかむーだとか唸って、顔を上げた。
その顔に浮かぶ表情はもういつもの藤本だった。
「がきさん」
「は、はい!」
「がきさんは、亜弥ちゃんの事、どう思ってんの」
藤本は真面目な顔で聞いてくる。
新垣は困ってしまった。
どう思ってる。どう思ってる?
どう思うも何もまだ二、三回しか会った事のない相手に何を思えと。
吉澤さんの従姉妹でもっさんの好きだった人で私の事を好きだと(吉澤さんが)言った人。
「えーと、う〜ん、可愛いんじゃないんですか?」
「馬鹿野郎、可愛いのは当たり前だ!」
あ、いつものもっさんだ。
飛んできて顔に張り付いた枕を剥す。
「好きなのか?亜弥ちゃんの事」
いつの間にか藤本は目の前にきていた。
新垣は何故かドキドキしてしまって視線を逸らした。
そんな新垣の顎を掴み藤本は目を合わす。
「どうなんだ、答えろ」
「はろ、ひらひ」
「・・・あぁ、顎痛いのね」
「あ、ありがとうございます」
「で?」
「・・・えっとですね、よく分からないです」
「分からないって何が」
「いや、可愛い人だとは思うんですけど・・・好きかって聞かれたら・・・まぁ、嫌いでは無いですけど・・・」
「あぁんもう!なんだいがきさんはっきりしないなぁ!」
新垣の目の前で藤本は暴れ出す。
はっきりしないななんて言われてもだってだってしょうがないじゃん!
新垣は泣きそうだった。
やがて藤本は髪をばらつかせた頭を上げた。
「じゃあ聞こう、がきさんは美貴と亜弥ちゃんとよっちゃん、この中で誰が一番好きだ?」
「え?もっさんです」
そりゃあそうだろ。
アフォで変態で馬鹿な吉澤さん。よく知らない可愛い松浦さん(吉澤さんの従姉妹)
この二人並べられたら迷わずもっさん選びますよ。
新垣は藤本を見た。
するとどうした事か、藤本は耳まで真っ赤になってこちらを見ているのだ!
何か嫌な予感がして新垣は慌てて口を開いた。
「まぁ誰がマシかって聞かれればですよ?好きな人ならあいぼんとか、あと二年の岡田さんとかもい」
「お前もよっちゃんと同じだ!!」
頬を叩かれる寸前に見えた藤本の目にはうっすらと涙のような物が見えた。
バチン!!と音が響いて新垣は倒れる。
藤本が叩いた右手をきつく握り締め悔しそうに恨めしそうに睨んでいた。
ああ、そうか。
よっちゃんと同じ。吉澤さん。巨乳ハンター。
慌てて口を開いたとは言え自分の口から出てきたのは乳の関西トリオメンバー。
藤本の宿敵だった。申し訳ない。
新垣は倒れたまま呟いた。
「あ、でもやっぱ一番はもっさんです」
藤本はその小さな声を聞き取ると「あっそ」と冷たく言いながらもとても嬉しそうに笑った。
そして手を差し出して引き起こす。
倒れていた体を起こし新垣がベッドの上に座ると藤本は目を合わせてきて「ありがと」と言った。
新垣は照れてしまってモジモジ体をくねらせた。すると藤本は「キモい」と枕を投げてくる。
あぁ、良かった。いつものもっさんだ。
顔面に食らった枕を新垣は優しく抱き締めた。
それから新垣は気になっていた事を聞いた。
「もっさん、もっさんはなんで松浦さんを好きになったんですか?」
「え〜?だってさぁ、美貴達いつも朝一緒に学校行くでしょ?がきさんとよっちゃん」
「はぁ、そうですね」
「したらさ、いっつも見てたんだって。亜弥ちゃん。
まぁよっちゃんとがきさんは馬鹿やってて気付いて無いみたいだったけどさ」
そ、そうだったのか・・・いつも見てたのか・・・
てゆーか馬鹿なのは吉澤さんであって私はその馬鹿の被害者だ。まぁどうでもいい。
そういえば言っていたっけ、「だいぶ前から知っていた」
知っていたじゃなくて見ていたのか。
さすが同じ血が流れているだけある。変態の従姉妹はストーカーか、やるな!
「でさ、いっつも見てるからさ、こりゃ美貴の事好きなんでねーの?
なんて思ったらもう止まらない、恋の始発列車は快速急行超特急!」
あぁ、自意識過剰なとこも吉澤さんとそっくりだ。
てか案外単純だ、もっさんって。
「あーあ。ホント馬鹿だわ。見てたのは美貴じゃなくてがきさんなんだもんなぁ。笑っちゃうよ」
藤本の言葉は確かに自嘲気味ではあった。
だがそれを喋る藤本の顔は歪んでなんかいなくて全てを理解して納得している者の表情だった。
新垣はそれを見て安心した。気付かない内に笑っていた。
「何笑ってんのがきさん」
「う?あ、いえ、別に」
「んふ。変ながきさん」
藤本は妖艶に笑うと近付いてきた。
デコピン食らうか。新垣は目を閉じた。
だがそれはいつまで経ってもこなかった。代わりに唇に何かが振れた。暖かくて、優しい。パイナップル味。
パイナップル?
新垣は目を開いた。目の前に満面の笑みを浮かべる藤本がいた。
「がきさんの言った事、忘れないからね」
「・・・私が言った事?」
「美貴が一番好きだって」
「あ、あぁ・・・」
「さ、美貴もう寝るから。がきさんも帰んな」
「あ、はい・・・んー・・・パイナップル?」
帰ろうと腰を上げながら新垣は首を傾げる。
なんだったんださっきのパイナップル。
そんな新垣に藤本が気付き、手にしていたモノを投げてよこす。
パイン飴。
受け取ったそれを見て新垣は再び首を傾げる。
藤本は寝転んで笑った。
「がきさんに美貴からごめんねとこれからもよろしくのプレゼント」
「これが?」
「なんだお前、美貴のチュウじゃ不満か?」
「いえいえ!有り難き幸せ!不満なんて何も・・・ってチュゥウウウ!!??」
突然大声を上げた新垣に藤本は顔をしかめた。
だが新垣は気にしない。頭の中が真っ白だった。
チュウって、あのチュウだよね?所謂キッスだよね?キス!
私のファーストキスが!もっさんとキッス!しかもパイナップル!
大人の階段一歩登っちゃったよ、あいぼん!
ぐはぁっ!!?
「も、もっさん・・・何を・・・」
「んふ、なんとなく殴ってみた」
藤本は楽しそうに笑った。
あぁ、今凄い幸せかもしれない。殴られたお腹が痛いけど。
藤本が笑っていたので新垣も倒れたまま笑った。
「うりゃ」
予想通りと言うかなんと言うかやっぱり藤本に蹴られた。
それでも幸せだった。
今はこのままでいいよ。このままで。
吉澤さんと仲良しであいぼんとも仲良しで。もっさんとはもっと仲良しで。
恋愛だとか難しい事は分からない。
だけど松浦さんとはその内仲良くなれるだろう。なんたって吉澤さんの従姉妹なんだから。
今はこのままでいいや。
新垣は小さく笑った。
「がきさん、ここ美貴の部屋なんだけど」
藤本に追い出され、自分の部屋の自分のベッドに寝転んで新垣はまた笑った。
明日の朝が楽しみで、ワクワクしていた。明日からは松浦がきっと加わってくるだろう。
いいじゃない、楽しいよ。
寝返りを打って、思い出してまた笑った。
キスをした。
もっさんと、ファーストキス。パイナップルの味がした。
パイナップル味のファーストキスを手に入れた。これでもう何時死んでも悔いはない。筈。
あ、そういえばもっさんからもらった飴を忘れてきてしまった。まぁいいや。
だって私は今凄く幸せだ!
今夜はいい夢が見れそうだ。
きっと楽しくなるであろう明日からを思って新垣は目を閉じた。
―貧乳と豆と変態と関西ガールズ(Spring has come!?)―
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