「なぁ、がきさんどないしたん?」

「んー・・・もういいんだ・・・疲れたよ」

昼休み。
各々が楽しくワイワイと箸をすすめるランチタイム。
新垣の前には加護が座っていた。
そこは朝から全く変わらず空気が重い。
その圧力に耐えられなかったのか新垣自慢の眉毛もぐんにゃりと垂れ下がっている。
加護は困ってしまった。
こんなに落ちている新垣を見るのは初めてだったのだ。

「がきさん、とりあえずお昼食べよ?お腹空いたよ」

「うーん、あいぼん食べなよ・・・私はいいよ・・・」

いいよ言われてはいそうですかって食べれる雰囲気か?
加護は引きつった笑みを浮かべた。お腹の虫がそろそろ活動し始める頃だ。

ぐ「ねぇあいぼん」

お腹の虫の第一声は新垣の声で書き消された。

「な、なんやぁ?」

「ファーストキスって、どんな味がした?」

「ファーストキスゥ???」

加護はまじまじと新垣を見つめる。
どこかアンニュイな表情を浮かべ明後日の方向を見ている新垣がいた。
目の前でヒラヒラと手を振ってみる。反応なし。
叩いてみる。パチン!反応なし。
一体全体どうしたっていうんだがきさん、突然ファーストキッスだなんて!

「・・・ホントにレモンの味すんのかなぁ・・・」

机に片肘ついて呟く新垣。
憂いを帯びたその表情に加護は戸惑ってしまう。

「あ、あんなぁ、イチゴ味やったで?」

ボケる事もせず真面目に答えてしまう。
イチゴ味。
甘酸っぱい様子を比喩した訳では無く、本当にイチゴの味がしたのだ。
だって初めてのキスの相手はその時ストロベリーキャンディを口にしていた。
だからファーストキスはイチゴ味だ。当時を思い出して懐かしく思う。

「レ、レモン味じゃなかったのかっ・・・っく、それじゃあまだだ。まだ死ぬわけにはいかない!!」

加護の美しきセピア色の思い出は突然発せられた新垣の大きな声で掻き消された。
新垣を見ると垂れ下がっていた眉毛はピンピンと生気を取り戻し、厚く覆っていた灰色の重い空気も何処かへ消え去っている。
いつもの元気な新垣に戻っていた。

「が、がきさん?どうした?」

「はっはぁ、あいぼん、私はまだ死ぬわけにはいかないのだよ。パイナップル味のファーストキスを手に入れるまではね!」

「ん?パイナップル?てかファーストキスまだなんだ?」

「ぅえっ?え、ええぃ!黙れ黙れ、私は美味しいものは最後に残しておく派なんだぃ!」

「あはははは、意味分んない、おもしろーい!」

恥と怒りで顔を真っ赤にする新垣。それを見てケラケラと加護は笑った。
何がなんだかよく分んないけど取りあえず生き返ったっぽい。
良かった良かった。
彼女が内緒にしていたのであろうプライベートな事実も知ってしまった。
顔を紅潮させながら弁当箱を取り出す新垣を見て自然と自分の顔が緩むのが分った。

放課後、屋上。

「泣き付いてきても私は知らないって言ったぞ?」

「えぇ、でも吉澤さんならホラ、助けてくれるんじゃないかって。なんせこの学園のヒーローですから」

「おほほぉい、いつから私はMEN’Sになったんだい?それにお前は知っているだろう、私の正体を」

「何カッコつけた事言ってるんですか?いいから助けて下さいよ」

「は、ははぁ、がきさん言うねぇ。でもね、助けてあげたいけど無理だよ」

「そんな事言わずに」

「無理だね、いやだ」

「お願いしますよ」

「やなものはやだ!」

「そんなムキにならないで、お願いしますよ」

「ねぇがきさん。私はまだやりたい事が沢山あるんだ。こんなトコで死にたくないよ」

さらりと吉澤は笑った。
なんと言う事だ!新垣は目の前が真っ暗になった。
これだけお願いしているのに!
藤本の弱点であるはずの彼女までもが死にたくないと言っている!
これは相当ヤバいんじゃないの?背筋をぞわぞわと嫌な空気が伝った。
つーかホント、何で命を狙われているのかマジで分からない。

「ねぇ吉澤さん」

「うん、むりだよ?」

いやいや何も言ってないだろう。言わない内からむりだよとか可愛く言うな。

「私はなぜ殺されかけているのでしょうか」

「さぁ・・・肩でもぶつかったんじゃない?」

アホか!お前はアホか!
声を大にして叫びたい。
確かに何回かぶつかっちゃったりしたけどさ、そんな理由で殺されるなんて死んでも死にきれない。
つーかもっさんだってそこまで短気じゃないよ、きっと。・・・多分だけど。

「吉澤さん知らないんですか?」

「残念ながら知らないねぇ。
ただ『豆煮る!焼く!茹でる!炒る!』とか言ってたから相当恨みかっちゃったみたいだね。ご愁傷様」

そこ!こんな時に爽やかスマイル禁止!泣きそうになるだろ。
てか何よ、焼くとか煮るとか。
確かに豆とか言われるけどさ、私一応ヒト。ホモサピエンス。
もうちょっとまともに殺して欲しい。できれば殺してほしくなんかないけど。

「あぁ・・・もぅどうしたらいいんだ・・・」
「ダイジョブがきさん、何とかなるよ。頑張って!」
あぁこのヒトはほんまもんのアホだし泣けてくる。
その笑顔とても眩しいけど私の方はお先真っ暗だ。
頑張るとか頑張らないとかそういう問題じゃないでしょうが。
人事だと思ってヘラヘラ笑いやがってコンチクショウ。

「がきさぁ〜ん、元気出せよ。元気と気合だ。気合があればー何でもできるぅー!!」

「・・・それ多分アナタだけですよ」

「何を言うか、アニマルとアントニオのコラボだぞ?ダブルネームよ?
めったに見られんぜ、これは。出来ないわけが無いだろう」

吉澤はドンと胸を叩いた。
また訳の分からない事を言って。
だけど新垣にはそれが吉澤なりに自分を励ましてくれているのだという事が分かった。
吉澤の表情はふざけていながらも、その目は少し優しかったから。
励ますより助けてくれる方が嬉しいんだけどな。
そっと思ったがすぐに打ち消した。
これは私に与えられた試練なのだ。
自分一人でやってやる。何だってやるぜ?ポリスメンだって相手になろう。
そして生き残ってやる。勝利の雄叫びをこの町中に響かせてやるのだ。
ワハハハハ、さぁ何でも来い!今なら誰にも負ける気がしないぜ!
ぐほぉっ!!?

「がきさんニヤけ過ぎだぞ!」

くっ、吉澤ぁ・・・
いつもニヤけてばかりのお前には言われたくないセリフだ!
そして不意打ちは卑怯だ。
いきなり殴られた脇腹をさすりながら新垣は立ち上がった。
遠く地平線に浮かぶ真っ赤な太陽が照らすその顔は凛としている。
新垣は呼吸を整えると吉澤の方を向いた。
吉澤を必死の思いで捕まえた本当の理由。報告と確認。

「吉澤さん、ちょっと聞きたい事があるんですけど」

「んん?何だい、聞きたい事って」

「もっさんの事なんですけど、好きな人出来たみたいなんですよ」

「ミキティの好きな人?そりゃお前、私の事だろう」

なにこの自意識過剰者。
余裕しゃくしゃくのその顔がムカつく。
吉澤は腰に手を当ててカラリと笑う。

「・・・それがどうも違うみたいなんです。なのでもっさんの関西弁は止めれません。知りませんか?もっさんの好きな人」

新垣は吉澤を見る。
余裕の笑みを浮かべていたその顔が次第に変化していく。
ゆっくりと、歪んでいく。スローモーション。
吉澤の顔は段々と変化していき、端整だったはずのその面影はどこにも見受けられない。
これでもかと言わんばかりに口を大きく開き、目を見開き、眉をハの字にしてそのまま固ってしまった。
吉澤の目の前で手を振ってみる。叩いてみる。呼び掛けてみる。無反応。

「そりゃっ!!」

日頃の鬱憤と少しの好奇心とその他諸々を込めて飛び蹴りを食らわしてみる。
吉澤は避ける事も受け身を取る事もせずに固まった表情のままどさりとコンクリの冷たい地面に倒れた。
はて、どうしたものか。
新垣は捲り上がったスカートを直すと頭をかいた。
まさかここまで効くとは。これだから自意識過剰ってのは怖い。
吉澤は起きそうにない。
白い頬を叩いてみたり、脇腹をつついたり。
スカートの中を覗いてやろうかなんて思ったりもしたが生憎そこまでの勇気は持ち合わせていなかった。
しかし困ったな、置いて帰る訳にはいかないしだからと言って連れて帰れるような力も無い。
ホント、困ったな。
新垣は空を見上げて大きな溜め息を吐いた。
空は一面のオレンジ。もうそろそろ帰らなきゃだ。
赤く錆びた扉をみる。
しょうがない、頑張ってみるか。
新垣が吉澤の腕を掴んだ時だった。
ギィッと音がして、扉が開く。
その狭い隙間から小さな顔がひょっこり覗いた。
細い隙間から覗く小さな白い顔。新垣はその人を見て固まった。
一方その相手は新垣の姿を確認すると口を窄めて笑顔を浮かべた。そして口を開く。

「がきさん」