来年五月にスタートする裁判員制度で、最高裁は来年分の裁判員候補者名簿に記載されたことを知らせる通知書を本人あてに発送した。対象者は全国で約二十九万五千人。いよいよ実施へ向けた具体的な動きが身近になってきた。
裁判員裁判が行われるのは殺人など重大事件の一審である。候補者は各地裁で過去の対象事件の年間平均件数などを基に必要な人数を算出し、選挙人名簿から無作為抽出した。今回は全国平均で有権者三百五十二人に一人の割合だ。通知書が届いたら同封されている辞退理由の有無に関する調査票に回答して返送するようになっている。裁判所が辞退を認めれば呼び出されることはない。
来年五月二十一日以降に起訴される該当事件ごとに、各地裁が候補者名簿から、くじで百人程度を選び、裁判長が面接するなどして最終的に六人(原則)の裁判員を決める。裁判員はプロの裁判官三人と審理に当たり、有罪か無罪か、有罪なら量刑まで判断する。
裁判員制度は、専門家に委ねてきた刑事裁判に一般国民が参加することによって、市民感覚や社会常識を反映するのが狙い。「開かれた裁判」へ、日本の司法制度を根底から変える大改革である。
実施までの期間が短くなる中で気になるのが、国民の参加意欲だ。最高裁が今年の一―二月に行った意識調査では「参加したい」「参加してもよい」との積極派が計16%に対し、「義務でも参加したくない」は38%と抵抗感をうかがわせる。法曹界の中にも、国民への負担の重さや、審理の迅速化に伴って被告人の不利益が増すなどとする批判や改善を求める声がある。
大きな変革を伴う新制度、しかも慣れない裁判で人を裁く立場になるとすれば不安な心境にもなろう。時間的な拘束もあって物心両面で重荷に感じるのも無理からぬことである。
最高裁は、本番までにこうした国民の不安や負担を軽くして参加しやすい環境の整備に一層力を入れるとともに、裁判の公正さを高める努力を払わなければならない。分かりやすい審理や活発な意見を引き出す工夫、録音・録画による取り調べの全過程の可視化、仕返しなどの被害に遭わない万全の備え、企業の理解と協力を促すなどである。とりわけ辞退の認否では個々の事情に配慮した柔軟な判断が求められる。
絶えず問題点を把握し、改善によって裁判所と国民の距離を近づけていく継続的な取り組みで、司法改革の名に値する制度にしてもらいたい。
政府が、イラク復興支援特別措置法に基づきイラクで空輸活動に当たる航空自衛隊部隊の年内撤収を決め、浜田靖一防衛相が撤収命令を出した。
多国籍軍の駐留根拠である国連決議が年末で期限切れとなるのが主な理由で、政府は九月に撤収方針を発表していた。国内で議論が分かれた二〇〇四年からのイラクでの自衛隊活動が、これで終了する。
空自は〇六年に陸上自衛隊が撤収した後もクウェートを拠点にイラクの首都バグダッドなどへ多国籍軍や国連の要員、物資を空輸してきた。輸送回数は二十六日までに八百十回、総量は約六百七十一トンに上る。犠牲者が出なかったのは幸いだ。
政府は今後、インド洋での給油活動を継続するための新テロ対策特別措置法改正案を成立させ「テロとの戦い」への積極姿勢を国際社会にアピールする考えだ。国際貢献が自衛隊の本来任務となり、海外派遣を求める声が内外で高まっている。
米国の新政権誕生でアフガニスタン本土への派遣要請がくるとの見方がある。ソマリア沖の海賊対策で政府は護衛艦派遣に積極的だ。自衛隊の海外派遣を随時可能にする「恒久法」制定を求める声も根強い。
しかし、憲法九条を持つ日本は、自衛隊の活用には抑制的でなければなるまい。名古屋高裁は今春、イラクでの空輸活動に違憲の判断を下している。
空自のイラク撤収は、経験を検証し、今後の海外派遣の在り方を議論する機会であろう。政府の戦闘地域、非戦闘地域の区分は妥当だったのか、隊員の安全と武器使用のかかわり、集団的自衛権の問題など、深い議論が必要な点は多い。検証と合意形成の努力なしに、なし崩し的に自衛隊の海外派遣を拡大することがあってはならない。
(2008年11月30日掲載)