
子供の特権
絵里と喧嘩した。
もう二度と口聞いてやるもんかなんて思ってたら声が出なくなった。
風邪でも引いたのかななんて思って薬を飲んだりうがいしてみたりしたけど治らなかった。
声を出そうと思って口を開いてみるけどそこから出てくるのは掠れた息音だけだった。
私は声の出し方を忘れた。
「れーなぁ、まだ治らないの?」
こてっと首を傾げてさゆが小さな声で聞いてくる。私は黙ったまま頷いた。
さゆは困った様な悲しそうな顔をした。そして私の隣りに座って携帯を取り出す。
声が出なくなった事を私はその日の内にメンバー全員に伝えた。
『何でか分からないけど急に声が出なくなりました』と。
嘘。絵里にだけは教えなかった。
教えなかったし知られたくなかったから、絵里には言わないで下さいとも伝えておいた。
その日以来、私が誰かと会話する時には携帯か、ペンと紙が必要になり、
それは絵里の目に付かない所でしか行われなくなった。
さゆは隣りで携帯をいじっている。私は楽屋を見渡した。
吉澤さんは小春ちゃんに戯れ付かれながら本を読む。その逆隣りには藤本さんがベッタリくっついている。
愛ちゃんとがきさんは噛み合わない会話を延々と続けるし、紺ちゃんとまこっちゃんはグルメ談話に花を咲かす。
何だかなぁ。
自分の声は出ないのに他の人の声は聞こえるって何かすごいムカつく。不公平だ。
声、出ないかな。
こっそり下向いて口を開けてみる。
声はやっぱり出なかった。吐く息が手に当たってそれは少し湿っていて暖かかった。何だか悲しかった。
顔を上げると絵里と目が合った。
細い目を更に細めてキッと睨んできた。ムカつく。
私も睨み返してやった。
もし声が出る様になったって口なんかきいてやらないんだから。私は心に決めた。
それにしても一人で何してるんだ。
絵里は皆と少し離れて一人壁と向かい合って突っ立ってる。変な奴。
気付かれない様にこっそり見てたら腕をつつかれた。さゆ。
ずいっと携帯を差し出してくる。私はそれを受け取って画面に目を落とす。
『れーな、えりとなにかあったの?声が出なくなった事、何か関係あるんでしょ?えりに教えなくていいの?』
まただ。
もう何回目になるだろう。
さゆは毎回聞いてくる。はっきり言ってウザイ。
『絵里には関係ないし教えんで。その内自分で言うけんよか』
私はお決まりの返事を返す。
絵里と喧嘩した事が関係あるかどうかは分からないけど声が出なくなった事、絵里に教えるつもりなんてさらさらない。
さゆは隣りで携帯を閉じると残念そうな顔をした。
「その内じゃなくてなるべく早く教えて上げてよね」
さゆはそう言うと私の鼻をピンと弾いて楽屋を出て行ってしまった。
何なんだ今の、腹が立つ。微妙に痛いし。
私は鼻を押さえたままさゆが出て行った扉を暫く見ていた。
何でさゆにそんな事言われなきゃいけないんだ。ほんと腹が立つ。
私は溜め息を一つ吐くと足を組んだ。
「田中、ココに皺よってる」
あ、吉澤さん。
声に顔を上げるとハードカバーの本を片手に自身の眉間を指差す吉澤さんの姿。
組んでいた足を慌てて元に戻す。
「いやー、小春とミキティが五月蠅くてさぁ。話が全然進まない」
コツコツと分厚い本を叩きながら困った様に笑って、私の隣りに腰を下ろした。
「・・・重さんなりに心配してんだろうし、そんな顔しちゃダメだよ」
本を開きながら吉澤さんは小さな声で言う。
見てないようでしっかり回りの事見てる吉澤さんは素直に凄いと思う。
私は前を向いたまま頷いた。後でさゆに謝っておこう。
「亀井と喧嘩したんだろ」
ドキッ。
思わず腰を浮かして吉澤さんを見ると何もなかったかの様に本に目を落としている。
そして本に目をやったまま軽く笑った。
「田中、アンタ分かりやすすぎ」
ケフンと声にならない乾いた咳をして腰を下ろす。
「声が出なくなった原因もそれでしょ?何があったかは知んないけど早いとこ仲直りしときな」
そこまで言って吉澤さんはようやく本から顔を上げた。
「・・・じゃないと元に戻れたはずのものも戻れなくなっちゃう」
吉澤さんは一瞬だけ懐かしむ様な切なさに染まった顔をした。
でもそれは一瞬。
次の瞬間にはさらっと笑って私の頭をぽんぽん叩いた。
「あんた達ならまだ間に合う。大丈夫、戻れるはずだよ」
そして小春ちゃんと藤本さんの方へ戻っていった。
五月蠅いんじゃなかったのかよ。
ヘラヘラ笑って足をブラブラさせて椅子に座る小春ちゃんの横で両手を大きく広げ、迎える藤本さん。
その腕を軽くかわすと吉澤さんは一度だけこっちを振り返って大きな瞳でウィンクした。
はぁ、なんだかなぁ。
溜め息を一つ吐いて顔を上げると絵里と目が合った。
ムカッ。
いつの間に目の前に立ってんだ。しかも何故睨む。
ムカムカッ。
「れーな、ちょっと来て」
睨み返すと絵里は私のほそっこい腕を掴んで無理やり椅子から引き剥がす。
ちょっとなんだよいきなり。てゆーか腕痛い。
抗議しようにも声は出ない。腕を振って離そうとするけど絵里はそれ以上の力で腕を掴む。
結局椅子とさよならして私と絵里は二人で楽屋を出た。
楽屋を出ても絵里は手を離してくれない。
ぎゅっと掴んだままずんずん歩いて行く。
どこ行くの?なんて聞きたいけど聞けない。私は黙ったまま絵里の後ろをついて行く。
てゆーか腕。いい加減離してくれないかな。相当痛いんだけど。
黙ったまんま後ろを歩いていたら突然絵里が立ち止まった。
突然だったので私は絵里の背中に頭をぶつけた。
なんだよ痛いないきなり止まるなよ。
文句を言いたいけど声は出ないので無言の抗議。
私が睨み付けると絵里も睨んできた。
何だよ、悪いのはそっちじゃん。
睨み続けてるとやがて絵里は目を逸らした。やった、私の勝ち!
心の中でこっそり喜んでいると絵里の小さな溜め息が聞こえた。
「れーな、絵里が悪かったから。ごめん」
小さく息を吐いて顔を上げた絵里は真剣な顔をしていた。
その目はもう鋭くなんか無くて何処か泣き出してしまいそうな感じがした。
「あの時喧嘩したからでしょ?れーなが口聞いてくれないの。
謝るから、絵里が悪かったから。だからそんな睨まないでよ」
絵里の声は悲しそうだ。
だから私も悲しくなってしまった。
さっきまでムカついていたくせに。心の弱い奴だ。
私は何となく絵里の顔を真っ直ぐ見れなくて下を向いた。
「ごめんね?だから前みたく仲良くしよ?」
あー黙れ黙れ。
何だよもう、畜生ずるいじゃないか。
許してあげないって、そう思ってたのに。口なんかきいてやるもんかって、思ってたのに。
そんな悲しそうな顔で声で言われたらもうどうしたらいいんだよ。
許してあげるしかないじゃないか。
ずるいよ。絵里はずるい。
「れーな、ごめんね?」
絵里の声に私は顔を上げる。
そこにいたのは今にも泣き出しそうな顔の絵里。
ほら、やっぱりずるい。
もういいよ。
睨んだりしないし口だって聞くし許すよ。
だからそんな顔しないで。
私は口を開いた。
「ぁ・・・あ・・・」
そうだった。
声が出ないんだった。
どうしよう、どうしたらいいんだ?
ちょっとパニック。やばいって。携帯!楽屋だ。紙は?無いよ!
どうしようどうしよう。
口を大きく開いて声を出そうとするけど掠れた息しか出てこない。
目の前で絵里は訳分かんなそうな顔してるしその顔はだんだん歪んできてるし
声でないし目に涙浮かんできてるしヤバいよ、絵里が泣いちゃう!
本当に泣きたいのは私だ!
「あれ、れーな?・・・と、絵里?」
あぁ神様仏様道重様!
グッドなのかバッドなのかタイミングよく聞こえてきたのはさゆの声。
助かった。さゆなら携帯持ってるよね。
「絵里?泣いてるの?・・・れーな、アンタ絵里に何した?」
あぁ、バッド。
何もそこに気付かなくても。
私は必死で首を横に振りながら身振り手振りで携帯を貸せと訴える。
「何?耳?耳が・・・痒い?」
馬鹿、何でこんな時に耳痒くならなきゃなんだよ、違うっての!
つーか分かれよ馬鹿さゆ。
「え、違うの?何?私?私の・・・耳?」
だから馬鹿、お前耳好きな。
うさちゃんピースばっかやってるからだ。
てゆーか何故伝わらない!
「さゆの・・・携帯?」
そうそうそれそれ!って絵里!?
私の必死のジェスチャーを理解してくれたのは後ろで泣いてたはずの絵里。
その声でやっとさゆも分かってくれたようでポケットから携帯をとりだす。
「携帯かぁ〜、早く言ってよね。てゆーかあんなの絶対分かんないって」
いやいや声が出ないから必死こいて身振り手振りで伝えてた訳であって、
絶対分かんないって、背後で見てた人すんごい理解してたよ?
いろいろ突っ込みたかったけど面倒臭いしどうでもいいので取りあえず携帯を受け取ると文字を打ち込む。
『絵里にずっと黙ってたんだけど、今声が出ない』
取りあえずこれだけ打ち込んで絵里に渡す。
きっと状況が良く飲み込めていないであろう絵里は不思議そうな顔をして携帯を受け取る。
受け取って、画面に目を落とす絵里。
不思議そうな表情は次第にしかめっ面になり、そして次の瞬間弾かれたように顔を上げた。
細っこい目はこれでもかってくらいまん丸く見開かれて。
携帯を片手に口をパクパクさせている。
いや、だから声が出ないのは私であって絵里は普通に喋れるでしょ?
隣りにいたさゆが絵里に説明してくれている。
眉間に皺を寄せて聞いていた絵里。さゆが話終わると私の方を見た。
な、なんだよ。
険しい表情で見つめる絵里に少し身構えてしまう。
絵里は黙ったまんまじっと見てくる。そして次の瞬間、顔をグニャリと歪ませて大きな声で泣き出した。
私は何も出来なかった。どうすれば良いのか分からなかった。
ボーっと突っ立って、大声で泣いている絵里をただ見ていた。
泣いている絵里の隣でさゆは私を睨んだ。何か言いたそうな顔をしていたけれどその口は開かれなかった。
黙ったまんま私を睨みつけると絵里に手を伸ばした。
何だよ、言いたい事があるなら言えばいいじゃん。
どうせ私は反論なんて出来ないし言いたい放題言えるよ?言えばいいじゃないか。
イライラする。ムカツク。むかつくむかつくむかつく。
私は何にムカついているのか。
絵里の大きな声。違う。
私を睨みつけたさゆ。・・・違う?
違うよ。
さゆ、お前何絵里に触ってんだ!
そして絵里、絵里がいるべきところはそこじゃないよ、こっち、私の所でしょう!
放せ、触るんじゃない!
絵里、泣かないで、悪かったのは私だから。
勝手に意地張って、離れていったのは私の方だから。
私が全部悪かったから、謝るから。だから泣かないでよ。
「っあっ・・・ご・・・こめっ・・・」
何かをどうにかしたくて大きく開けた口から出てきたのは声なのか。声なんだろう。
何日か振りに発せられた私の声は小さく掠れていて引きつっていて私の声じゃないみたいだった。
それでも、声は出た。
「れ、れーな?今、声・・・」
さゆが驚いたように私を見る。うん、出た。声、出たよ。
ちゃんと聞こえたんだ、良かった。
絵里。
絵里、私声出たよ。絵里は聞こえた?
「・・・れーな?」
「ぇ・・・えり・・・」
「・・・米?」
いやいやいやいや、涙と鼻水で顔グショグショにしながら米?とか聞かれても。
つーか馬鹿、何で米だよ!
確かにこめって言っちゃったけどさ、違うよ、私声出たの!
変なトコ突っ込むな、恥ずかしいやろ!
さゆが笑った。笑うな馬鹿。
「絵里、ごめん」
あ、ホラ、今度はちゃんと喋れた。ちゃんと謝れたよ。聞こえたでしょう?
「・・・れーな」
「れいなが悪かったけん。謝るけぇ泣かんで」
あーあ。
絶対に謝るもんかって決めてたのに。
絵里が泣くからだ。
いつだってそうだ。絵里はすぐ泣くんだ。
そして私はいつだって絵里の涙に負けるんだ。
「ごめん。もう泣かんで」
私はそっと絵里の手を握った。絵里の手は暖かかった。握り返してくれるのが分かった。
だから私も握り返した。絵里は笑った。
涙は止まっていなかったけど、泣きながら笑っていた。
私は嬉しくなった。
絵里が笑った!声だって出た!仲直りだって出来た!
私は今、モーレツに感動している!!
「そう言えばさぁ、絵里とれーな、何で喧嘩してたの?」
ガラガラゴッシャーン
私の素晴らしき感動はさゆの何とも言えない間の抜けた言葉で綺麗に崩れた。
つーかさゆ、何でまだいるんだよ。早くどっかいっちゃえ!
「あー、何でだっけ?」
絵里も絵里だ、この馬鹿に一々答えなくたっていいんだよ!
さっきまで泣いてたのが嘘みたいにケロリとした表情で顎に手をやっている絵里。
何だ、喧嘩の原因忘れたの?
アレだよ、あれ・・・・・あ・・・・あれ?何だっけ?
「何で喧嘩してたんだっけ?」
「・・・覚えとらん・・・」
「だそうです」
さゆはこの世の終わりみたいな表情をしていた。何もそこまでしなくても。大袈裟な奴だ。
あんぐり口を開けて私たちを交互に見やるといきなりプンスカと怒り出した。
「もうっ!何よ、何なのよ!私二人の事凄く心配してたんだからね!
うさちゃんピースだって出来なかったし、二人の事ばっか見てて鏡だって見れなかったんだから!!
むかつくむかつく!!何よ馬鹿!ばかれーな!!!もう知らないっ!!!」
ぅおほほい、何で私だけ馬鹿呼ばわりするんだ、馬鹿さゆ!
さゆは早口で捲くりたてると肩を怒らせて歩いて行ってしまった。
残された絵里と私はそのイカツイ後姿をただボーっと見ていた。
しばらくして絵里が変な声で笑い出した。
「何ば笑いよっと?」
「ひぇっ、えっ、だって、ウハ、可笑しいじゃん」
「だけん、何が?」
「何で喧嘩してたのか忘れちゃって、そしたらそれでさゆが怒っちゃって。なんか可笑しくない?」
「・・・別に?」
別に可笑しくもなんとも無いよ。おかしいのは絵里だ。
なんだよ、ケラケラ笑っちゃってさ。変な声で笑うのやめろよ。笑えちゃうだろ。
何となく素直には笑えなくて、だから違う方向いてこっそり笑った。
「よし、そろそろ戻るか」
絵里の声で私達は楽屋に戻った。
一番にさゆの姿を見つけて、話しかけようとしたけどさゆはそっぽを向いてしまった。
何だよアイツ。ふんだ、お前もその内声でなくなっちゃうぞ?
そう、そうだ。声。出るようになったんだ。
「みなさん!!!」
おおっと。
暫く声を出していなかったからなのか、ボリュームコントロールがちと難しい。
第一声は予想外の大きな声だった。
だけどそのせいか効果は抜群。楽屋にいた皆は私を見てくれている。
おお、何だか恥ずかしい。てかまこっちゃん、口が開いてる。
「え〜、本日、めでたく私、田中れいなは声が出せるようになりました!!!」
ぅおおー!!!と言った歓声は微塵もなく藤本さんの凄く冷めた「よかったじゃん」とまばらな拍手がチラホラリと。
それでも私は声が出るようになったのが嬉しくて、はしゃいでいた。
「田中、少しうるさい」
愛ちゃんと新垣さんと絵里と私とでお喋りタイムをしていたら吉澤さんに怒られた。
例の分厚いハードカバーを片手に難しい顔をしている。
ちぇっちぇっ、何だよ。
それでもはぁーいと返事だけは素直に、少し頭を下げる。
吉澤さんは「はしゃぎすぎるなよ?」と言うと困ったように笑った。
そして口の形だけで「よかったね」と言ってくれた。私はそれに満面の笑みで返事した。
私は話の輪から少し離れた。
さゆが一人で椅子に座っていた。ふてくされた顔をして、私を見ていた。
「さゆ」
「・・・」
「さーゆ」
「・・・」
「はぁ。どげんしたと?」
私が聞いてもさゆは黙ったまんま答えない。
何だよ何だよ、確かに心配かけて悪かったけどさ、何もそこまで怒らなくてもいいじゃん。
「さゆみは今怒っています。話しかけないで下さい」
「そげん怒りよると不細工んなるよ?」
「やだ!不細工はイヤ!だけど怒りたい!!」
本当に訳のわからない事を言う。
ホッペをぷっくり膨らませて黒目がちの目で睨んでくる。
「さゆには感謝しよるけん、怒らんでよ。心配させた事も悪かったし、謝る」
「・・・何よ、いきなり良い子ぶっちゃって」
「はぁっ?誰が良い子ね、何言いよっとか!!」
「・・・っぷ、アハハハハ、それでこそれーな」
訳が分からない。
さゆは目に涙を浮かべながら笑っている。
なんなんだ、頭がおかしくなっちゃったのかコイツ。
それでもさゆはもう怒っていないみたいだったので安心した。
「れーな」
ギャハギャハ笑い続けるさゆに少し恐怖を覚えて離れた場所に座っていたら絵里が来た。
絵里もさゆが気になるのかチラチラと見ている。気になるなら正々堂々と見ようよ。絵里はいつもチラ見だ。
「さゆ、どうしちゃったの?」
「さぁ、わからん」
「そう」
絵里は気になるみたいだったけど結局さゆの方へは行かずに私の隣に座った。
「皆から聞いたよ、れーなの事」
「何を?」
「声でなかったこと。私にだけ教えてくれなかったんだね」
「や、それは・・・」
「ふふっ、もういいよ。終わった事だし」
絵里はサラリと笑った。
その笑顔が何だか大人びていてムカついた。
ムカツク?むかつく。ムカつく・・・そうか、思い出した!
「絵里、思い出した」
「何を?」
「喧嘩の原因」
「あー・・・何だった?」
「絵里は私の事をすぐ子供扱いする」
「・・・そうだったっけ?」
「そうだよ、一個しか違わんとに、絵里はいつも『れーなは子供やけん』って、すぐ言う」
「・・・そうだっけ?」
「そうだよ!そしていっつもそうやってヒラヒラかわして大人ぶるんだ」
「れーなはすぐムキになるね。そこが子供だ」
「っな!!まだ言うと!?」
「はいはいはいそこまでー!!!!!!」
思わず拳を握り締めた時、私たちの間に気の抜けた声が響く。
絵里と私は一瞬お互いを見合って、それから声のしたほうを向く。
さゆ。
「もうさ、せっかく仲直りしたんだからまた喧嘩とかやめてよね」
吉澤さんに教えてもらったのか、さゆは外人ぶって大袈裟に肩を竦めてみせる。
あーうざったい。
絵里も同じ事思ってるんだろうか、こっそり見てみたらもの凄くウザそうな顔をしていた。
さゆは気付かないでいる。
「それにさ〜、最近おかしいよね。何か2人との間に距離を感じるんだよね、私。
これ気のせいじゃないよね?何よ何なのよ、私達いつだって一緒だったじゃない、仲間外れにするのは禁止!」
あーまじうざったい。
さゆは延々と日頃の不満をぶつけてくる。段々関係ない方向に話がいってる気がしなくもない。
絵里を見た。
ホラ、私たちってやっぱり何か気があってる。さゆが距離感じちゃうのも仕方ないかも。
お互いに確認しあって1.2.3で楽屋を飛び出した。
さゆの叫ぶ声が聞こえたけど気にしない。まだまだ走るよ。
絵里が少し前を走る。笑う声が聞こえる。私は絵里の後ろを走る。
「れーな!」
「なに?」
「楽しいね!!」
何言ってるんだ、ただ走ってるだけじゃないか。何が楽しいんだ。
何を笑っているんだ、何もおかしくなんかないよ。
絵里は子供だ。
子供だ。
子供って何だ。
「・・・楽しかね!!」
ああそうだよ、楽しい。凄く楽しいよ。
私はまだ子供なんだ。
トゥルトゥルじゃないけどね。
子供だよ。
「絵里!!」
「なーにー?」
「あそこの角まで競争!」
そうだよ、私は子供だよ。
すぐムキになるし意地だって張るし見栄だって張りたいし我がままだって言いたいし他にもいろいろあるよ。
早く大人になりたいなんて思ってた時もあったけど、でも私はまだ子供でいるよ。
だって絵里は私を好いてくれてる。こんなガキんちょの私を。
だから私はまだガキんちょでいるよ。
細っこい腕と足といっぱい伸ばして走り回ってやる。
とりあえずはあの角までひとっ走り。
絵里になんか負けないよ。
廊下を走るのは子供だけの特権なんだから。
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