
翌日。
「がきさんおハロー!」
「はいおハローございます」
いつにも増してテンションの高い藤本。
歩き出すなり早速口を開く。
「ね、ね、おっぱいどう?」
「うんうんその調子」
お決まりの言葉を返しながらもっと普通の会話がしたいななんて思う新垣であった。
藤本はそんな新垣の気持ちも露知らず、腕を大きく振りながらおっぱいトークを繰り広げる。
「なんか最近大きくなってきた気がするんだよね〜」
よく分かってるじゃないですか、気のせいですよ!
「なんて言うの?胸の辺りが重くなってきたって言うかさぁ」
はいはいそれも気のせい。きっと筋肉。
「やっぱ大きくなってるのかも」
んなこたぁない。
全く何にも全然微塵たりとも以前と変わってませんから。
きっとこれからも現状維持でそしてそのまましょぼくれていきますよ。
藤本の将来を想像して新垣は空しくなった。
隣りで嬉しそうな笑顔を浮かべる彼女を見て更に泣けてきた。
まぁ頑張ってください。
「がっきさん、ミッキティおっハロー!!」
ドンと背中をど突かれ前のめりになりながら振り返る。
「ひょっちゃあん!!」
「吉澤さん!」
「ハーイよっちゃんだよ!おハロー!ユー達元気かい?」
「んふー元気元気!よっちゃんも元気やな!」
「ぅ゛・・・は、ははっはぁ、ミキティの元気は私の元気!
地球の皆、すまねぇ、オラに力を貸してくれ!ってな!」
いやいや借りてちゃいかんだろ。両手突き上げてそしてお前は何を出す。
ぐほぉっ!
「ホワーイ、どうしたがきさん眉毛がしおれているよ!」
「ぅがっ・・・はぁ、いきなり叩かないで下さいよ、内臓吐きそうでしたよ今」
「内臓吐く?・・・いいねぇ、その絵いいよ、もっかい叩いていい?」
涙目になりながら訴える新垣に対し好奇の目を向ける吉澤。
口調はふざけているものの目がマジだったので新垣は藤本の背にそっと隠れた。
「んはー冗談だよ!今日もいい天気だねぇ。楽しいこといっぱいあるといいねぇ」
吉澤は無邪気に笑う。
つーか貴方が楽しくない日なんてあるんですか?
吉澤の笑顔を見ながら新垣はそっと思う。
「何言うてんのよっちゃん、美貴がおれば楽しいやろ?」
「ん゛っ・・・ぉおっとそうだった、ソーリーソーリー中曽根総理!」
「お前いつの人間やねん!」
なんだかなぁ。
朝からこんなテンションで疲れないんだろうか。それについてくもっさんももっさんだけど。
しかもきっちり微妙な関西弁。吉澤さん少し引いてるし。可哀相に。
引きつった笑顔を浮かべる吉澤。少し前を歩いていたがいきなり立ち止まる。
それに合わせる様にして二人も足を止める。
吉澤は一点を見つめたまま動かない。吉澤の視線の先。電信柱。電信柱?
「・・・あやや?」
「あやや?」
「おはよーございます、吉澤先輩!」
三人の視線が集まる電信柱の影からひょっこり現れた制服姿の女の子。
ニカっと笑って吉澤に抱きついた。
ぅわお、チャレンジャー!
隣りにもっさんがいるのに!
この子死ぬよ死んだよ、どうしよう私。
新垣は両手で顔を塞ぎながら指の隙間からそっと藤本を見る。
?
???
・・・もっさん?
新垣の目に映ったのは信じられない光景だった。
藤本は殴る事も蹴る事も怒鳴る事もせずにじっと見ているのだ。
それもただ見ているわけではない、心なしか頬をほんのり赤く染めて口元には微笑さえ浮かべている!
なんだ、なんなんだもっさん!どうしたんだ!そしてこの子は一体誰!
「松浦そろそろ離れてくれんとキュートなフェイスが見れないよ」
吉澤に背中をポンポン叩かれて松浦と呼ばれたその子はようやく体を離す。
新垣は吉澤を見る。その顔には満足そうな笑み。
松浦と呼ばれた子を見る。こちらも嬉しそうに笑っている。
てか胸!デカ!
吉澤の満足気な笑みの原因が分かった様な気がした。
そして藤本を見る。
・・・やっぱりおかしい。
どうして何も行動を起こさないんだ!
吉澤さんに近付く者に対しては老若男女構わず鋭い視線を送っていたのに。
触れようものならそれこそ一瞬で地獄図が展開されていたのに。
何でデレデレ笑ってるんだ!
「松浦も一緒に行くか?」
「はぁい是非!」
吉澤の一言で一緒に学校まで歩く事になった四人。
吉澤を真ん中に藤本、松浦が両隣りを固め少し離れて後ろから新垣がついて行く。
つーかアンタ誰だよホント。何で私の定位置にいるんだチクショウ。
横一列に並んで歩く三人の後ろ姿を見て新垣は少し寂しかった。
「貴方知ってるよ、がきさんでしょ?」
突然話しかけられて新垣は姿勢を正す。
前を歩いていたはずの松浦が隣りにきていた。
「私松浦亜弥。二年生だよ、あややって呼んでね!」
「は、はぁ・・・」
はきはきと喋り手を差し出して来る。いまいち勢いに乗れずそれでも握手する。
ゾクッ。
何?何今の!?
新垣はパッと手を離し辺りを見渡す。気のせい?
「・・・あ、は、あはははっ、ホントだ、面白ーい!」
髪を振り乱し周囲を見渡す新垣を指差して松浦は高らかに笑う。
さらさら綺麗なソプラノを耳に新垣は頭を振る。
何だったんだ、今の。
「ね、がきさんて呼んで良い?」
声に顔を向けるとニコニコ笑う松浦の姿。
新垣は困った様に笑って頷いた。
「唯ちゃんから聞いてたんだよ、がきさんの事」
唯ちゃん?
あぁ、関西弁巨乳の二年生か。
松浦さんも二年生か。なるほどね。
「でもねー、実はだいぶ前から知ってたんだな、コレ」
嬉しそうに口元に手をやるとにゃはっと変な声で笑った。
「ま、これからもよろしくっ!」
そう言ってまた手を差し出してきた。
無視する訳にもいかないので曖昧に笑って握り返す。
ゾクゾクっ!
背筋を冷たい汗が伝い、手を離してガチガチとゆっくり振り返る。
あぁ、死ぬ。死んだ。
お父さんお母さん、私は今日短い一生を終えます。親不孝な娘でごめんなさい。
生んでくれてありがとう。短い一生だったけれどとても楽しかったよ。
そして先に旅立つ不遇をお許し下さい。
新垣は目を閉じた。そしてその時を待った。
見てしまったのだ。
鬼。いや、それ以上の形相で自分を睨み付ける藤本の姿を。
ここで死んでしまうのだと本能が言っていた。
新垣は待った。藤本の鉄髄が下されるその時を。
じっと待った。ぐっと待った。ズバッと待った。
だがそれはいつまで経ってもやってこなかった。
その代わりに吉澤の能天気な声が聞こえた。松浦の綺麗なソプラノが聞こえた。
新垣は恐る恐る片目をうっすらと開けた。
遥か遠く前方に二人の姿が見える。二人。二人?
「おい」
ひぃぃいいっ!!
「はははははひゃい?」
耳のすぐ後ろから聞こえてきた低い声に背筋を伸ばす。
心臓が止まりそうだ。もうちょっと頑張ってマイハート!
「何でお前亜弥ちゃんとトークしてんだよ」
トーク?いやトークも何も一方的に向こうが話してきただけあばばばば
「さっき手握ってたな?」
背後から首に腕をかけられ絞められる。
ギブサインを出すものの藤本は気にもせずに片方の腕で新垣の右手を持ち上げる。
あ、ヤバい。息が。
死ぬ死ぬ助けて。
「よし、間接握手だ」
うひゃあきもちわるいやめてはなして!
窒息寸前首から腕が離れ肺一杯酸素を取り込む事は出来たがそれは一瞬にしてまた吐き出された。
新垣の目の前で上下に大きく揺れる繋がれた手。
新垣と藤本。
何関節握手って。
もっさんやめて何かホント気持ち悪い。貧乳移りそうだから早く離して。
そんな新垣の思い空しく藤本は更に力を込めて手を握る。
その顔には変態チックな笑みさえ浮かんでいる。
つーかどう見てもおかしいだろコレ。
登校中に固い握手を交わす二人。ってどんな物語だよそんなの知らないよ。
ねぇそこの人つっこんでよ。知らない振りして通り過ぎないでよ。何してるんですか?って聞いてよ。
え?聞けない?そりゃそうだね悪かった。そうだよ全くもって君の言うとおりだ。
狂犬と呼ばれ恐れられている人物がニタニタ笑ってたらそりゃ声もかけられんわな。目も背けたくなるわな。
そう、そうだよ、悪かった私が悪かった。
「ぅおーい何してんだぁ?何それ新しいゲーム?あたしも混ぜやがれこんちくしょう!」
そう、こんなアフォな奴じゃない限り声はかけれんわな。
つーか吉澤。お前はこれのどこがゲームに見える。
混ざりたい?あぁ混ぜてやるとも。つーか代われ。
あぁもうどうしよう。
この先おっぱいが成長しなかったらぜったいもっさんのせいだ。呪ってやる。
新垣は泣いて笑った。手は離れた。
吉澤が走って来る。その後に松浦の姿。
新垣の隣りで藤本は右手を高々と掲げると満足げに笑った。
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