
「おっとぉ、がきさん朝方ぶりぶりざえもん!」
「あー、貴方、あー・・・がきさん?」
なんでなんでなんでなんで?
勢い良く二人の前に飛び出したのはいいが、目の前の光景に新垣はパニックに陥る。
あれ?吉澤さんの恋人は昨日からあいぼんでしょ?
今日だって一緒に登校してたじゃない。あいぼんだって言ってたよ、昨日から付き合ってるって。
え、恋人って、フツー一人につきお一人様限定でないの?
違うの?法律改正されちゃった?
わけがわからないよ。恋人ってなに?吉澤さんはあいぼんと付き合ってるんでしょ?
だったらなんで、何で
「手ぇえーっっ!!」
ラブラブ繋ぎしてるの!?
「ぅぐぁっ!や、殺られた!お主、なかなかやる、な・・・」
「バカッ!ちがーうっ!」
「めーん!こてーっ!どぉーっ?」
「お前馬鹿、手!ユアハンド!!」
「ん、これ?」
そう!さすがDカップ、アホ馬鹿間抜け三拍子揃った変態とはひと味もふた味も違う。さすが。って褒めてる場合か!
「ちょっと、吉澤さん!」
「ん、なんだい?」
「話があるんですけど!」
「告白なら間に合ってるよ」
だからなんでそこでDカップを抱き締める。
貴方の今の恋人はあいぼんじゃあないんですか?
「貴方に告白なんて一生有り得ませんから」
「嘘こけ、がきさん昔あたしの事好きだったろ?」
「なっ!?」
てんめぇ〜・・・嬉しそうな顔しやがってからに畜生め。
てゆーか気付いてたんですか。
あー、こんな変態の事を若気の至りとは言え一瞬でも好きになってた自分を殺したい。
なんだよ楽しそうにしやがって畜生。悔しいな。
「昔の事は覚えてません。そんな事より一つだけ聞いていいですか?」
「あーら、がきさんも大人になっちゃったのねえ。いいよ、何?聞きたい事って」
新垣は深呼吸する。
藤本の顔が、加護の顔が、岡田の顔が、順に浮かんでは消える。
「吉澤さんが今付き合ってる人って誰ですか?」
「・・・お前見て分からないの?」
いつかも聞いたこの台詞。やはり驚いたようなどこか憐れむような表情を浮かべて。
前回と違っているのはこれ見よがしにみせつけている繋いだ手。
新垣の鼻の奥がツーンと熱く、痛くなった。ふわふわ笑う加護の顔が脳裏に浮かぶ。
「あっ、あいぼんじゃないんですかっ?」
「お前聞きたい事一つだけって言ったろ、増えてるぞ?」
吉澤は困ったように笑う。
「答えてください!」
「やーだね。だって一つだけって言ったじゃーん」
「逃げるんですか?」
「・・・わかった、がきさん。明日話そう。必ず。だからちょっと今はホラ、勘弁してよ」
新垣に近付き吉澤は小さな声で言う。ホラ、と指差した先には岡田の姿。勘弁してよと器用にウィンクして笑う。
プッッチーン。はいアンタ今スイッチ入れたよ。何この変態マジむかつく!
「いいですよ!明日絶対ですからね!生きて帰れるなんて思わないでください!」
新垣はドン!と吉澤を突き飛ばすとそのまま走った。後ろなんて振り返らなかった。
畜生なんだよバカ!変態!
怒りが収まらなかった。
とても腹が立っていたけどそれと同時にとても悲しかった。
ニコニコ笑う加護の顔が頭から離れず、自然に涙が溢れた。あんなに幸せそうで嬉しそうだった。
それなのに。
酷いよ、こんなのってないよ。
新垣は泣きながら帰り道を走った。
ドンドンと窓を叩く音がする。振り返るとジャージ姿の藤本。窓を開けて部屋へ入れた。
「がきさーん、よっちゃんから変なメールきたんだけど」
「吉澤さん?良かったじゃないですか」
「違うんだって、これ。見て?」
吉澤と言う名前に敏感に反応し、渋い表情を浮かべていた新垣の前にずいと藤本は携帯を差し出す。
From:よっちゃん
Title:non title
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
みきちゃ〜ん、がきさんに
『明日の放課後屋上で★
優しくしてね!』
って伝えといてちょんまげマーチ☆
メールを読み終えると新垣は携帯をパチンと閉じ無言のまま藤本に返した。
ふざけやがって。なんだよちょんまげマーチって。収まりかけていた怒りが首を擡げる。
藤本は携帯と新垣とを交互に見やるとふうっと息を吐いた。
「がきさん、今日よっちゃんと何かあった?」
「さあね。知りません」
「はは、やっぱ怒ってる。よっちゃんの言うとおりだ」
「別に怒ってなんかないですよ。腹が立ってるんです」
「どう違うんだよっ!」
藤本は笑う。
確かに新垣は怒っていた。だが吉澤の予想通りになんてなりたくなかった。
だけど思い出しただけでも怒りが沸いてくる。あの変態野郎めが。
「ねぇがきさん、何で怒ってんの?」
「・・・吉澤さんに聞けって言われたんですか?」
「えっ?あ、あはははは、んなわけないじゃん、ほら、やっぱりそのー、ね、あのー、ね、気に」
「吉澤さんに、言われたんですね?」
「・・・そうです」
はぁ、やっぱり。
つーか何だよ気になるなら直接私に言え!変態チキン!
あ、でもそっか。
私達お互いに連絡手段持ってない。
唯一繋いでるのがもっさん。それじゃあしょうがないか。
「今日一晩かけてじっくり考えなさいって言っといて下さい。
何で私が怒ってるのか、それが分かったなら少しだけ優しくしてあげる、とも」
「りょーかーい」
藤本は楽しそうに言うと携帯を操作しだした。
不意に藤本の楽しそうな顔が加護の幸せそうな笑顔とダブる。
あ、やば。泣く。
慌てて机に突っ伏した。涙は溢れて止まらない。
ふーヤバい、もう少しでもっさんに見られるトコだった。
てゆーか今日泣きすぎだな、どうした?私。
涙を流しながらも、その泣いている自分をどこか客観的に眺めているもう一人の自分がいてどこか変な感じがした。
「がきさん」
藤本の声が聞こえる。
「・・・なんですか?」
「泣きたい時は我慢して泣くより思い切り泣いた方がいいよ」
その言葉に涙を拭いもせずに振り返る。
こちらに背を向けてベッドに寝転がる藤本がいた。
なんだよもっさん。悲しい時にそんな優しさ卑怯だよ。
余計に泣けるじゃないか。
新垣は久し振りに声を上げて泣いた。涙はポロポロ止まらなかった。
その間、藤本はずっと背中を向けていた。
静かだ。
涙は止まった。時々漏れる嗚咽もそのうち止まるだろう。
藤本は相変わらず背中を向けて寝転んでいる。
そうだ、この際に聞いてみるか。
「もっさん」
藤本の肩がビクッと動く。
「もっさんはなんで吉澤さんが好きなんですか?」
藤本は起き上がってようやくこちらを向く。
そして笑った。
「・・・やっと、聞いたね」
そう言えばそうだ。
藤本はもうかれこれ三年近くよっちゃよっちゃんと言い続けている。
なぜ今まで聞いた事がなかったのだろう。自分でも不思議だ。
「で、何でなんですか?」
「・・・がきさんには分からないよ、多分」
藤本はどこか寂しそうに笑った。
え、分からないって、どうゆう事?
「もしかしたら・・・もしかしたら明日、よっちゃんと話したなら少しは分かるかもね」
藤本は立ち上がった。
そして意味深な笑みを浮かべる。
「ま、本物のよっちゃんが好き。って事かな」
そう言い残すとおやすみーと窓を乗り越えて自室へと戻っていった。
よく分からない発言と共に残された新垣はしばし考える。
明日話せば少しは分かる?
本物のよっちゃんってなに?
本物の巨乳ハンター?
わからない。
藤本が見せたあの少し寂しげな笑顔もどこか引っ掛かる。
取りあえずは明日だ。
明日の、放課後。
変態ジゴロ野郎に話を付ける。
―ピピピピピピピピ―
甲高い電子音で目を覚ます。7時半起床。
ベッドの上でぅ〜んと体を伸ばすと階下へ下り、朝食を取る。
腹が減ってはほにゃららら。新垣はご飯をおかわりした。
朝食を終えると支度を整える。今日は決戦だ。いつもより念入りに眉毛を整える。久し振りに前髪を上げた。
「いってきまーす」
外に出ると今朝もまた先日と変わらず腕を大きく振る藤本の姿。
「がきさんおハロー」
「おハローございます!」
「おぉー、今日気合い入ってんねぇ。侍だ、ラストサムライ」
ちょんまげちょんまげちょんまげまぁちござるはおさるでモンキッキー!
楽しそうに歌いながら藤本はポンポンと手の平で新垣のちょんまげをいじくる。
「今日は決戦ですからね。負けません!」
「おー、がきさんカッコいー」
鼻息荒く決意を口にする新垣と面白そうに笑う藤本。
二人は学校へ向かう。
そして放課後。屋上。
向かい合って立つ二つの人影。
乾いた風が枯れ葉を乗せて二人の間を通り過ぎる。
ヘラヘラ笑う吉澤と怒りの表情を浮かべる新垣。
「まぁがきさん、そんな怒ってると可愛い顔が台無しだよ。笑ってごらん?笑顔プリーズ、ギブミースマイル」
「笑える訳ないでしょう。私が何で怒ってるのかちゃんと考えたんですか?」
「おおっと、そうだった。そう、昨日ちゃんと考えてたんだよ」
吉澤は相変わらずヘラヘラと笑いふざけた様子。
一方新垣は藤本直伝の腕組みと鋭い睨みで吉澤を冷たく見据える。
「で、分かったんですか?」
「ああ。何で怒ってたのか、気付いたよ。ホント、申し訳ない」
「本当に気付いたんですか?」
「ああ、気付いた。がきさんはこしあんでもなくつぶあんでもなく白あんだと思ってたんだろ?」
「・・・はぁ?」
「ホント、悪かったよ。色が黒いからといって白あんを選択肢に入れなかったのはマズかった。
反省してる。マジで謝るよ。」
いや、黒かったら白って言わんだろう。てゆーか何?意味分かんないんですけど。
「ちょっと吉澤さん?何の話してるんですか?」
「え?だからアンパンマンの中身の話だろ?選択肢に白あんが無かったからがきさん怒ってるんだろ?」
「うん、死ね」
新垣は笑った。笑って屋上の柵の向こうを指差した。
この人ほんまもんのアホや。いっぺん死んで生まれ変わらな治らへんわ。いや、死んでも治らんかもわからへん。
新垣は笑顔を浮かべたまま心の中で泣いた。
この人と少しでも真面目に話せると思っていた自分が馬鹿だった。少し反省した。
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