The second coming of 2001



「お、あやや」

松浦さん。亜弥ちゃん。松浦。
身近な所では最近あまり聞かれなくなった懐かしいその愛称に顔を上げる。

「・・・よっすぃ」

大して真面目に読んでいなかった雑誌から目を離すとそこにはよっすぃがいた。
目が合うとニヤッと笑って「隣、いい?」と私が腰掛けているソファを指差した。
頷いて了承を示すと「サンキュ」と歌うように呟き、ふわりと腰を下ろした。

・・・隣、って言ったくせに。

私とよっすぃの間には人一人分位の間がある。なんだよ。
よっすぃは全く何も気にしていないみたいに、片手に紙のコップを持って両方の耳からイヤフォンのコードを垂らしてる。
目を閉じているその横顔はとても綺麗。
その空間を壊すのが嫌で、私はよっすぃから視線を逸らして再び雑誌に目を落とした。

テレビ局、楽屋へと続く通路の一角。自販機とソファと観葉植物。
幾つかあるソファの内の一つに少し距離を置いて座る二人は無言。
誰もいない、私とよっすぃだけ。誰もいないし、誰も、私達も喋らない。
傍から見ればとても滑稽な画かも知れない。
けれど、私にとってはとても居心地の良い空間だった。

「あのさ」

居心地の良い、とても穏やかな空間にふわりと声が落ちてきて、私は顔を上げて横を向いた。
よっすぃが持っていた筈の紙コップはいつの間にかなくなっていて、今、その両手は膝の上で軽く組まれている。
イヤフォンも外されていて、だけどその瞳は正面を向いたまま私を見ない。

「なに?」

私が言うとよっすぃは「う〜ん・・・」と小さく唸って、少し考えるようにしてからこっちを向いた。

「一人になるって、どんな感じだろう」

「・・・分かんないよ、だって私は最初から一人だったもん」

「あー・・・、そっか」

私が笑いながら言うと、よっすぃは申し訳なさそうな笑みを浮かべて頭を掻いた。
何故かその仕草が可笑しくて、私は笑ってしまった。

「なんだよ笑うなよ」

「あは、だって。・・・一人になるのが怖いの?」

からかう様にして、下からよっすぃを覗き込むと「別に怖くなんかねーよ」とぶっきら棒に言葉を吐いて、よっすぃは顔を背けてしまった。
「またまた強がっちゃってぇ〜」と更にからかうとよっすぃは頭をガシガシと掻き毟って項垂れてしまった。
ちょっと言い過ぎちゃったかな?

「・・・まぁ、ぶっちゃけ怖くないってのは嘘だよ」

暫くしてよっすぃは何かを吐き出すように溜息をつき、顔を上げ、高い天井を睨んで小さな声で言った。
私は何も言わずに言葉の続きを待った。よっすぃの白い喉がコクンと、小さく動く。

「あたしってさ、昔からずっと集団の中にいたんだよね。娘になる前だってそうだった。
ずーっと沢山の人達の中にいたから、だから一人になるって、どーなんだろうと思って。
・・・つーことでソロの大先輩である松浦さんに意見を聞きたかったわけですよ」

「・・・何だそれ」

よっすぃは私に向かって二カッと笑ってきたので、私も笑い返した。

「んで、実際のところどーなのよ」

急に真面目な顔になって、少し身を乗り出してよっすぃは聞いてくる。
どーなのよ、なんて言われてもなぁ。

「うーん、別に怖がる必要はないんじゃない?」

「へ?」

「確かに一人って不安だしさ、怖気づいちゃったりするけど、その、何て言うのかなぁ。
あー・・・、あたしの場合はその、よっすぃがいたから・・・」

「へ?」

「いや、何でもない、何でもないよ。その、大丈夫だよ、よっすぃなら。えーと、アレだ、そう、あたしがいるんだし!」

「・・・お前ワケわかんねーなぁ」

「分かんなくないよ、とりあえず大丈夫なんだって」

「・・・そっか。うん、そーだよな」

私が言いたかった事はきっとほんの少しも言葉にはなっていなかったし、よっすぃには伝わらなかったかも。
だけど私の隣でよっすぃは妙にかしこまった顔をしてうんうん頷いている。大丈夫だよ、よっすぃなら。
私がいるんだし、それによっすぃは皆の人気者だもん。私が一人ぼっちでいた、あの時じゃないんだもん。
きっと、皆が助けてくれるから。

「サンキュな、まつーら」

やがってよっすぃは自分の中で何かしらの整理をつけたのか妙にすっきりサッパリとした顔で笑って腰を上げた。
ああ、いっちゃう。また遠くに。離れていっちゃうよ。
「まつーら」だって。よっすぃにはずっと、「あやや」って、そう呼んでいて欲しかったのに。
少し悲しくて寂しくて、それでもよっすぃにそんな顔は見せられないから笑顔を浮かべて手を振った。
ジーパンの後ろポッケに手を突っ込んで歩くよっすぃの後姿をずっと見ていた。
何故か涙が出そうになって下を向いた。また、離れていっちゃうよ。

「おーい」

よっすぃの声だ。慌てて顔をあげる。
両手をメガホンみたくして叫んでる。そんなことしなくたって聞こえてるのに。

「あややー、スタッフさんが呼んでるよー」

・・・だから聞こえてるって。
悲しかった、寂しかった気持ちは一気に何処かへ吹き飛んで、代わりに昔の、あの懐かしいほんわかした風が吹いた。
手にしていた雑誌をカバンにしまって腰を上げる。

「待ってよ、よっすぃ」

顔を上げて私は笑った。少し前で、よっすぃも笑っていた。
大丈夫だよ、よっすぃ。
昔の私によっすぃがついていてくれたように、私だってよっすぃの側に居てあげるよ。
一人だからって、怖がることなんてないんだよ。だって私は怖くなんかなかったもん。
だから、大丈夫だよ。側に居てくれてありがとうね、よっすぃ。

よっすぃに追いついて一緒に歩く。
肩を組まれて、その腕の温かさは昔と何一つだって変わってなくて、懐かしくて、嬉しかった。











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