「あいぼんおっは、ね、二年の松浦さんって知ってる?」

教室に入るなり親友の姿を見つけると一目散に駆け寄る新垣。
駆け寄られた相手と言えば余裕なもので、どっしりと構えゆっくり振り返る。

「お、がきさんおっはっはー。松浦?まつうら・・・あぁ、亜弥ちゃん?」

親友のいかにも知っていますとでも言うような口調に新垣の鼓動は早くなる。
席に着く事もせずに早速がっつく。

「そうそうそうそう、知ってる?」

「知ってるも何もウチら華の関西トリオやで?」

「関西・・・トリオ?」

「せや。ウチと亜弥ちゃんともう一人二年生でおるんやけどな、」

「あ、岡田唯ちゃんDカップ?」

「ぉお、そうそう。何で知ってるん?てかDカップって何じゃらほい」

「ぅあぁ、それはまぁおいといて、松浦さんとお友達?」

「せやからぁ、友達も何も華の関西トリオや言うてるやろ?」

色白ぽっちゃり加護亜依ぼんはそのふくよかな胸を大きく張ってケタケタと笑う。
華の関西トリオ、か。華っていうか乳の関西トリオだよね。

「じゃあ松浦さんの事知ってるんだ?ね、松浦さんってどんな人?」

「なんやぁ?偉いがっつくなぁ。あ、もしかしてもしかするとがきさん、春がやって来た??」

「はぁ?あいぼん何言ってんの、今秋だよ?イッツオータムよ?秋の次は冬よ?春はその先だって、まだまだ」

プププとでも言わんばかりに口元に手をやっていた加護は新垣の真面目な顔と物凄いマジレスに少し申し訳なく思ってしまう。
新垣は気付かないようで、松浦はどんな人なんだと顔をしかめて聞いてくる。
なーんだ、つまんないの。
加護は諦めたように溜め息を一つ吐くと松浦について語り出した。

「せやな、あれはウチが中等部の三年生やった頃の」

「ちょちょちょちょちょっと待てぃ、出会いとかその乳の何とかトリオ結成の馴れ初めみたいのは全く要らないから。
松浦さん個人について簡潔にかつ詳しく情報が欲しい」

「は・な・の!関西トリオや。なんや、おもろない。まぁええわ」

出鼻を挫かれた加護は多少不機嫌になりながらも情報を提供する。
新垣は一言も聞き漏らすまいと必死で加護に食いついた。

松浦亜弥。通称あやや。
兵庫県(姫路?)出身、6月25日生れの17歳。
双子座のB型。
去年からハロモニ女子学園に通う、所謂外来、高校受験組。
とりあえず、モテる。
自分大好き。
暇さえあれば鏡を見ている。
去年の文化祭、一年生ながらミスハロモニトップ3。
親が元ヤン。
頭はあまり良くない。
胸が大きい。可愛い。
桃色の片想い中。

そこまで聞いてチャイムが鳴った。
顔を上げて教室を見渡すともうほとんどの席が埋まっている。ホームルームが始まる。
まだ何か言おうとする加護に「ありがとね!」と先手を打つとその場を去った。

「こっからが重要重大マル秘情報やったのに・・・」

加護は小さく呟くが新垣はもう自分の席に戻っていた。
まぁいいか。知らずにいるのもこれはこれでおもろいやん。
何やら意味深な笑みを浮かべる加護に新垣が気付く事は無かった。

いやはや、あいぼんも流石関西人だ。喋り出すと止まらないね。
しかしそれにしてもやっぱ持つべきものは友達だな。
自分の席に着いた新垣は一人悦に入る。

「どうしたがきさん、朝からニヤニヤして。眉毛も絶好調か?」

「そりゃもう、もちろん!眉毛ビィーム!!って吉澤さん!?」

廊下側に位置している新垣の席。
声のした方に顔を向けるとニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた吉澤が廊下に立っていた。
つーかニヤニヤとか貴方に言われたくない。

「ななななんでここに?」

「オイオイ冷たいじゃないか、君が想う時、僕はいつでも側にいるんだよ!」

いやいや一秒たりとも貴方の事なんて思ってませんから。
つーかサムっ!キモッ!
バチっとウィンクを飛ばす吉澤を見て新垣は固まった。
固まる前に、飛んで来たウィンクはマトリックス並みのアクションで避けた。
こいつマジで頭おかしいんちゃうかと。
ネジ一本どころか二、三本外れてるんちゃうかと。
その前に人間なのかと。
黄色い声で新垣は我に帰る。いつの間にか人だかりができていた。
そうか、そうだった。
この変態おっぱい星人は腐ってもこの学園のスターだったっけ。
吉澤を見るとヘラヘラと愛想良く笑顔を振りまいている。
あー、この人もつくづく馬鹿だよなぁ。
つーかホント、何でいんの?
貴方もHRあるでしょ?

「吉澤さん吉澤さん」

「はいはいなんでございましょ?」

「何か用ですか?」

「用?あぁ、なんだったっけ」

吉澤のその言葉に椅子から転げ落ちそうになる。が、寸での所で持ち応え、吉澤をキッと睨む。

「窓閉めますよ?心の扉も閉めちゃいますよ?」

「ぉおっと、その窓を閉めて貰うのは一向に構わないが心の扉は常時開放していておくれよ、オープンユアハート!」

「はいはい。で、何ですか?」

「あぁ。がきさん、気をつけろ。君は命を狙われている」

「はい施錠しまーす」

「ちょっと待てまーって、これはマジな話なんだ、ミキティに気をつけろ」

吉澤は声を潜めいつになく真剣な表情を浮かべて言う。
新垣の頭には幾つもの?マークが浮かぶ。
気をつける?もっさんに?命を狙われてる?何だそれ。

「はいはい分かりましたから。吉澤さん戻らないとHR遅刻しますよ?」

「あーっ、信じてないな?ホントだぞ?本当の本当なんだからな?」

「あぁもう五月蠅いですよ」

「畜生、なぜ信じない!この私が嘘を吐いた事があったか?」

「てゆーか貴方の存在自体が嘘っこですもん」

「なっ・・・それは言わない約束だろ・・・」

廊下へ大袈裟に崩れ落ちる吉澤にしっしっと手を振る。
顔を上げた吉澤は恨めしそうな顔をしながら捨て台詞を吐き去って行った。

「後で泣き付いて来ても知らないからな!ばーかばーか!」

馬鹿はお前だ!!!
吉澤の姿が見えなくなると、新垣はようやく伸ばしていた首を引っ込めた。
あぁ疲れた。朝から無駄に疲れた。
しかし何だったんだ、一体。

吉澤はいつもヘラヘラしているしお調子者だしその発言は嘘か本当かもよく分からない。
大抵は嘘の方が多い。嘘つきは泥棒の始まりって言うのが本当ならきっと今ごろ世界的な大泥棒だ。
それでも本当の事を言う時もある訳であって、だからそれはとても分かりづらい。狼少年だ。
何故わざわざ一年生の教室が入る四階まで来たのか。
そこまでして私に嘘を吐きたかったのか?いや、ありえない。
吉澤自身についての事をよくは知らないが、ここ最近ぐっと近くなって感じた事。
彼女は究極の面倒臭がりだ。藤本と良い勝負をはれるくらいに。
そんな彼女が朝っぱらから階段上って茶化しに来るわけが無い。断言出来ないのが悲しい所だが。
しかしそれならば吉澤が言っていた事は本当なのか?
私の命が狙われている。
・・・有り得ない。
ん?や、でも待てよ?
ぐるぐる思考を巡らせていた新垣の脳裏に今朝の出来事が浮かび上がる。
―鋭く尖った刺す様に冷たい視線―
そうだ、私は死にかけた。じゃあ吉澤さんが言っていた事は本当?
―有無を言わせぬ強い力で締め上げられた首―
命を狙われている。気をつけろ。ミキティに、気をつけろ。
―鬼の様な形相の藤本―
あぁ。
新垣の背を冷たく嫌な汗が伝う。
もっさん。そうだ、もっさん!
今朝の、登校中の出来事を鮮明に思い出した瞬間、新垣を強烈な震えが襲う。
いやだいやだいやだ、死んでしまう。
気をつけろ?どうやったらいいんだよ、家は隣りだ!
殺してくれと言ってる様なものじゃないか!
助けてよ吉澤さん、貴方なら何とかできるんじゃあないんですか?
私まだ死にたくない!まだ何もしてないもの!
人並みに恋とか言う奴してみたいしファーストキッスはレモンの味がするのか検証してみたいしそれよりなによりまだ処女だし!
きゃあ恥ずかしい、落ち着け落ち着け、何も私情を暴露しなくてもいいんだぞ、な?自分。
そうだ、まずは落ち着け。
大きく息を吸い、そしてゆっくり吐き出す。
先程から目まぐるしく変化する己の表情に少し引き気味な周囲のクラスメイトは気にしない。
そうだ、いいぞ?落ち着くんだ。さぁ、落ち着いた。
ふぅ。
って、やっぱやべぇっすよこりゃあ。死にますって。
つーかちょっと待って?
何故?
何故殺されなきゃならない?
私何かしたっけ?何もしてないよ。
そうだよ、何もしてないじゃん。なのに何で命狙われちゃってんのよ、意味分からなくなくなくない?
私何も悪くない。むしろ悪いのはもっさんの方だ。そうだよあれは殺意があった。殺人未遂事件だ!
私は被害者なのだ、訴えてや・・・れねーよ、馬鹿。
新垣をパニックと絶望が襲う。
朝の清々しい光が眩しい教室で新垣の座るその一角だけが暗く澱んでいた。