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社説

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イラクの米軍―「出口」の道筋は見えたが

 イラクに駐留する15万人の米軍が、3年後の2011年末までに完全撤退する。そんな米国とイラクの協定案がイラク議会で承認された。

 米軍の撤退期限が明示されたのは初めてである。米国にとって、混迷が続くイラクから足を抜く段取りがやっと決まったことになる。

 イラクにとっては、宗教や民族の対立を克服し、平和な国として独り立ちできるかどうかが問われる。

 協定は、基地の外で任務外に罪を犯した米兵への裁判権はイラク側が持つ▽米軍の軍事行動にはイラク側の承認が必要▽米軍はイラクから他国を攻撃できない――なども規定している。

 今回の議会採決で注目したいのは、米軍の駐留に強く反発、抵抗し、マリキ政権にもあまり参加していなかったスンニ派勢力が賛成したことだ。

 スンニ派は採決で、来年7月に協定の是非を問う国民投票を実施することや、フセイン政権を支えた旧バース党員の公職参加などの条件を付けた。

 議会の過半数を占めるシーア派とクルド人がスンニ派の要求に譲歩し、主要3勢力による合意が実現した。この一歩を大事にして、今後の国民和解につなげていってもらいたい。

 国際社会には米軍の撤退でまた混乱が広がるのではとの懸念もある。イラクの全勢力が協力して復興や治安維持、石油収入の分配などの課題を平和的に解決していかねばならない。

 ブッシュ政権はイランやシリアを敵視してきたが、この協定により米軍がイラクからこれらの国を攻撃することはできなくなる。オバマ次期大統領はイランとの対話に意欲を見せている。これを機に、中東情勢を落ち着かせる外交努力を強めるべきだ。

 ただし、協定の前途には様々な不安があることも否定できない。

 まず、来夏の国民投票で協定が否定されれば、元(もと)の木阿弥(もくあみ)である。特にシーア派住民に影響力を持つサドル師派が協定に強く反対している。

 協定はイラクの主権を強調しており、占領国として振る舞ってきた米国はイラク政府や国民の意思によって行動を規制される立場になる。米軍に強引な軍事行動が見えれば、せっかく芽生えた信頼は崩壊してしまう。

 しかし、協定ができたことは、イラクや中東に広がった反米感情を米国が修復していく好機と考えることもできる。それは、復興事業や国民和解を後押ししつつ、スムーズに撤退を実現できるかどうかにかかっている。

 オバマ氏は新政権でもゲーツ国防長官を留任させる方針だといわれる。治安を好転させた実績とともに、イラク側との協力関係の継続を強調する狙いもある。米国がイラク戦争で失墜した威信をどう取り戻すか。「出口」への道筋は薄氷を踏む展開になろう。

柔道の改革―選手の育成を大切にして

 創始者の嘉納治五郎が生きていれば、その大胆な構想に目を丸くすることだろう。柔道界が来年から、世界ランキング制の導入に加え、運営や仕組みを一新することを決めた。

 複数の国際大会を新設し、それぞれの大会に賞金をつける。選手には成績に応じたポイントを与え、世界ランキングを作成する。この世界ランクの上位にいなければ五輪には出場できなくなる、というものだ。

 狙いは、国際大会を充実させることで注目度を高め、放映権料やスポンサーを集めることにある。テレビ中継やメディアへの露出が増えれば、競技の普及効果も大きいに違いない。

 この大胆な商業主義の背景には、欧米の事情がある。学校や所属企業が選手生活を支えてくれる日本とは違い、欧米はクラブ中心だ。賞金大会などのビジネス化で競技生活の安定を願うのは、欧米選手の切実な思いだ。

 陸上競技をはじめ、同様の仕組みや運営方法をとる競技は多い。競技の普及や選手生活の安定につながる自主財源の確保は、現代のスポーツ界では重要なテーマだ。そうした意味では、今回の柔道の改革も理解できる。

 しかし、そこには懸念もある。日程が過密になることだ。新たにできる国際大会に国内の大会を合わせると、休養をとる期間は激減する。選手の肉体的、心理的な負担とポイント獲得競争との折り合いをどうつけるか。

 過去には1年余り休んで五輪3大会連続の金メダルを獲得した野村忠宏選手の例もあるが、今後は五輪直前の休養は厳しくなる。谷亮子選手のように育児休暇の取り方も簡単にはいかなくなろう。競技と生活の選択の幅を狭めないよう、各大会のポイント配分の修正や救済措置を考える必要がある。

 選手の健康を守りつつ、競技意欲をかき立てる仕組み作りに取り組んでほしい。選手層が厚くならなければ、大会の質も上がらない。新たな制度が絵に描いたもちになりかねない。

 新しい仕組みでは、国際連盟の役員選挙の方法も変わる。会長が今よりも強大な権限を握る形になる。

 「家元」日本の影響力は、理事の選挙で完敗するなど近年しぼみ続けている。だがこういう激動の時期こそ、日本の存在感を示す機会と考えたい。

 男子監督にシドニー五輪銀メダリストの篠原信一さんを登用するなど、日本も新体制を打ち出したが、選手強化だけに目を奪われてはいけない。

 かつてのように伝統や美意識を押しつけるのではなく、選手の利益を第一に、柔軟で斬新な発展戦略を考えるべきだ。世界が耳を傾けるアイデアを持ち、発信することが大事なのだ。

 嘉納治五郎は「自他共栄」を掲げてこの競技を体系化した。その理念と精神を改めて生かしていきたい。

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