落ち着け、落ち着くんだ。そして整理しろ。
うん、落ち着いた。
ひーちゃんと呼ぶ松浦。ふざけながらもかたくなに拒む吉澤。
心も体も知り尽した?仲。
外側しか食べない吉澤。皮が好きな松浦。
松浦が囁いた言葉。

『ひーちゃんと私ね、従姉妹同士なの』

従姉妹同士。だからなのか?朝方もっさんが松浦さんに怒らなかったのは。
従姉妹。
って事は吉澤さんと同じ血が少なからずその体には流れてるのか。
なるほど、妙に高いテンションや時折見え隠れするヘンテコな言動もそこからきてるわけね。あと馬鹿なとこも。
何もそんなところ似せなくてもよかったじゃない。って、

「マジですか!?」

「「マジですよ」」

伊達に同じ血流れてませんね、息ピッタリ。
吉澤の顔は真面目だし松浦だって大真面目。
マジかよ、なんてこった。
新垣はオデコに手をやると空を仰いだ。
あいぼんめ。何故こんな重要な事を教えてくれなかったんだよ。
あぁ神様ヒドいよ。なんだって私の回りにはおかしな人しか集まらないんだ。
貧乳と変態(巨乳ハンター)と乳の関西トリオって。
なんでこんなおっぱいだらけなんだよ。もっとまともな友達が欲しいよ。
泣きたかったがぐっと堪えた。
空は暗い。グラウンドから聞こえていた運動部員達の声ももう聞こえない。
校内外の施錠時間が近付いている。本来の目的を果たさなくては。

「えーっと、貴方達の事は一旦置いといて」

「「え、いいの?」」

「吉澤さん知らないんですか?」

「うわ、がきさんヒドいな、スルーしたよ」

「ん、これは見事なスルーだね。快適に流れるドライブスルーって素敵よね、スルーするーがきさん!」

「おお松浦流石。ちょっと面白いな、私には負けるけど」

「はっ、ひーちゃんなんかに負けないよ」

「だからやめなさいと言っているだろう、猿」

「ムキャー!猿言うな!」

「デヘヘ、さるさるぅ〜、るるる〜!」

「シャラップ!やめろ!馬鹿かお前らは!」

「「馬鹿じゃないよ!」」

新垣は本当に泣きたくなった。疲れていた。もう帰りたかった。
吉澤一人を相手するだけでかなりの体力を消費してしまう。
それを一度に二人相手しているようなものだ。
新垣は極限に疲れていた。
怒りたかったが怒る気力すら残っていなかった。下手をすれば家に帰れないかもしれない。
新垣は逃げる事にした。

「私もう帰ります」

「「え、帰っちゃうの?」」

新垣の申し出に吉澤と松浦は同じ顔をして聞き返してきた。
つーかなんで一々合わせるかなぁ。双子じゃないんだし。
目を開いたままこちらを見る二人をその場に残して新垣は歩き出した。
私は馬鹿だけど分かるよ。ここで口開いちゃいけない。
開いたら最後、この馬鹿二人相手に最後の体力使い果たして家に帰れなくなるんだ。
ここは無視するんだ。
そしておうちに帰ろう。シチューを食べよう。
家に帰ってご飯食べてお風呂入ってもっさんとおしゃべりして布団に入って寝よう。
・・・
・・・もっさんとおしゃべり?
おしゃべり。
おしゃべりできるのか?

「殺されるじゃん!!」

あともう少しだった。
あと二、三歩で馬鹿共とおさらばできていた。
だが新垣は思い出してしまった。藤本。
自分を煮るだとか焼くだとか吠えていたらしい。そんな彼女はお隣りさん。
毎晩新垣の部屋に上がり込んではバストアップに励んでいる。
確実に調理されるじゃないか!新垣はその事実に気付いて足を止めてしまった。
そして反射的に振り向いて目に映ったのは天使の笑みか悪魔の笑みか。
吉澤が両手を大きく広げて微笑んでいた。

「飛び込んできなさい、彷徨える小羊よ」

吉澤のニヤけ顔を見て新垣はおもいきり眉を顰めた。そして考えた。
家に帰って藤本に殺されるか、吉澤にお世話になるか。
・・・どっちもどっちだ。比較した自分が馬鹿だった。
どちらも地獄には変わりない。
大きく息を吐いた。

「吉澤さんのお世話には一生なりません。帰ります」

「おぉ、手厳しい。大丈夫だよ、がきさんあんまおっぱいないし襲ったりしないよ?」

「・・・帰りますね、さようなら」

「本日二度目のスルーだよ、高度だな!難易度いくつ?」

「松浦さんもさようなら」

「あ・や・や!バイバーイ」

「おい松浦、私は今少し悲しいぞ」

吉澤がダラダラと松浦に愚痴る声を聞きながら新垣は屋上を後にした。


疲れた。今日は本当に疲れた。いろいろありすぎた。
帰ってゆっくりしたいけどきっと無理なんだろうな。やっぱあの時吉澤さんについていけば良かったかな?
いや、それは絶対あり得ない。だけどなぁ。
薄暗い道を黙々と歩きながら答えの出ない押し問答を続ける。
家へ近くなるにつれ溜め息の数が増える。一年分の幸せを逃がしてしまったかもしれない。また息を吐いた。
そしていつの間にか自宅前。ドアを開く腕が躊躇して宙に浮いたまま止まる。
ふと隣りを見れば明かりが灯っている藤本家。
見る人が見ればそれは一般的な家庭の幸せそうな窓明り。
だが今の新垣にはそれが地獄の炎に見えて仕方がなかった。
このドアを開いてただいまを言った瞬間から地獄へのカウントダウンは始まる。
あぁ怖い。嫌だな。それでも、なんとかしなくちゃなぁ。
よし、行くぞ。
宙に浮いていた腕を下ろして一つ大きく深呼吸。よし。

「ただいまぁがっ!!」

ハハ、なんだこれ笑えちゃうな。
カウントダウンする暇もなく地獄行きか。急行ですか。そりゃあないぜ。
目に涙を浮かべて新垣は力無く笑った。
右の拳が見事に入った脇腹を押さえてそのまま玄関に倒れた。

「おかえり、がきさん」

倒れた新垣の耳元で悪魔が囁き、笑った。
あぁ、綺麗だな。
ぼんやり思って、目を閉じた。

「美貴ちゃん、ご飯食べていく?」

「あ、はい、是非!でもその前にちょっと着替えて来ますね」

お母さんの声。
お腹空いたな。
暖かい。背中?
もっさんの匂い。
もっさんの背中。
おんぶされてる。
微かに残っていた意識を完全に手放した。



「・・・ーぃ」

「・・・き・・ん」

「いい加減起きろ!」

額に痛みを覚えて目を開く。
真っ先に映り込んできたのは機嫌の悪さを惜しげもなく前面に押し出した藤本美貴嬢。
体を起こすと藤本は「がきさん気持ち良く寝過ぎ」と言った。
寝過ぎ?私は寝ていたのか?まだ頭がぼんやりしている。
脳内にかかった靄を払うように頭を振る。
そして気付く。
ここ私の部屋じゃない、もっさんの部屋だ!

「も、もっさん、私はなぜここに」

「ん?今日はがきさんと色々お話がしたくてねぇ」

とろけそうに甘い声で藤本は言った。体をくねらせてそれはとてもセクシーだ。
胸が無いのが残念だ。
ってそうじゃない、セクシーだけど違う、これは怖いよ。
藤本は笑っていた。その目の奥には赤い炎がチラリと見える。
焼かれる。
早急に脱出しなければ、夏の太陽より暑い灼熱地獄が待っている。

「ああああの、私お腹空いてるんでご飯食べてきます」

「必要ないよ。人間朝と昼しっかり食べれば何とかなる」

いやいや鬼か。
新垣のお腹がグゥと鳴った。
それはきっと藤本にも聞こえていたはずだ。だが藤本は天井を黙って睨み付けているだけだった。

「あ、あの宿題しないと」

「いつもしてないじゃん」

「テレビみたいな」

「いつも見ないじゃん」

「ゲームしたいな」

「いつもしないじゃん」

「お風呂入らなきゃ」

「いつも入らな・・・後でいいじゃん」

「制服着替えたいな」

「ねぇがきさん」

「はい?」

「諦めの悪い子って、美貴嫌いだな」

藤本は笑った。新垣はその笑顔を怖いと思った。
諦めた。口を噤んで、肩を落とした。
溜め息をついたらベッドのスプリングがギシギシ鳴った。

「さぁがきさん、美貴とトークしようか」

「どうぞ?」

「んー、冷たいなぁ、がきさんはもっと暖かい子だと思っていたのに」

「は、ハハハハ、ジョークですよ!さぁトークしましょう、何がいいですか?
緑豆深海大冒険?空豆地下に住む?ポークビーンズについて思う事?何でもいいですよ、マシンガントークしますから!」

「うるさい。何で今日こんな遅いの」

「へ?」

「何してたの。寄り道買い食いはしたらダメって言ったじゃない」

「は、はぁ」

「何故帰りが遅くなったのか説明しなさい。ちなみに美貴は嘘が嫌いです。嘘を吐くがきさんはもっと嫌いです。分かるよね」

藤本は口角をきゅっと上げ上品に笑った。それは恐ろしい笑みだった。
新垣は唾をごくんと飲み込んだ。背中を汗が伝う。膝は押さえ込んでいなければ今にも笑い出しそうだ。
本当の事。言うしかないよな。

「あ、あのですね、吉澤さんと会っていました」

さぁ来い。来るなら来やがれ。
頭突きでもパンチでも後ろ回し蹴りでも肘鉄でも踵落としでもなんでもきやがれ。
さぁ。
体にぐっと力を入れ目をつぶって新垣は待った。
長年の付き合いがあるのだ。藤本の行動なら分かっている。
覚悟ならあるんだよ、さぁきなさい。