「はぁっ、あ、あいぼん、おはろほ・・・」

「が、がきさん?どないしたん、今日び戦場帰りの兵士でもこんなひどないで!?」

チャイムが鳴る寸前に教室へ入ってきた新垣。その姿を見つけ加護は大きな声を上げる。
朝から新垣の姿は悲惨だった。制服は汚れ髪はばらけて膝からは血が滲んでいる。

「あぁ、ちょっとね・・・アフォと戦ってきたんだ」

新垣は弱々しく笑った。
こんなんなるまで戦うなんてがきさんアフォやな。
自分の席へ崩れるように座り込む新垣を加護は憐れむような目つきで見ていた。

「なぁ、ほんまどないしたん?」

ホームルームが終わり少しの休憩時間。
新垣の膝に傷テープを張りながら加護が問い掛ける。
傷が痛むのか新垣は顔をしかめている。相当痛いんやろうか。加護は思う。
確かに痛かった。頭が。
頭が痛いのは藤本や吉澤のせいだ。
頭は痛いし傷は痛いし吉澤は馬鹿だし泣けてくる。思わず涙が浮かぶ。
怪我のせいで泣いているのだと勘違いしている加護はよしよしと新垣の頭を撫でた。
そんな加護の腕を新垣は掴む。

「あ、あいぼん!」

「な、何?たんこぶできてた?」

「違う、教えて!」

「え?コブ?ないで?どこにもあらへんよ?」

「あ、いや、こぶじゃなくて松う」

キーンコーン

新垣の声は一限開始の合図であるチャイムに消された。
「また後で」と手を振る加護に力無く微笑み返す。
その後授業終了後に何度か口を開くものの核心をつく事が出来ずに昼休み。
新垣と加護は二人向かい合ってお弁当を広げていた。

「で、なんやのがきさん」

「あ?あぁ、そうだ。あのさ、吉澤さんと松浦さんって・・・」

「あぁ、あの二人がどうかしたん?」

「あ、いや、別に何もしてないんだけどちょっと風の噂を聞いて・・・」

「なんやじれったいなぁ、あいぼんさんにガツンと言ってみ?」

「あ、じゃあ聞くけどさ、あの二人がその・・・い、従姉妹ってマジ?」

「・・・もう知ってしまったん?」

「じゃあマジなの!?てかなんで教えてくれなかったの!」

思わず首に伸びそうになる腕を僅かに残る理性が押さえ肩を掴むに治まる。
だが相当力が入っていたようで加護の顔は苦痛に歪む。

「ちょ、痛いって」

加護の声に自分を押さえ肩を掴んでいた腕を離し、浮きかけていた腰を沈める。
それでも鼻息は荒いままだ。

「なんで教えてくれなかったのさ!初めから知ってたらそれなりの対処法を考えていたのに!」

「せやかてがきさんが話の途中で切り上げたんやで?
それに知っとったとしても無理やろ。亜弥ちゃんとよっすぃーは同じ血が流れてるんやから」

加護の至極真っ当な意見に新垣は力無くうなだれる。
そう、そのとおりだよ。まったくもってあいぼんの言うとおり。
知ってたって何も出来やしないよ。馬鹿って強いもん。
新垣はこれ以上親友を責めるのはやめた。自分にはそれ以上に重大な使命があったからだ。

「まぁいいや。でさ、あいぼんと松浦さんは乳の関西トリオなんでしょ?」

「は・な・の!そこ一番大事な所やから間違えやんといてーな」

「ああごめんごめんご。でさ、じゃあ松浦さんの事ちょっとは知ってるでしょ?何か教えてよ」

「なんやぁ、やっぱ春が来たんと違うん?」

「だからまだ秋だって。気が早すぎるよ」

またしても新垣のマジレスを食らった加護は頬をぷくっと膨らませる。
そんな加護を気にも留めずに新垣は目をキラキラさせる。
加護ははぁっと大きな溜め息を吐いた。

「ウチが知ってる事いうてもなぁ。前話した事ぐらいしか知らへんで?」

加護の言葉に新垣はがっくりとうなだれた。
収穫無しだなんて。もっさんに殺されちゃうよ。
悲愴な雰囲気を醸し出す新垣に加護が気がつき、慌てたように口を開く。

「あ、あのなぁ、ウチはちょこっとしか知らへんけどあれや、唯ちゃんやったら他に知ってるかもしらへんで!?」

努めて明るい声を出す加護に新垣は顔を上げる。

「唯ちゃん・・・岡田唯ちゃんDカップ?」

「んん?あ、あぁそうや、学年も一緒やし、絶対何か知ってるって!」

「そうか!そうだよな、そうだよあいぼん!さすが乳の関西トリオ!」

「華の!!」

「ねぇそうと決まれば早速セッティングしてよ!会いたい会いたい!」

「・・・そんな興奮せんといてや、発情した雄犬みたいやで」

加護は顔をしかめるとポケットから携帯を取り出しどこへやら電話を掛け始める。
新垣はまるで発情した雄犬のように口から舌を出し鼻息荒く目をキラキラさせていた。

「オッケーやって。唯ちゃん今から来てくれるで」

話し終えた加護は携帯を閉じながらぐっと親指を立てる。
やっぱ持つべきものは友達だあ。
新垣は感動で胸がいっぱいになった。
二人して教室の扉をじっと見る。しばらくするとその扉が開き、見覚えのある顔が覗いた。

「唯ちゃん!」

加護が席を立ち扉に駆け寄る。新垣も後を追った。

「おー、あいぼん。どないしたん?」

加護と岡田は互いに腕を広げ抱き合う。
抱き合うって言うかおっぱいタッチと言うかおっぱい相撲だな、これ。二人とも大層立派な胸の持ち主。
あの間に挟まれたら幸せそうだな。ほわほわしてそう。
吉澤さんならあの間に挟まれて窒息死しても悔いは無さそうだ。
ぼんやり新垣が思っていると肩を叩かれた。

「ほら、がきさん。唯ちゃんやったら何か知ってるかもあらへんで?」

加護の声で現実へ引き戻された新垣は岡田を見る。岡田はにっこり笑った。

「あ、あのですね、松浦さんについて教えてください!」

唐突な新垣の発言に岡田は目を開き、加護と新垣とを見やる。
加護は困ったように笑いながら事情を説明する。
うんうん頷きながら聞いていた岡田はやがて口を開いた。

「せやったら吉澤さんに聞くのが一番ちゃう?」

ニコニコ笑いながら言う岡田に新垣は言葉を無くした。
あぁ、それは。それだけは言って欲しくなかったよ。
一番初めに考えたさ。従姉妹なんだもん、きっと誰より詳しく知ってるはずさ。
でもだってあの人馬鹿なんだもん。アフォなんだもん。変態なんだもん。
話し聞くどころか会話が成り立つかどうかだって微妙なとこだもん。
バカでアフォなあの人に関わりたくないから貴方達に頼ったのに貴方達はバカでアフォなあの人を頼れと。
あぁはい、そうですか。
なんで松浦さんはあの人の従姉妹なんだよ。なんでもっさんは松浦さんを好きになっちゃったんだよ。
なんで私が巻き込まれてるんだよ。
新垣は笑いながら心の中で泣いた。
そんな新垣の心内も知らずに加護はナイスアイデア!と岡田と手を取り合いはしゃぐ。
新垣はさらに泣けてきてしょうがなかった。

「な、がきさん、よっすぃーん所行こうや。あれやで、善は急げや」

加護は新垣を急かす。
何が善だよ。絶対間違ってるって。
急かす加護を押さえて新垣は首を横に振った。

「や、これは私の戦いだ。あいぼんを巻き込む訳にはいかないよ。これ以上あの人の犠牲者を出しちゃいけない」

沈痛な面持ちでどこか厳かに話す新垣に加護は首を傾げる。岡田も同様にして新垣を見る。

「吉澤さんとは放課後会う事にするよ」

「なんでやねーん!せっかくよっすぃーに会える思ったのにー」

新垣の発言に加護は不満の声を上げる。
すると岡田が口を開いた。

「せやったらあいぼん、ウチと一緒に今から行こかぁ」

岡田の言葉に加護の顔がパァッと明るくなる。ふくよかな体はほわほわと今にも宙に浮きそうだ。

「行く行く行くぅ!あ、がきさんも来る?」

加護の申し出に新垣はいってらっしゃいと手を振って答えた。
加護は一瞬だけ不満そうに頬を膨らませたが、次の瞬間にはもう笑顔になった。

「ほながきさん、ちょっくらお散歩してくるわぁ」

加護はそう言い残すとヒラヒラと手を振って岡田と手を繋ぎ教室を出て行った。
眩しい。眩しすぎるよ。
新垣はボーッと突っ立って岡田と加護の後ろ姿をずっと見ていた。
それから思い出したように携帯を取り出すと加護にメールを送った。
『吉澤さんに聞きたい事があるから放課後屋上で待ってるって伝えといて!』
数分もしない内に新垣の携帯が震える。
『がってんしょうちの助(´ー`)ъ』
携帯の画面を見ながら放課後の事を思う。
今日も今日とて疲れそうだ。
考えるだけで頭が痛い。ズキズキ痛む頭を押さえながら携帯を閉じると窓辺に寄って空を見た。
今日も秋晴れの空。泣ける程にそれは碧くて、新垣の胸はなぜかキュッと痛くなった。