錆付いた扉から現れたのは松浦だった。
松浦は扉を大きく開けると新垣の方へ向かってきた。
新垣は吉澤の腕を掴んだままやはり固まっていた。

「こんな所で何してるの?」

新垣の前で立ち止まると松浦は首を傾げて聞いた。
新垣はまだ固まっている。
松浦は新垣自慢のオデコをコツンと弾いた。

「ぅえっ?あっ、は?ままま松浦さん」

「まつぅらぁ〜、ぁやでぇ〜す!」

「ななな何でここに」

「おやおや、それは私が聞きたいな」

ニャハハと松浦は奇妙な声で笑った。そしてふと目を落とす。
松浦の視線の先。顔を歪めて固まったままの吉澤。
新垣は掴んでいた腕を慌てて放す。
少し浮いていた吉澤の頭がコンクリートに落ちて鈍い音を立てたが、それでもその歪んだ顔はそのままだった。

「いやっ、あのっ、これはですね、その、なんと言うか、あぁ、これ人形なんですよ!
凄いでしょ?本物そっくり!てかそれ以上ですよね、凄くないですか!」

「うんうん、てか吉澤さん本人だよね」

新垣の小さな頭で必死に咄嗟に思い付いた嘘は、スーパーアイドルのような笑顔と共にあっさりスッパリと斬り捨てられた。
松浦は笑っている。新垣の眉毛が下がった。

「ところでこれはどうして固まっているのかな?」

松浦はいつの間にかしゃがんでいて、吉澤の白いオデコをコツコツ小突きながら言う。
どうやらオデコをいじるのが好きなようだ。

「いや、あのー・・・まぁいろいろありまして。起きてくれないんですよね。
復活したらしたでそれはまた迷惑なんですけどこのまま置いて帰れないし・・・」

「ニャルホド」

にゃるほど?
松浦はフンフン鼻歌を歌いながら吉澤の顔をいじくっている。
頬をつまんでみたり睫毛引っ張ったり鼻を広げてみたりあぁそれはちょっと不細工。
てかそんな遊んでちゃヤバいですよ、後で絶対セクハラされますって。
新垣が松浦に声を掛けようとした時だった。
松浦は「よし、起こすか」と言って立ち上がった。

「ま、松浦さん?」

「なぁんだよう、あややって呼んでねって言ったじゃん」

「じ、じゃあ、あ、あややさん」

「プハッ、堅いなぁ〜。なーに?」

「あのですね、ぶっちゃけると私、吉澤さん固まっちゃったから起こそうと思って飛び蹴りしたんですよね」

「おぉフライングキック!やるねぇ」

「えぇありがとうございます。でもですね、起きなかったんです」

「ほぅ、強いんだね」

「はぁ、そうなんです。って違いますよ、ちょっとやそっとじゃこの人生き返りませんよ」

「んにゃ、ダイジョブ。まつーらにお任せあれ」

松浦はニッコリ笑った。
新垣は訳が分からずに、それでも成り行きを見守る事にした。
蹴っても起きなかったんだ、松浦さんは火でもつけるつもりなんだろうか。
新垣の思惑を余所に松浦は再びしゃがみ込み、吉澤の顔に口を近付ける。
・・・キッスかよ!
メルヘン過ぎるだろ、似合わないよ。っていうかキャスティング無理あるって、普通逆だよね?
って違う、やめてよやめて!
新垣は思わず両手で顔を覆った。
それでもちょっとした好奇心を押さえ切れず、指の隙間からこっそり見てみる。
キス来い、キッス!
二人の距離はどんどん近くなる。さぁくる、くるぞ!
心臓がドキドキ言っている。何興奮しているんだ私は。
隙間から目を凝らす。
さぁもう距離は無い。チュウだ、チュウしろ。

「ひーちゃん」

・・・
・・・あれ、キスは?
顔を覆っていた両手を下ろす。
待ち焦がれていたキスシーンはいつまで経っても目の前に現れず、その代わりに聞こえてきたのは松浦の猫撫で声。
てかさっき何て言った?ひーちゃん?

「ひーちゃん起きてよ、風邪引いちゃうよ」

やだやだちょっと何よこの二人。二人って言うか松浦さん!
思考回路はショート寸前。

「っっだあぁぁああああ!!やめろ!ひーちゃん言うな!」

「おぉ、起きた。おはよ、ひーちゃん」

「あ、おはよう。って、言うなっていってるだろ!」

「にゃはは、メンゴメンゴ」

吉澤は復活した。松浦が復活させた。
仲睦まじげに戯れ合う二人を目の前にして新垣の頭は弾けた。



「いいですね?これから私が質問する事について正直に分かりやすく且つ簡潔に答えてください」

「ほーい」

「え〜、私もぉ?」

「二人ともです!吉澤さん、姿勢を崩さないっ!」

オレンジ色の空に紺色のグラデーション。太陽はもう見えない。
校舎の屋上、給水塔の前に正座して座る二人、吉澤と松浦。
その二人の前で腕を組み渋い表情を浮かべる新垣。
吉澤は目覚めてから相変わらずヘラヘラと緩みきった笑みを浮かべている。その隣りで松浦は不満そうだ。
そんな松浦を気にかける事もせず新垣は声を張り上げる。
確認しておくが吉澤は三年生、松浦は二年生。新垣は一年生だ。

「まず第一の質問!」

「ほいほい待ってました!ぃよっ、がきさん」

「ねぇがきさん、足痛いんだけど」

「二人とも黙ってください、まず質問一個目。二人の関係は?」

「ぅおっとぉ、いきなり深いトコ突いてくるなぁ、さすががきさん。あのミキティの舎弟こなしてるだけあるよ」

「関係だなんて、もう。いやん、ハレンチ!」

「二人とも真面目に答えてください」

「関係か、そりゃあ、心も体も知り尽した仲だよな。なぁ、松浦?」

「そぉだね。ひーちゃんは胸のど真ん中にホクロあるよね」

「おいおい松浦次は無いぜ?」

「あと背中にもお星様あるよね?ひーちゃん」

「ははっはあ、死んだよ松浦、お前死んだよ。遥か遠い昔に封印したビッグファットホワイトベアをお前は今呼び起こした」

「きゃあ怖い。がきさん助けて!」

「・・・って、てめぇら・・・」

「ぐわぁあおぅ!!」

「キャアァ〜!!」

「いい加減にしやがれスカポンタン!!」

夕闇が包む屋上に新垣の怒声が響いた。
三者三様それぞれのポーズで固まる。カラスが間抜けな声で鳴いた。

「ポカホンタス?」

「それはディズニーアニメ」

「ボンタンアメ?」

「美味しいですよね。って違う!馬鹿!貴方達は日本語が分からないのか!?」

「まぁまぁがきさん落ち着けよ、血管切れるぞ?」

「そうだよ。あ、キレてるんですか?」

「・・・ノリませんよ?」

「ちぇっ、面白くない」

「お、松浦さんキレてるんですか?」

「や、キレてないっすよ」

「え、キレてるんでしょ?」

「や、だからキレてな」

「キレてるのは私だ!質問に答えろ!!」

「にゃは、がきさんやっぱキレてた」

新垣は泣きたくなった。
本来の目的をもう忘れてしまいそうだった。
松浦はケラケラと笑い吉澤もデヘデヘと笑う。
新垣は泣きたかった。イライラしていた。
なんなんだこいつら。私は何をしているんだ。私は何がしたかったんだっけ。
空を見るとチラホラと星が見える。冷たい風が通り過ぎた。

「もう一度聞きます。二人はどんな関係なんですか?」

「だからぁ、心も体も」

「真面目に答えてくれないとマジでビーム出しますよ?」

「うひょお、そりゃあ勘弁。うーん、そうだな。例えば私はあんぱんはパンの部分しか食べない。松浦は?」

「そぉですね、まつーらはキュウリは皮の部分しか食べません」

「と、そう言う事だよ、がきさん」

「ほぅほぅなるほど。って解るか馬鹿阿呆ボケなすび!」

「む、なすびって。そこまで顔長くないよ!じゃあそうだな、私は肉まんは白いトコしか食べない。松浦は?」
「んーと、まつーらはぁ、餃子は皮しか食べません」

「どうだい、分かったかい?」

「ふむふむ、皮が好きと。って解るわけないでしょう、言っときますけど私馬鹿なんですからね!!」

「おほ〜、仲間だ!」

「嬉しそうに笑うな!ハグを求めるな!いい加減教えろ!」

「ふぅ、しょうがないな。松浦」

「ほいほーい。がきさん耳貸して?」

吉澤は立ち上がるとやれやれと言ったふうに頭を振る。
新垣は言われるままに松浦に耳を貸す。

「あのね・・・」

風が強くなってきている。
空にオレンジ色はもう無い。
どこか遠くで犬が鳴いている。
風が冷たい。
松浦は新垣の耳元で囁くとニィッと笑って少し離れた。
ボンッ!
薄暗い屋上に新垣の小さな頭が弾ける音が響いた。
吉澤と松浦は二人並んでそれを見ていた。