
固まったまま動かない新垣と藤本。真面目な顔をする吉澤。
沈黙。
「じ、じゃあ美貴と付き合う?」
重苦しい沈黙は藤本の一言で破られた。
吉澤は笑って首を振る。
「いや、ミキティとは付き合えない。
決めたよ、よしざーはオンリーロンリーヒーちゃんになる。一匹狼だ。カッコいーだろ?」
がっくり頭を下げる藤本を見ないふりして吉澤はわははと笑う。
その声で新垣の頭はやっと動き出す。
「ちょちょちょちょっと待ったぁ!!」
大きな声を出して立ち上がる新垣に二人の視線が向く。
「なんで、そうなる」
新垣の問いに吉澤は暫し考え込む様な仕草を見せ、ゆっくりと口を開く。
「だってどっちか一人なんて選べないよ。二人同時に付き合うのが悪いってんならもう二人とも付き合わない」
「そんな、あいぼんがあんまりじゃないですか!」
「ははは、がきさんは我が儘だなぁ。じゃあ私はどうしたらいい?」
逆に吉澤に問い掛けられ新垣は言葉を無くす。
我が儘。
岡田さんとあいぼん。
吉澤さん。もっさん。自分。
私はでしゃばっているのだろうか。自分勝手なのだろうか。
お節介なのだろうか。我が儘なのだろうか。
私はどうしたいんだろう。何がしたいんだろう。
あいぼんに幸せになって欲しいと思った。
だけど吉澤さんは岡田さんとも付き合ってた。
岡田さんと別れて欲しかった?ううん、そんな事はない。
岡田さんにも幸せになって欲しい。
じゃあどうしたらいい?
私が今してる事は間違ってる?
吉澤さんが二人同時に付き合う事は間違ってる?間違ってるよ。そんなのいけない。
でも吉澤さんと付き合う事が二人の幸せならそれは間違っていない?
なんだ、なんなんだ?もうわけがわからない。
なんなんだよちくしょうめんどくさいな、私は頭が悪いんだ!
ここ最近の出来事が目まぐるしく脳内を駆け巡る。
巨乳になりたい藤本。
岡田唯ちゃんDカップ。
巨乳が好きな吉澤。
あいぼん。
吉澤の事が好きな藤本。
こしあんが好きな吉澤。
二人と付き合う吉澤。
選べない吉澤。
藤本とは付き合わない吉澤。
ピコーン!
「吉澤さんは卑怯だ!」
「へ?」
「選べないのはどっちかを選べば片方が悲しむからなんて思ってるんでしょう?
そんな貴方は優しいけどその優しさは残酷だ!」
「いや、がきさ」
「傷ついたり傷つけたりするのが恋愛だ!それが出来ない人は人を愛する資格なんかない!
出来ない貴方は卑怯者の臆病者だ!!」
新垣はビシッと指を指した。その先には目を見開いたまま固まる吉澤の姿。
ああしまった。人に指向けるなってお母さんに言われてたのに。
勢いに任せてついやってしまった。新垣はゆっくりと腕を下ろす。
興奮していた。何かが分かった様な気がしてドキドキしていた。
あぁ、これか。
新垣は思い出す。藤本が言っていたあの言葉「本物のよっちゃん」
優しくてカッコよくていつもニコニコ学園一のスーパーヒーローの正体。
それは残酷なまでに優しくて笑えるほどに臆病な一人の人間だった。
「はっはぁ、バレちまったらしょうがない。そうだよ私は卑怯者で臆病だ。なんか文句あるか?」
「いえ別に」
「なんだよあるんだろ言えよ。
えー吉澤さんがそんな人だったなんて信じられなーいとかさ、あるだろ?言えばいいじゃん!」
「・・・吉澤さんって、寂しい人間ですね」
「私は寂しくなんかないよ」
「嘘です。そうやって貴方はいつも嘘を吐く。おどけて見せたりカッコつけてみたり」
「はは、分かった?だって皆がそうゆう私を求めてるんだもん。皆が求める限りこの衣装は脱げないよ」
「疲れませんか?」
「だってもう六年近くやってんだよ?慣れたさ。まぁたまに死にたくなるけどね」
「・・・だからこの学園出て他の大学行くんですか?」
「違うよ、本当にやりたい事があるんだ。でもそれも少しはあるかもね」
吉澤は乾いた笑い声をあげた。新垣は悲しくなった。
吉澤の事を可哀相だと思った。
新垣のポケットの中で携帯が低く唸った。藤本からメールが来ていた。
そういえば藤本の姿が見えない。携帯を開いた。
ごめん、おっぱい薬飲むの忘れてたから先帰る。
本物のよっちゃん、分かったよね?
おっぱい薬って何だよ。
本物のよっちゃん、ねぇ。
「吉澤さん」
「ん?」
「もっさんの事好きでしょう?」
「・・・まぁ、嫌いではないね」
「またそうやって誤魔化す」
「いや・・・だって・・・」
俯いて頬を赤らめる吉澤。
うほ?やだちょっと何これ。吉澤さんが乙女チック!
「何見てんだよ!」
ジロジロ見てたら殴られた。
吉澤は立ち上がってストレッチを始める。
あぁ、なんかこうゆう所もっさんに似てるなぁ。
吉澤の背中を見ながら新垣はぼんやり思った。
「がきさんの言うとおりだよ。ミキティの事が好きだ」
「じゃあなんで付き合わないんですか?」
「だっておっぱい小さいもん」
吉澤の答えに全身から力が抜けくたりと床に倒れこんだ。
本物のよっちゃん=巨乳ハンター?
笑うしかなかった。
「うそだよ」
顔を上げると真面目な顔をした吉澤がいた。
「ミキティの事は好き。でも付き合えない。付き合うのは怖い。
何かが壊れてしまいそうな気がするから今のままでいい。今の、この関係のままでいたいんだ」
「・・・やっぱり臆病者ですね」
「ははは・・・嫌いになった?って、元から嫌われてたんだっけ」
「いえ。今の吉澤さんは少し好きです」
吉澤はありがとうと言って軽く笑った。
帰り際吉澤ママに挨拶していこうと思ったが吉澤ママはいなかった。
アディオスがきさん!と笑う吉澤はいつもの人気者の吉澤だった。
自宅に戻ると家族が帰ってきていた。楽しそうに笑っていた。
少し疎外感を感じて新垣は寂しかった。
皆で夕食をとって自分の部屋に戻るとタイミングよく鳴る窓ガラス。窓を開けて藤本を入れた。
「仲直りしてきた?」
「仲直りも何も喧嘩なんてしてませんよ」
「あっそう」
不機嫌そうに、でも笑いながら藤本は言った。そしてストレッチを始める。
他愛もない話をしながら藤本はバストアップに精を出し新垣は眉毛の手入れをする。
15分程すると藤本は自分の部屋に帰っていった。
てゆーか何でわざわざこっちきてやるかねえ。別にいいけど。
それより疲れた。ひじょーに疲れた。
でもすっきりしていた。ベッドに入るとすぐ夢の中へ落ちていった。
何事も無く日曜日が過ぎて月曜日。
登校し教室に入ると加護の姿があった。鞄を置いて近付く。
「あいぼんおっはー」
「あ、がきさん。おっはっはー」
振り向く加護はニコニコ笑っていた。
吉澤さん、別れてないのかな。
トントン。
肩を叩かれる。耳貸してと加護が囁く。
「よっすぃーと別れちゃった」
「・・・ぅえぇええぇあ!?」
「あははははがきさんその顔おもしろいってかうるさい耳痛い」
口をあんぐり開けた新垣の目の前で加護は耳を押さえて笑ってみせる。
新垣の頭は少し混乱していた。
吉澤さんが別れた。
あの臆病者の卑怯者が。
私が二人と付き合うなって言ったから?私のせい?
「マジで?え、あ、てか何で?」
「何かな、そろそろ受験勉強で忙しくなってあまり会えなくなるんやって。
そうなるときっと私が寂しいし辛いだろうで別れちゃおうってさ」
「はぁ」
「せやけど、学校では会えるしまた一緒にデートしようねって言ってくれた」
「ほぉ」
「今日も一緒に学校来たんだぁ」
だからあんまり別れた感じがせえへん。まだ付き合ってるみたいや。
そう言って加護は幸せそうに笑った。
勉強が忙しい?
言いにくい理由がある時の典型的な言い訳だ。
本当の事が言えない吉澤さんは臆病で卑怯だけどやっぱり優しい。
なんて言うか。まぁいいや。
私が口出しする事じゃない。
吉澤さんとあいぼんと岡田さん。
それぞれがそれぞれに幸せになったらいい。
「ね、あいぼん」
「ん?」
「アンパンマンの中身って何だと思う?」
「なんやぁ?いきなり」
「いいからいいから。何だと思う?」
「チョコ」
だって黒いやん?
『あんぱん』って言っときながら中身チョコやったら嬉しくない?
加護はおかしそうに笑った。
確かに黒いけどね。あんこじゃないね。あんぱんまんじゃなくなっちゃうね。
もっさんだったら何て言うだろう。海苔の佃煮とか言いそうだな。理由はもちろん黒いから。
放課後。
帰り道を藤本と二人で歩く。
「よっちゃんね、二人と別れたってさ」
「みたいですね」
「あーあ。何で美貴とは付き合えないかなぁ?めっちゃ愛してるのに。こんな良い女滅多にいないよ?」
空に向かって愚痴る藤本を新垣は複雑な思いで見つめた。
吉澤さんがもっさんと付き合えない理由。それを自分は知っている。
だけど言わなかった。それは吉澤さん自身が言うべき事だから。
「・・・まぁ吉澤さん怖がりですからねぇ」
「なに、美貴が怖いって事?」
うん、怖い。怖いよ。
立ち止まりギロリと睨む藤本にブンブン首を振って否定する。
「ま、いいんだけどね」
藤本は軽く笑って歩き出した。
新垣は慌てて後を追う。
「あ、もっさん」
「ん〜?」
「あんぱんまんの中身って、アレ何でしょうね?」
「何、よっちゃんに刺激された?」
「や、なんで吉澤さん?」
「あれ、知らなかった?よっちゃんアンパンマン大好きっ子なんだよ。かばおくんになりたいんだって」
「ほぅほぅ。あ、で、何だと思います?」
「さぁ、イカ墨でも入ってんじゃね?黒いし」
藤本は面倒臭そうに言うと歌い出した。
あんあんあんぱんまーんやーさしっいきっみはー
いっけーみんなのゆーめまーもるったーめー
あぁ、なんか似てる。
新垣の頭の中で吉澤とアンパンマンが肩を組んで笑う。
あんあんあんぱんまーんやーさしっいきっみはー
サビの部分だけしか知らないし歌詞もあってるのか微妙だ。だけど楽しい。エンドレスで歌い続ける。
今度吉澤さんの前で歌ってやろう。
秋の夕空に二人の歌声が響いた。
―臆病者への讃歌―
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