11月10日、岡山県の中堅都市の市役所。「予想通りでしたね」。市民課の窓口で、生まれたばかりの女児の出生届を不受理と告げられ、会社員の父親はつぶやいた。離婚後300日規定の違憲性を問う全国初の訴訟が、近く岡山県で起こされる。110年前に定められた規定が複雑化する現代の夫婦関係を縛る。その是非が、司法の場で判断されることになった。【坂根真理】
妻の妊娠時期は離婚成立の約1カ月前で、出産は前夫との離婚後221日目だった。前夫の家庭内暴力(DV)、長引く離婚訴訟……。理由はあるが、現行法規では女児は前夫の子として戸籍に記載されるか、無戸籍になる。窓口の男性職員は電話で法務省に確認をとった後、「民法の規定があるので受理できない」と申し訳なさそうに言った。
「出産には立ち会えなかったが、生まれてきた子を見てうれしかった。僕の子として生まれてきたと思った」と父親は言う。「(妻は)前の夫と別居して2年以上たっている。法律で(前夫の子と)決める前に、もっと個人の事情に合わせてほしい」と訴える。
市役所で父親は「子供の寝顔を見ていると、つくづく励みになるし、妻とも『一緒に頑張ろう』と励まし合っている。(行政が認めてくれなくても)自分の子供。大切にしたい」と言葉をかみしめた。
母親は前夫との離婚訴訟が続いていた昨年5月、知人を通じてこの父親と知り合った。岡山家裁倉敷支部に子供の認知調停を申し立てている。弁護士を通じ、文書で取材にこう語っている。
「本当の父親が出生届を持って行ったのに、受け付けてくれないことはとても悲しい。子供のためにも(認知調停など他の子供と違う手続きが)必要ないようにしてほしい」
法務省の調査(07年)によると、離婚後300日以内に生まれる子供は年間約3000人。今回の訴訟で女性側は、日本国籍取得の要件に両親の結婚を挙げた国籍法の規定を「子供に責任のない事情による差別は合理性を欠き違憲」とした6月の最高裁判決を引いて、離婚後300日規定の違憲性を主張することにしている。
厚労省は07年3月、「保育所への受け入れや無料予防接種などのサービス提供」を指示。外務省も同年6月に無戸籍者への旅券の発給を決定。今年7月には総務省が無戸籍児に住民票作成を認めるよう全国の市区町村に通知し、無戸籍となったことによる不利益は改善されつつある。 300日以内の出産でも、法務省は昨年5月、「医師による証明があれば出生届を受理する」という通達を出した。しかし、今回の女性のケースは離婚訴訟が長引いたことなどから対象外だった。
女性側の作花知志(さっかともし)弁護士は300日規定について、「現実に即さなくなっている。個々の事例に応じた救済策を整えることが急務」と指摘。「300日規定による不受理に法的根拠がないことを司法の場で明確にする必要がある」と話している。
毎日新聞 2008年12月1日 2時30分