
よっちゃん。
ここで彼女について説明しよう。
よっちゃん、よっすぃ、吉澤ひとみ。
ハロモニ女子学園高等部に在学する、藤本と同じ三年生。元バレーボール部のエースアタッカー。
容姿端麗なスポーツ天才マンだ。勉強は出来ないが(というかアホ)、それもまた彼女の人気に拍車を掛けている。
彼女はこの学園の人気者。下は初等部一年生から上は教師や保護者までその人気は絶大だ。
フランクな人柄とパシフィックオーシャンのように広い心(自称)で学園生の心を常にGET&CATCH!鷲掴みだ。
で、同じ学園生である藤本さんもそこらの学生と変わらず、吉澤さんにガッとグッとギュッと心を鷲掴みにされた一人なのである。
「豆、行くぞ」
「ぅお?あ、はいっ!」
脱兎の如く駆け出した藤本の後を追う。つもりが足が痺れて転んでしまった。
藤本はそんな新垣を気にも止めずにテッテッテッピョ〜ン!
「ひょっちゅわぁんすわぁ〜ん!!」
それ何語?
キラキラハート振りまいて勢いつけてそのままダイブ!
その先にいた吉澤は動じる事なくがっちりキャッチ!凄い、10点満点だぜブラボー!
つーか公開駅弁やめれ。
地べたにはいつくばる新垣をよそに藤本と吉澤はイチャイチャパラダイスまっしぐら。
「わお、ミキティどうしたんだい発情期?」
「いやんよっちゃん知ってるくせに」
「アウ!そうだった、君は万年発情期だったね、ソーリーソーリー森総理!」
「もぅ、バカ」
そうして二人はイチャこき出す。
新垣は同性愛や同性愛者に偏見は持っていなかった。
持ってはいなかったが、自分の直ぐ目の前でやられるとさすがにちょっと、ねぇ?耐えられなかった。
「こーらこらこらこらこらこらこらぁーっ!」
「新垣てめぇ・・・」
「おーぅガキさん!お久しブリーフトランクス!」
「お久しブルマー」
突然の乱入者に藤本は顔をしかめ、吉澤は顔を綻ばせた。
大きく腕を広げ軽くハグする。新垣は赤面した。実は昔、少しだけ吉澤の事が好きだったのだ。
「どうしたの、こんな遅くまで学校いるなんて」
過去の記憶を思い起こす新垣に気付くはずも無く、吉澤は体を離すと問う。
いや、私に聞かれても。
新垣は藤本を仰いだ。
そして反射的にそっぽを向いた。
鬼だ。赤鬼だ。鬼が立っている。
ケラケラと吉澤の笑う声が聞こえた。
「美貴ちゃんいーねー、その表情ナイスだよー!うん、最高だね!」
とある噂によると吉澤は付属の大学ではなく、芸術系大学への進学を希望しているらしかった。
なんでも映像作品を作りたいらしく、最近の学内ではハンディカメラを手に走り回る吉澤の姿が多数目撃されていた。
そんな吉澤の心に藤本の怒りの表情がヒットしたらしい。
吉澤は手を叩いて喜んだ。新垣も心の中で手を叩いて足を鳴らして喜んだ。ナイス吉澤グッジョブ吉澤!
新垣は知っている。藤本の弱点を。それは吉澤。
新垣は神様なんて信じていない。だから神様ではなく吉澤に心の中でこっそりお礼した。
振り返って見ると案の定藤本はデレデレとだらしない笑みを浮かべ吉澤にくっついている。
はぁ、なんだかなぁ。
助かったんだけど、なんだかなぁ。
「で、なんでいんの?」
吉澤は再び問う。その声に藤本はパッと体を離した。
おや、空気が変わった?なんかピリピリ痛いぞ?
何が始まるのかは分からないが自分の身を案じて新垣はその場から少し離れた。
「よっちゃん」
「ん?」
「最近私の事避けてるでしょ」
「ななななにをいっているんだ、ミキティ、何故そのような事を言う」
「うっさい。なんで避けてんだ馬鹿」
「だだだだから避けてなんかないってば、ホラ、今こうしてあってる」
「逃げようとしたくせに」
吉澤は可哀相なくらいに汗をかいて笑顔のまま固まってしまった。
藤本は目をつり上げ鋭く冷たく睨みを効かせている。
新垣はもう帰りたかった。この後起こる事が何となく予想出来てしまったから。
自分には関係ないしもう帰りたかった。空腹を通り越して気持ち悪くなっていた。
それでも藤本が帰ろうと言わない限り自分は帰れないのだ。何だか情けなくて泣けてきた。
「今度はどんな子?」
そんな新垣の気も知らず藤本はヒートアップ。目をギラギラさせて吉澤を睨み付ける。
怒りMAX怒りまくりすてぃなもっさんを直視出来るんだもんなーやっぱ吉澤さんって凄いや。新垣はぼんやり思う。
「中に、いるよね」
悪魔のような笑みを浮かべて藤本はバレー部の部室を指差した。
しらを切る事を諦めたのだろうか、吉澤は力無くうなだれがっくり膝を突いた。
「がーきーさんっ!」
突然自分が呼ばれる。
呼んだ本人を見ると可愛らしくニコニコ笑ってバレー部の部室を指差している。
「連れてきて?」
っだあ、んだよぉ、そんくらい自分でやって下さいよぉ的な事を新垣は言いたかったが言わなかった。
藤本はニコニコと笑ってはいたが目が笑っていなかった。
渋々、それでも素早く部室の前に立ちそのドアをそっと開く。
「・・・よしざーさん?」
聞こえてきたのは関西訛りの可愛らしい声だった。
顔を突っ込み声の主を探す。
ぅおう!おっぱい!
新垣の目に写ったのは豊満な乳房。
「アレ、ちゃうやん。貴方誰ですか?」
のんびりと話すその子に新垣は見覚えがなかった。
でも高等部の制服を着ているという事は二年生か三年生だ。
「あー、一年の新垣です。貴方は?」
「あたし?二年生や。二年の岡田唯言うんよ」
岡田さんはニッコリ笑った。
その笑顔を見て新垣は胸が苦しくなった。出来る事なら見なかった事に、いなかった事にしておきたかった。
だけどそれは出来なかった。新垣は今の藤本が怖かったのだ。
「・・・あー、岡田さん?ちょっと、外出てもらっていいですか?」
「ん〜?ぇえよー」
岡田さんはやっぱりニッコリ笑った。
新垣は自分が今とてつもなく悪い事をしているのではないかという自責の念に駆られた。それでももう、しょうがなかった。
「そいつか」
藤本の声が聞こえる。
新垣は目をギュッと瞑った。岡田さんの顔を忘れようと思った。
耳を塞いだ。藤本の声も、その内聞こえてくるであろう岡田さんの声も聞きたくなかった。
ところが、耳を塞ごうとしたその瞬間、新垣は聞いてしまった。
「よっちゃんのばかーっ!!」
ぅえ?なんで吉澤さん?
新垣が振り返ると猛スピードで小さくなっていく藤本の後ろ姿。
それとボーッと立ち尽くしたままの岡田さんと同じくボーッと立ち藤本の後ろ姿を見つめる吉澤の姿。
何が起こったんだ?
「がきさん、何アレ?」
怪訝な表情を浮かべ吉澤が聞いてくる。
いや、何アレと聞かれても私も聞きたい。しかも自分一人で帰りやがって。新垣は顔をしかめた。
「・・・とりあえず、今回は助かった形?」
「まぁ・・・そうなんじゃないですか?」
今回は、というか今の所は、だと思うけれども。
新垣が答えると吉澤は嬉しそうに笑った。
何が起きているのか全く理解出来ていない関西弁巨乳の岡田はまだボーッと立っている。
「で、今度はあの子なんですか?」
新垣は吉澤に近付き小さな声で聞いた。吉澤はニヤニヤといやらしく笑う。
「そーなんだよがきさん、よくぞ聞いてくれた。紹介しよう、我が輩のニュープリンセス、岡田唯ちゃんDカップだ!」
吉澤に名前を呼ばれ岡田はヒラヒラと手を振る。
笑顔を浮かべ手を振り返しながら愚問だとは思いながらも吉澤に聞く。
「選んだわけはなんですか?」
「お前分からないのか?」
吉澤は驚いたような憐れむような表情を浮かべる。
いや分かりますけど。見ただけで全然わかりますけど、貴方の口から聞かないと。
こっちはこの後もっさんに一言一句間違わないようにして伝えなければならないんですよ。
「なんなんですか?」
「おっぱい」
やっぱり。
吉澤に新しい女が出来たと知ると必ず睨みを効かせ2、3発蹴りをいれていたあの藤本が尻尾を巻いて逃げ帰るのも頷ける。
藤本の弱点は吉澤と胸だった。
新垣は空を仰いだ。もう星がチラホラと見えている。早く帰りたいと思っていた家に帰りたくなかった。
帰ったら藤本は真っ先にこの話を口にするだろう。新垣は話したくなかった。
藤本は怒るよりきっと悲しむだろうと思った。藤本の悲しい顔を新垣は見たくなかった。
心の底から幸せそうな笑みを浮かべヘラヘラとする吉澤の事が初めて憎いと思った。酷いと思った。
それでも、帰らなきゃなあ。
新垣はくるりと吉澤に背を向けトボトボと歩き出した。知らずに溜め息が出た。
何だか悲しかった。
「がきさん帰んの?」
吉澤の声が聞こえる。
見たら分かるでしょう、貴方馬鹿なんですか?ああ、馬鹿でしたね。
「さよなら三角またきて四角ってな!しーゆーとぅもろ〜!」
吉澤の大きな声に偉そうだとは思いながらも片手を上げるだけで答えた。
いつもなら楽しいはずのふざけた言葉が今この瞬間とても耳障りだった。
早く帰らなければ。
ようやく家に辿り着いた新垣を出迎えたのは母の怒声と人参ばかりゴロゴロ入った冷めたビーフシチューだった。
新垣は食後の事を考えると気が重くなった。食が進まない。
人参ばかりだしビーフシチューなのにビーフのビの字も見当たらない。溜め息が出る。
「早く食べてしまいなさい!」母に怒鳴られ、やるせなくてまた溜息を吐いた。
夕食を食べ終えると新垣は重い腰を上げた。二階へあがりたくなかった。
自分の部屋へ行きたくなかった。でも、行かなきゃなぁ。
階段を一段ずつゆっくりと上っていく。自分の部屋の前でいったん立ち止まり、大きく深呼吸する。
よし、行くぞ!
両頬をパン!と叩き気合いを入れると新垣は自室のドアを大きく開けた。そして閉めた。
どどどどどうしよ〜怖いよ恐ろしいよえすかごたる〜!!
幽霊見ちゃった。
肩で大きく息をする。ドアノブを掴んだ両手は汗でグッショリビッショリ。膝はカクカク笑っている。
ヤバいよいい年してお漏らししちゃいそうよコレ。
新垣は情けなく笑った。本当は泣き叫びたかったがもう15才だしと思い我慢した。
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