泣き虫と強がり



彼女が泣きそうな顔してんだ。
何でか知らないけど黙ったまんま眉毛下げて泣きそうな顔して私の前に突っ立ってんだ。
とりあえず立ったまんまもなんなんで座んなよと隣の席を勧めたらやっぱり黙ったまんま、
今度は少し怒ってんのかドスンと大袈裟に音をたてて腰を下ろした。
さーて、どうしたものか。
言っとくけど私はそんなに頭が良い方の人間ではないから何で彼女が泣きそうなのか、怒っているのか全く分からん。
黙ったままってのは少し苦しいので適当に下らない話題を見つけては彼女に喋りかける。
けど。
それでも彼女は黙ったまんまで少しの相槌ぐらいは打って欲しいのにそれすらも返してくれない。
さーて、本当にどうしたものか。頭を抱えたくなる。

「よっすぃはさ」

私が黙ったまんま窓から外の景色を眺めてると彼女がいきなり口を開いた。
突然だったんで心臓がビックリしてるよ。スゲードキドキ。胸がドキドキ、ドキが胸胸。なんつって。
そんな冗談はおいといて冷静に聞き返す。

「何?」

あら。
冷静に返したつもりが全く間抜けな声になってしまった。失敗だ。
彼女を見るとやっぱり俯いちゃってる。失敗だ。

「ごめんごめん、どうかした?」

必死で取り繕ってももうこれは無理っぽい。
彼女は俯いてその髪の毛で顔を隠してとうの昔に封印したはずのネガティブモードにバージョン切り替え。
あーあ。やっちゃった。こうなってしまった彼女を元の状態に戻すのにはかなりの苦労を要する。
あーあ、失敗だ失敗。

収録が終わってメンバーの皆が帰った後の楽屋は静かでさっきまでの喧騒はまるで嘘みたいだ。
自分の心臓の音、耳を澄ませば彼女の心音だって聞こえてきそうだ。
どうだろう、本当に聞こえるかな。
目を閉じて耳を済ませてみる。
どうだろう、聞こえるかな。

「・・・バカ」

ありゃりゃ、心音を聞くつもりが彼女の本音らしき声が聞こえたぞ。
しかしバカとは何だバカとは。
そりゃあ私はバカよ。皆が言うし私だって自覚してるのよ。
自覚してるけどやっぱりそんな事言われると結構つらいんだ。馬鹿になりたくて馬鹿になったわけじゃないんだ。多分。
それに貴方に言われるのはもっと辛いのよ。

「私は馬鹿じゃないよ」

「馬鹿だよ」

「馬鹿じゃない」

「馬鹿だ」

「違う」

「違くない」

「違う」

「違くない」

「梨華ちゃんが馬鹿だよ」

「馬鹿じゃない」

「馬鹿だよ」

「違う」

「違くない」

「・・・もういいよ」

このまま延々とループしていくのかと思われた馬鹿だ馬鹿じゃない論争は彼女の白旗でゴングが鳴りあっけなく終了。
そしてまた沈黙。

窓の外を眺めてチョットばかし考える。
お馬鹿な私でも色々と考えることはあるのだ。
今日のコントはイマイチだったなとか最近重さん可愛いよなとか
今日の晩ご飯何にしようかなだとかうさちゃんピース今度やってみようかなだとか、
彼女は今何を思って、そして私になんか言いたい事があって、そしてその言いたい事ってどんな事なんだろうなとか、
挙げだしたらきりがないけどお馬鹿なりのちっぽけな脳みそでそれなりに考えてんだ。
でもやっぱり分かんないから考えることはもう終わり。
考えてもわかんないなら直接聞けば良いんだ。
脳みそは考えるためにあって、口は尋ねるためにあるんだ。そして耳は聞くために。

「ねぇ梨華ちゃん、梨華ちゃんは今何考えてる?」

「もうそろそろハッピーの権限を重さんに譲ろうかなって」

「あーそう」

だめだ。
やっぱりわかんない。石川さんの頭の中身全然わかんない。
人のことバカだとか何とか言って自分もたいそうな脳みその持ち主だ。
窓の外眺めても景色は全く変わんないし空は灰色だしつまんないので彼女の真似して俯いてみた。
色の薄い痛んだ髪の毛がパサパサ前に落ちてきてそれを指に巻きつけては離してをくりかえす。
あーあ、なんだかなあ。
俯いたまんま横目でチラリと隣の彼女を見やると彼女は顔を真っ直ぐにあげてじっと一点を見つめてる。
何かあるのかな何て思って私も顔を上げて彼女が見てる辺りに視線をずらしてみるけどそこは何もないただの壁。
無機質なコンクリ壁だ。それでも彼女はじっとそこばっかりを見てるから私も真似してずっと見てた。

「私ね、もうすぐいなくなるの」

五分かな、や、十分くらいかも。
黙ったまんま二人してじーっと壁を見てたら突然彼女が口を開いた。
私はその声に反応して彼女の方へ顔を向けたけど彼女は相変わらず壁を見つめたまま。
何だよ、壁相手に喋ってんのかよ。人と喋る時はちゃんと相手の目を見て喋んなきゃなんだぞ?これくらい私でも知ってるってんだ。
なのに彼女はやっぱり壁を見つめたまんま口を開く。

「だからよっすぃともお別れなの」

「知ってるよ、そんで美勇伝やるんでしょ?頑張ってね」

壁相手に喋る彼女に少しだけ腹が立ってつっけどんに返してやった。
美勇伝か。面白いね。あの色眼鏡のネーミングセンスは本当にイカしてるよ。
あー、一人ばかりミキティの天敵がいたな、彼女とミキティが鉢合わせしたらどうなるだろう。
面白いなー、見てみたいなー、こんど仕組んでみようかなー。
下らない事考えてたらいつのまにか梨華ちゃんが目の前に立ってた。
何でか知らないけど泣きそうな顔して突っ立ってんだ。
眉毛はこれでもかって言う位にグンニャリ下がって口は綺麗なへの字描いてそれでも目だけは真っ直ぐに私を見て。
泣きそうな顔して突っ立ってんだ。

「よっすぃに言われなくたって頑張るよ!頑張ってるよ?この馬鹿!なんでわかってくれないの!」

そしていきなりキレられた。
顔真っ赤にして手グーにしていきなり怒鳴られた。
なんだよ、なんかしたかよ、馬鹿じゃないよ、何で分かってくれないのって何も言わないから分かるわけないじゃんかよ。

「もういい。帰る。バイバイ」

そして彼女は大きな音たててドアを開けて閉めていなくなった。
広い部屋に私は一人、人より少し大きい身体を抱えて小さくなった。
耳を済ませる。心臓の音が聞こえる。自分の息遣いが聞こえる。ドアの向こうに彼女の足音が聞こえる。
足音に紛れて泣き声が聞こえる。彼女の声が聞こえる。彼女の言葉が聞こえる。
私の掌が濡れる。頬っぺたを熱い水が伝う。頭がドクドク言う。私は泣いている。

分からなくなんてないんだ。本当は分かってるんだ。
嫌なんだ。頑張ってなんか欲しくないんだ。私は馬鹿なんだ。梨華ちゃんは馬鹿なんかじゃないんだ。
本当は全部分かってるんだ。知らない振りしてるだけなんだよ梨華ちゃん。
梨華ちゃんが何を言いたかったのかも私にどんな言葉を期待していたのかも本当は分かってたんだ。
だけど言えないよ、言いたくないんだよ。
だって言ってしまったら貴方は私の知らないどこか遠くへ行っちゃうでしょう?
どこか遠くへ行ってしまってそしていつか私を忘れてしまうのでしょう?
そんなの嫌なんだ、忘れて欲しくなんかないんだ、何処へも行って欲しくなんかないんだもの。
貴方に、此処にいてほしいんだもの。

耳を済ませる。
心臓の音が聞こえる。横隔膜がひっきりなしに動くのが聞こえる。鼻を啜る音が聞こえる。
私の掌は濡れている。頬っぺたを伝う水はもう冷たい。頭がガンガン鳴っている。
ドアの向こうに聞こえていた彼女の足音はもう聞こえない。
一人きりの楽屋で私は泣いている。
彼女の声はもう聞こえない。
もう何も聞こえない。