なんてこった。
もっさんに出来た好きな人って松浦さんだったのか。
どうしてこうも馬鹿な人ばかり好きになるんだ。アレか?類は友を呼ぶってやつか?もっさんは馬鹿なのか?
うん、そうだ、そうに違いない。馬鹿なんだ。だから吉澤さんを好きになるし松浦さんを好きになるんだ。
馬鹿なんだ。もっさんは馬鹿なんだ。

「人の顔をじろじろ見るんじゃない、馬鹿がき!」

あぁ、馬鹿に馬鹿って言われた。頭まではたかれた。さらに馬鹿になってしまう。
新垣は叩かれた頭を抱えてしゃがみ込んだ。
叩かれるのは慣れていたし別に痛くはなかったが、頭が痛かった。

「あ、あの、もっさんの好きな人って松浦さんなんですか?」

「お、流石がきさんご名答。ご褒美は何が欲しい?」

ほら。
藤本の好きな人は松浦だ。頭が痛い。
朝方松浦が吉澤に抱きついても殴らなかったのはきっとこのせいだからだ。
もっさんは松浦さんが好きだからだ。

「家帰りたいです」

新垣の言葉に藤本は腕を組んだ。
何だ、何をそんな難しい顔をしている。帰してくれたっていいじゃない。
しばらくおいてようやく藤本は顔を上げた。

「よし、今日のところは帰してやろう」

今日?

「しかしだな、がきさん」

「なんでしょう」

「亜弥ちゃんについてリサーチしろ。それと今後亜弥ちゃんと会う場合には美貴に必ず許可を取る事。」

「は?何ですかそれ」

「は?じゃねーだろ、美貴はマジなの。本気と書いてマジと読む。いいね?」

笑った藤本の顔はやはりどこか恐ろしかった。
新垣は引きつった笑みを浮かべて頷いた。


藤本に好きな人が出来た。
新垣は自分のベッドに寝転んでいた。
藤本から解放されご飯を食べてお風呂に入って恐竜パジャマを着て寝転んでいた。
関西弁を止めない理由。好きな人が関西ガールだったから。
関西ガールの関西弁は身体的魅力。類似点の偽造を行いマッチング原理を狙うってか。
まぁ言葉は近付けてももう一つの魅力である胸は到底無理だな、うん。
吉澤では無い好きな人。松浦。
吉澤では無いけど吉澤に近い人。従姉妹。
彼女は知っているのだろうか。
知っていても知っていなくても困った事に彼女は本気らしい。
本気なのはいいけど自分を巻き込まないで欲しい。困った。
リサーチしろなんて言われたけど会うためには許可がいる。なんだよそれ。アンタあの子のなんなのさ。
まったくもう、どうしたらいいんだ。
なんとか死なずには済んだが一難去ってまた一難だ。新垣は大きな溜め息を吐いた。 死なずに済んだと言えばそうだ。
彼女が朝方殺すなんて吠えてたのはきっと自分が松浦と親しくしていたからなんだろう、握手までしてしまったし。
これじゃあ会うどころか近付く事すら出来やしない。ホント無理を言う人だ。
新垣は頭を抱えてしまった。
せっかく生き延びたのだ。こんなところで死んでたまるか。何か良い手は無いか。
新垣は必死で考えた。
机の引き出しを開けてみた。押し入れではなくクローゼットを開いてみた。ドラえもんはいなかった。
どうしたらいいんだ。
松浦に近付く事はせずにだけど詳しく知るためにはどうしたらいい。
松浦。
関西ガール。関西トリオ。
そうだ、私にはあいぼんがいる!Dカップおっぱいの岡田さんも良い人そうだったし、そうだよ乳の関西トリオ!
やっぱ持つべきものは友達だぁ。
希望の光を見出だし新垣の顔が緩む。

「がきさん一人で笑うのキモいって」

ぅわあぉう!!
突然の声に慌てて跳ね起きる。
窓から藤本の怪訝そうな顔が現れ、そして猫のようにするりと入ってきた。
見られた。てか何してるの?何しにきたの?

「がきさん、おっぱいおっきなった?」

「うんそうですね!そのちょうしですよ!」

「んははー、頑張ろっと!じゃね、おやすみ」

それだけかよ!
藤本はにこやかヒラヒラと手を振って帰っていく。
しかしいつまで続くんだこの毎晩の逢瀬は。変な事吹き込まなきゃよかった、こんな事になるなら。
自分の浅はかな行動を反省する。
でも待てよ。もっさんが胸を大きくしたいのは吉澤さんに振り向いてほしかったからじゃないのか?
そうだよ、そうだったはずだ。でも今は松浦さんが好き。
じゃあ全く意味ない行動してんじゃん。(元から大して意味なんてなかったのだけれど)
何故藤本は未だ意味のないバスとアップエクササイズを続けるのだろうか。分からない。
まぁいいや。 今日はもう遅い。新垣は電気を消すと布団に入った。


翌日。

「がきさんおハロー」

「あ、おハローございます」

「どう?昨日よりちょっと大きくなってない?」

「あー、言われて見ればそうですねぇ」

「でしょでしょ?昨日ね、新しいおっぱい薬試してみたんだ〜。早速効いてるよ!」

「よかったですねぇ!!」

ニコニコ笑う藤本。
新垣は笑顔を浮かべながら目の端から溢れ出てくるモノをそっと拭った。
あぁもっさん。貴方はとても幸せ者なのかそれともとても不幸者なのか。
おっぱい薬ってなんだよ。きっとそれただのビタミン剤とかじゃないんですか?
騙されてますよ。
新垣は藤本に言おうと思ったがやめた。
彼女は今とても幸せそうに笑っていたから。ぶち壊す事なんて出来ない。それに殴られたくない。
心の中で泣いて顔で笑った。

「ぐっもーにーん!!はうあーゆー!!」

「よっちゃん!」

「吉澤さん!」

「ハーイ、もーにんっ!元気ですかー!?元気があれば何でも出来るぅ!オッケーぼくじょー!!」

「よっちゃんうるさい」

「み、ミキティ?」

「ん、なぁに?」

「あ、や、なんでもないっすビビアン・スー」

「イマイチだね」

藤本は冷たく吐き捨てると腕を前後に大きく振って歩き出した。
残された吉澤と新垣は互いに見合う。

「ちょっとちょっと何これ」

「それは私も聞きたいです」

ホワーイと肩を竦める吉澤。
新垣もホワーイな状態だった。
藤本は一人先を歩いて行く。怒っているようでは無さそうだ。その後ろ姿は至って普通。
それならば何故だ。おかしい。
いつもなら何語か分からない「ひょっちゅわぁんすわぁん」が日本語の「よっちゃん」。
抱きつきに行くこともせず、吉澤の毎朝恒例のおかしな挨拶にも「うるさい」と一言だけ。
確かに今日のはいつにも増して五月蠅かったのだが、どうしてしまったんだ。
本当に本気で松浦さんが好きなのか。
吉澤さんの事はもうアウトオブ眼中なのか。
吉澤さん、可哀相に。
新垣は吉澤を振り返った。
自分はこうゆう状況になってしまったそれなりの理由を多分知っている。だが吉澤はどうだ。きっと知らないし分かっていない。
何も知らない吉澤はきっと今の状況をよく飲み込めていないはずだ。
証拠にその瞳はどこか寂しそう。
いたたまれなくなって新垣は吉澤に声を掛けた。

「吉澤さん・・・」

「がきさん・・・ミキティ今日女の子の日?」


うん。違うよ。

「もっさん、待ってください!」

新垣は藤本の背中を追いかけた。
馬鹿かアイツは馬鹿か!馬鹿は私だ!
あの人がアフォな事は分かっていたはずなのに!それなのに!

「ぅお〜い、待ってくれよ二人とも〜!」

新垣はスピードを早めた。藤本の背中までもう少しだ。
バンッ!!

「がきさんターッチ!」

突然背後から衝撃を受けつんのめる。
走っていたためか止まる事ができずにアスファルトに倒れ込んだ。
見上げた先には右手をグーパーグーパー握ったり開いたりする吉澤の姿。

「い、いきなり何するんですかっ!!」

「え、おにごっこじゃないの?」

吉澤の言葉に新垣は再びアスファルトに沈んだ。擦り剥いた膝小僧より頭が痛かった。
頭上からは「がきさん鬼だかんな」と吉澤の楽しそうな声が聞こえる。
新垣は笑った。アスファルトに倒れて泣きながら笑った。
涙で滲んだ視界の隅に小さくなった藤本の後ろ姿が見えた。

「じゃ、ひーちゃん逃げちゃうからな!!」

ニカッと笑って吉澤は走っていった。足音が心地良い。
ばーかばーか、必死こいて走りやがれ。誰が追いかけてやるもんかばーか。
新垣は涙を拭った。そのまま仰向けになる。
朝から制服姿で道路に寝転んでおかしな子だと思われるんだろうな。目を閉じてそっと思った。
でもだってしょうがない。回りは変な人ばかりだもん。変な人だしおっぱいだもん。
新しく知り合いになった人だって変な人だしおっぱいだもん。しょうがないよ。
ふうっと大きく息を吐いて目を開けた。見上げた空はどこまでも青かった。擦り剥いた膝がズキズキ疼いた。

「倍返しでタッチしてやる」

小さく呟くと起き上がって駆け出した。膝の痛みなんて気にしない。
足音高く駆けて行く。目指すのは朝日を受けてキラキラ輝く変態の金髪頭だ。