
「ねーよっちゃーん」
グラスやら食器やらを洗う音の間を縫ってアヤカの声が聞こえる。
昼食を終え、作ってもらった上に後片付けまでしてもらうなんて申し訳ないよ、というアヤカに後片付けは任せ、彼女の愛犬と戯れ中。
寝転がったお腹の上に犬を乗せて遊ばせながら返事を返す。
「んー、どしたー?」
「もーすぐクリスマスだよねー」
「おー、そーだねー」
アヤカの言うとおりもうそろそろクリスマス。
一日中明るい街は様々なイルミネーションで飾られ一層明るくなり、ふと耳にする音楽もクリスマスソングばかり。もうそんな季節だ。
「よしこさぁ、サンタさんって信じてた?」
洗い物を終えたのか水道の蛇口をキュッと捻る音と共に問いかけられる。
サンタさんか。
小さい頃は信じてたんだけどなぁ。
「ほんの子供の頃はね。今じゃもう」
「ふーん、よっちゃんでもサンタさんとか信じてる時期があったんだ」
顔中を舐めまわす犬を何とかどけて息をつくとアヤカがいた。
何やらニヤついた笑みを浮かべている。何がおもしろいのか。
「だから小さい時だって、子供なら誰でも信じるでしょうが」
散々私をおもちゃにして遊んだミニチュアダックスは飼い主の元へ。何だか薄情なやつだ。
アヤカは糸のように目を細めキスをする。心なしか犬の鼻が伸びているような気がする。気のせいか。
「そう言うアヤカはどうなのさ、信じてたの?」
手持無沙汰になってしまった私は体を起こし胡坐をかきながら問いかける。
私の目の前で犬に押し倒されたアヤカはもうなされるがままだ。
「ん〜、中学生になるまでは信じてて、でもそっから信じなくなって、けど何年か前からかな、また信じ始めてる」
「なんだよその自分勝手な信仰は。サンタのおじさんがが可哀そうだろう」
「だってさぁ〜」
歌うように呟いてアヤカは犬と戯れる。何がそんなに楽しいんだか。
アヤカもアヤカだけど犬、ラブもラブだ。もうちょっと私とも遊べよ。足を伸ばして腹の辺りをつつく。
すぐに踵を返して私の元へやってくる。ちょっと嬉しい。
足の間に入れてばんざいをさせる。体が伸びてなんとも微笑ましい姿になる。
しばらく遊んでふと視線を奥へ移すとアヤカと目が合った。
アヤカは優しく笑った。なぜ笑ったのかは分からないけれど私も笑っておいた。
「最近また信じてるんだ、サンタさん」
真っ直ぐに私の眼を見てアヤカは言う。
真面目なのか不真面目なのか、笑っているような笑っていないような顔で。
「どうして?いないよ、サンタなんて。絵本の中の一登場人物だって」
「ううん、違うよ」
アヤカの声は強かった。
「だって、私によっちゃんを出会わせてくれたもん」
アヤカの声は、しっかりと私に届いた。
心の奥の奥、響いた。
「だからサンタさんは本当にいるんじゃないかな〜なんて」
年甲斐もなく舌を出して笑うアヤカはまるで純粋無垢な子供のようだった。
私には言葉が見つからず、思わず犬を放り出しそのままアヤカを抱きしめるしかなかった。
「ちょっと、どうしたの?」
落ち着け、落ち着こう。
アヤカの手はあやす様にゆるりと私の背中を撫でている。
深呼吸する。言葉を吐く。
「うん、いるよ、サンタさんはやっぱりいるよ、アヤカの言う通りだよ、サンタさんは本当にいるよ」
「どうしたのよっちゃん、さっきと言ってる事がメチャクチャ」
「うん、でもサンタさんはいたんだよ、だって私にアヤカをくれたもん」
苦笑が張り付いたままの顔でアヤカの腕はピタッと止まり、コマ送りで視線が動く。
カッチリ視線が合った瞬間に、思いっきり抱きしめられた。
膝立ちのまま抱きあう私達をラブは首をかしげて眺めている。
今日くらい見せつけてやってもいいか。
唇にキスをして、耳元でそっと囁く。
「今年のクリスマスプレゼント、何が欲しい?」
「聞かなくてもわかってるくせに」
顎を引いてアヤカははにかむ。
まあ、わかってるけどさ。
「クリスマスプレゼント、何が欲しい?」
「わかってるでしょ」
おでこをくっつけて笑い合う。
特別欲しいものなんてないけどさ、二人で過ごせたらそれはきっと最高に素敵な日になると思うんだ。
だって私たちはお互いにとってのサンタさんでありプレゼントだしね。
付けっぱなしのテレビから流れてくるのはクリスマスソング。
画面いっぱいに映る真っ白なケーキに向かってラブが吠えた。
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