ドンドンドンドンドン!

その内外れるんじゃないかぐらいの勢いで叩かれる新垣家の白いドア。
新垣は目に涙を浮かべていた。そして両親を呪っていた。
酷いよ酷いよあんまりだよ!
1人だけ置いてけぼりだしこんな怖い人がやってくるなんて!
新垣の目からはもう涙が溢れそうだった。だがその涙が溢れる事はなかった。

「がぁーきぃーさぁーん!!」

近所一帯に聞こえていそうな大きな声が聞こえて、新垣の涙は引っ込んでいった。
新垣は慌てて立ち上がる。この声は!

「おい豆がき!」

紛れもなく藤本の声だ。
新垣は急いでドアを開けた。

「おい豆がっ・・・ぶぁはははは、なんじゃその格好は!」

ドアを開けたすぐ目の前にあったのは鬼の様な形相をした藤本の姿。だがそれはすぐにくしゃっと笑顔に変わった。
そうだ、恐竜パジャマ。
かぁーっと顔が赤くなる。
なんだよそんなに笑わなくても。お気に入りなんだぞ!
ゴホンゴホンとわざとらしい咳をしながらとりあえず藤本を中に入れる。

「一体なんなんですかいきなり」

「やー、部屋にお邪魔しようかと思ったんだけどさぁ、がきさんいないんだもん。つーかその格好、寝起き?」

藤本はまだ笑っている。
新垣はボサボサの頭を掻いた。

「とりあえず着替えてきますんでここにいてください」

そう言い残して二階へ上がる。
しかしもっさんだったとは。
半端なく怖かったぞ。
服を着替えてリビングへ戻る。何やらニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて藤本が立っていた。

「がきさん置いてかれたんだ?」

そう言って指差したのは新垣が無意識の内に破っていた一枚の紙切れ。
藤本は哀れむ様に笑う。
少し悲しくなって新垣はその紙切れをゴミ箱に捨てた。

「って事はお昼まだなの?」

藤本は壁に掛かっている時計を見ながら言う。
まだですよ?と答えると振り向いてまたニヤッと笑った。

「美貴と、デートする?」


近所のファーストフード店でハンバーガーとポテトを腹に納めた二人。
今はオレンジジュースを藤本が、新垣はアイスコーヒーを飲みながらまったりとしている。

「そういえばもっさん」

新垣の声に藤本はジュースを飲みながら、ん?と目だけを上げる。

「なんか用だったんですか?」

お邪魔しようと思ってとか何とか言ってましたよね。
藤本は思いだしたようにうんうん頷くと残っていたオレンジジュースを一気に飲み干した。

「そうだそうだ、思い出したよ。こんな事してる場合じゃない、行くよ」

藤本は席を立って新垣を急かす。

「行くって、どこ行くんですか!?」

コーヒー片手に眉間に皺を寄せた渋い表情で困ったように新垣は叫ぶ。
店を出ようとしていた藤本は振り返ってまた笑った。

「よっちゃんち!」


強制的に連れてこられた初めて見る吉澤の部屋は以外にも普通だった。
アホで馬鹿で変態だから住まいもきっとおかしいに違いないという新垣の予想はあっさり外れた。
全然普通だった。
普通というか綺麗だった。自分の部屋よりずっと綺麗で新垣は少し悔しかった。
さっぱりすっぱりあっさりしていてあまり生活感が感じられなくて少しどこか寂しい感じがした。
それが以外で新垣はキョロキョロそわそわと落ち着きがなかった。
藤本はそんな新垣を見て笑った。

「がきさん落ち着きなって、キョドってるよ、どーしたの」

「ぅえ?あ、やー、何か以外だなぁと思って・・・」

「部屋汚いと思ってたんでしょ?」

「えぇ、まあ」

新垣は素直に答える。
しかしなんだ、もっさんはまるで普通だ。
そりゃあ自分よりかは吉澤さんと凄く仲がいいし、
部屋に来るのだってきっと初めてじゃないとは思うけれど何かおかしい。
新垣は体中がこそばゆくてなんか変な感じがした。

「やぁやぁお待たせ。マイマザーが客人にこれを持っていけと五月蠅くてね」

ドアが開いて吉澤が姿を現す。その手にはティーカップやらお茶菓子やらが乗った小さなお盆。
マイマザー?
おかしいな、「今日家に誰もいなくてさ、ヒーちゃん寂しかったんだよぅ」って言ってたのに。
帰ってきたのだろうか、後で挨拶しておかなければ。
思案を巡らせる新垣をよそに藤本はどこからか小さなテーブルを引っ張りだし、
その上に盆を置いて吉澤は手際よくお茶を入れる。

「ハーイがきさんプレゼントフォーユー」

「あっ、ありがとうございます」

吉澤が差し出したカップを受け取り礼を言う。吉澤はニィっと笑った。
新垣は慌ててそっぽを向く。そうだよ、何受け取ってんだ何でお礼言ってんだ。
吉澤さんの事嫌いになったばかりじゃないか。
昨日のやり取りを思いだし、現在の状況を改めて見直し、少し反省する。
しかし吉澤は先日の出来事などまるですっかり忘れてしまっているかのようにデレデレベタベタとじゃれついてくる。

「ねーがきさんあっち向いてホイしよーよー」

ベタベタとくっついてくる吉澤を新垣はおもいきり振り払った。
飛んでいった吉澤は驚いた様に目を見開き、それでも笑う。

「ありゃ?よしざーがきさんに嫌われちゃった形?」

楽しそうに言いながら新垣と藤本を交互に見やる。新垣はフン!と顔を背けた。
一方藤本はここぞとばかり吉澤に抱き付きに行く。

「もーよっちゃあん、美貴がいるじゃない」

吉澤はハハハと乾いた声で笑うと襲いかかってくる藤本を躱す。
避けられた藤本の腕は虚しく宙を掴んだ。

「がきさーん、こっち向いてよー。キュートなフェイスをショーミー!ショウミープリーズ!」

吉澤はしつこくちょっかいをかけてくる。
しょうがなく振り向いた新垣を突然襲うフラッシュ。
何?なんだ?なにがおこった?

「イェア!がきさんフェイスGETだぜ!」

視力が戻った新垣の目に写るのはカメラ片手に親指を立てる吉澤の姿。
新垣はもう疲れてしまって溜め息を吐いた。

「ありゃ、がきさんってばアーミッシュ?」

「・・・はぁ、なんですかそれ?」

「だいじょぶだいじょぶ写真取ったくらいで魂なんて抜かないから抜けないからホラ生き返れよ」

カメラじゃなくてアンタといるだけで魂抜かれそうなんだよ。新垣はまた息を吐く。

「吉澤さん」

「おぅ何だい?」

「私が昨日言った事覚えてます?」

「おぉーもちろん覚えてるとも、あたしの事嫌いなんだろ?」

「そうです。だから喋りかけないでください」

「やーだね。だって昨日『今』って言ってたじゃん。もう嫌いじゃないでしょ?」

「馬鹿なんですか?まだ嫌いです」

「ぅおーっと、ショックだ。ヒーちゃんショックだよ」

がっくりと肩を落とす吉澤を新垣は冷めた目で見た。
何がショックだ。笑ってるじゃないか。
新垣は吉澤から受け取ったカップに口をつけた。紅茶は少しぬるくなっていた。
新垣に相手にされなくなった吉澤は藤本と会話を交わす。

「つーか何で家きたの?」

「歩いて」

「違うよ、何か用だった?」

「んふー、よっちゃんさんに会いたかったのー」

「あ、そう。がきさんも?」

「違います!私はもっさんに連れてこられただけです!吉澤さんになんか会いたくありません!」

「あらら、それはご愁傷様。ミキティ、何でがきさん連れてきた?」

「あ、もしかして美貴だけの方が良かった?」

「いや、それはないね」

「そんなはっきり言わなくても・・・よっちゃんとがきさんに仲直りして欲しいの」

「仲直り?」

「うん、何か喧嘩してんでしょ?」

「何言ってるんだ、喧嘩なんかしてないよ。なぁがきさん?」

「ぅえっ!?してますよ、私怒ってますもん」

「それがきさんが一方的に怒ってるだけだろう?少なくともあたしはしてないね。
LOVE&PEACE、喧嘩なんて馬鹿がするものさ」

うーん、アンタ今凄くカッコいい事言ったかもだけど貴方にだけは言われたくない。
新垣はやれやれと首を振った。

「吉澤さん」

「はい、何でしょう」

「貴方悪いと思わないんですか?」

「はぁ、何が?」

「あいぼんと岡田さん、二人同時に付き合うって事!」

「・・・がきさんは悪いと思う?」

「当たり前じゃないですか!」

「・・・そっか・・・」

急にシュンとなり爪を噛む吉澤。
え、何?何この雰囲気。私何か悪い事言った?
言ってないよ、普通の事言っただけだよ。なのに何でそんな静かになるの?
吉澤は爪を噛んだままじっと黙っている。
藤本を見た。吉澤のベッドに寝転がり我関せずとでも言う様に腹をポリポリ掻いている。オッサンかアンタは。
新垣は困ってしまってテーブルの上の茶菓子に手を伸ばした。

「よし分かった!」

あとほんの数ミリでビスケットに手が届きそうだったその時吉澤が叫んだ。
新垣は伸ばしていた腕を慌てて引っ込める。
が、その腕を吉澤がガッシリ掴む。

「分かったよがきさん、決めた!」

「なななな何がですか!?」

吉澤は新垣の目を見つめ、一つ深呼吸すると言った。

「がきさん、あたしと付き合おう」

「はぁあああ?」

「これでいいんだろ?」

「はっ?何が?意味分かんない」

「何でだよ、他の二人と付き合ってて自分が選ばれなかったのが悔しいんだろ?
始めっから言えよなー汗臭いんだから」

「それを言うなら水臭い。更に言うなら私吉澤さんとつきあいたくなんかありませんから!!」

「うんうん、分かってる。ジョークだって。そんな怒るなよ」

プンスカ怒る新垣に吉澤はヘラヘラと笑って見せた。
しかしその笑顔はすぐに引っ込んだ。
一つ二つ咳払いをして吉澤は再び口を開く。

「さっきのはただの冗談だけど、今から言う事はホント。嘘じゃないよ」

「・・・何ですか?」

「決めたよ。二人と、別れる」

吉澤は真面目な顔をして言った。